はじめに
前の記事では、「線形結合」について考えました。線形結合とは、ベクトルをそれぞれ何倍かして足し合わせることです。
たとえば、2つのベクトル \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) があるとき、
$$
s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}
$$
という形で、さまざまなベクトルを作ることができます。同一直線上にない2本のベクトルなら、その線形結合によって平面上を自由に動くことができます。
ところが、ベクトルが2本あれば、いつでも平面を作れるわけではありません。
たとえば、\(\boldsymbol{b}=2\boldsymbol{a}\) だったらどうでしょうか。\(\boldsymbol{b}\) は \(\boldsymbol{a}\) を2倍しただけなので、新しい方向は増えていません。そのため、\(s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}\) と2つの係数を自由に変えても、作れるベクトルは1本の直線上にとどまります。
つまり重要なのは、ベクトルが何本あるかではなく、それぞれのベクトルが「新しい方向」を持っているかどうかです。この「新しい方向を持っているか」を数学的に表す考え方が、線形独立と線形従属です。
この記事では、線形結合を使って、線形独立・線形従属が何を意味しているのかを考えていきます。

1.2本のベクトルがあっても、方向が2つとは限らない
まず、
$$
\boldsymbol{a}
=
\begin{pmatrix}
1\\
2
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{b}
=
\begin{pmatrix}
2\\
4
\end{pmatrix}
$$
を考えてみましょう。
この2本には、\(\boldsymbol{b}=2\boldsymbol{a}\) という関係があります。つまり、\(\boldsymbol{b}\) は \(\boldsymbol{a}\) を2倍しただけです。見た目にはベクトルが2本ありますが、どちらも同じ直線上にあります。
では、この2本を線形結合(\(s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}\))してみましょう。
\(\boldsymbol{b}=2\boldsymbol{a}\) なので、
$$
s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}
=
s\boldsymbol{a}+2t\boldsymbol{a}
=
(s+2t)\boldsymbol{a}
$$
となります。
\(s,\ t\) をどのように変えても、結局は \(\boldsymbol{a}\) の何倍かにしかなりません。つまり、2本のベクトルを使っているにもかかわらず、作れる範囲は1本の直線のままです。
\(\boldsymbol{b}\) は、\(\boldsymbol{a}\) だけでは作れない新しい方向を何も増やしていないからです。
2.一方のベクトルが、もう一方から作れない場合
では、次の2本ならどうでしょうか。
$$
\boldsymbol{a}
=
\begin{pmatrix}
2\\
1
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{b}
=
\begin{pmatrix}
-1\\
2
\end{pmatrix}
$$
今度は、\(\boldsymbol{b}\) を \(\boldsymbol{a}\) の何倍かにして作ることはできません。\(\boldsymbol{a}\) と \(\boldsymbol{b}\) は同一直線上になく、それぞれ異なる方向を持っています。
そのため、\(s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}\) で \(s,\ t\) を自由に変えると、平面上のさまざまなベクトルを作ることができます。\(\boldsymbol{b}\) を加えたことで、\(\boldsymbol{a}\) だけでは進めなかった方向へ進めるようになったわけです。
このように、一方のベクトルが、もう一方のベクトルからは作れない「新しい方向」を持っているとき、この2本は線形独立になります。
3.線形独立とは何か?
では、「新しい方向を持っている」ということを、数学的にはどのように表すのでしょうか。
ベクトル \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) に対して、
$$
s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}
=
\boldsymbol{0}
$$
を考えます。
もし、この式を満たす方法が、
$$
s=t=0
$$
しかないなら、\(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) は線形独立であるといいます。
最初は少し不思議な定義に見えるかもしれません。なぜ「新しい方向を持っているか」を調べるのに、わざわざ線形結合をゼロベクトルにするのでしょうか。
その意味を考えてみましょう。
4.なぜ「ゼロベクトルになる組み合わせ」を調べるのか?
たとえば、\(\boldsymbol{b}=2\boldsymbol{a}\) だったとします。この式を移項すると、
$$
2\boldsymbol{a}-\boldsymbol{b}
=
\boldsymbol{0}
$$
となります。
つまり、\(s=2,\ t=-1\) という、どちらも \(0\) ではない係数を使って、\(s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}=\boldsymbol{0}\) を作ることができます。
これは何を意味しているのでしょうか。
\(2\boldsymbol{a}-\boldsymbol{b}=\boldsymbol{0}\) から、\(\boldsymbol{b}=2\boldsymbol{a}\) と変形できます。つまり、\(\boldsymbol{b}\) は \(\boldsymbol{a}\) から作ることができ、\(\boldsymbol{b}\) は新しい方向を増やしていないことが分かります。
反対に、\(s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}=\boldsymbol{0}\) を作る方法が \(s=t=0\) しかなければ、一方をもう一方から作ることはできません。つまり、2本がそれぞれ独立した方向を持っていることになります。
ゼロベクトルを作る「\(0\) ではない係数の組み合わせ」が存在するかどうかを見ることで、ベクトル同士に関係があるかを調べているのです。
5.線形従属とは何か?
線形独立とは反対に、
$$
s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}
=
\boldsymbol{0}
$$
を満たす \(s,\ t\) に、\(s=t=0\) 以外の組み合わせが存在するとき、\(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) は線形従属であるといいます。
先ほどの \(\boldsymbol{b}=2\boldsymbol{a}\) なら、
$$
2\boldsymbol{a}-\boldsymbol{b}
=
\boldsymbol{0}
$$
となるので、線形従属です。
「従属」という言葉のとおり、一方のベクトルがもう一方のベクトルに依存しています。2本あるように見えても、そのうち1本は、もう1本から作れてしまうわけです。
6.線形独立と線形従属を図形的に見る
2次元では、線形独立・線形従属を図形的に見ると、とても分かりやすくなります。2本のベクトルが「新しい方向」を持っている場合と、持っていない場合を比べてみましょう。

左の図では、\(\boldsymbol{a}\) と \(\boldsymbol{b}\) は同一直線上にありません。\(\boldsymbol{b}\) は \(\boldsymbol{a}\) を何倍しても作ることができないので、\(\boldsymbol{a}\) だけでは進めなかった新しい方向を持っています。
したがって、この2本は線形独立です。
一方、右の図では、\(\boldsymbol{b}=2\boldsymbol{a}\) となっています。\(\boldsymbol{b}\) は \(\boldsymbol{a}\) を2倍しただけなので、新しい方向は増えていません。
したがって、この2本は線形従属です。
つまり2次元では、
- 同一直線上にある → 線形従属
- 同一直線上にない → 線形独立
と考えることができます。そして、線形結合で作れる範囲も変わります。
- 線形従属な2本 → 直線
- 線形独立な2本 → 平面
線形独立なベクトルを加えるということは、それまでになかった新しい方向を加えることだと考えることができます。
7.3本のベクトルではどうなる?
では、3次元空間で3本のベクトル \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b},\ \boldsymbol{c}\) を考えてみましょう。
この3本が線形独立であるための条件は、
$$
r\boldsymbol{a}
+s\boldsymbol{b}
+t\boldsymbol{c}
=
\boldsymbol{0}
$$
を満たす係数が、
$$
r=s=t=0
$$
しかないことです。
では、たとえば、
$$
\boldsymbol{c}
=
2\boldsymbol{a}-\boldsymbol{b}
$$
だったらどうでしょうか。移項すると、
$$
2\boldsymbol{a}-\boldsymbol{b}-\boldsymbol{c}
=
\boldsymbol{0}
$$
となります。
つまり、\(r=2,\ s=-1,\ t=-1\) という、すべてを \(0\) にしなくてもゼロベクトルを作れる係数の組み合わせがあります。したがって、この3本は線形従属です。
\(\boldsymbol{c}\) は、すでにある \(\boldsymbol{a}\) と \(\boldsymbol{b}\) の線形結合で作ることができるので、新しい方向を増やしていません。
8.3次元では「同じ平面上にあるか」がポイントになる
3次元では、図形的な意味も考えることができます。
まず、線形独立な2本のベクトル \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) があるとします。この2本の線形結合 \(s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}\) によって、原点を通る1枚の平面を作ることができます。
ここに3本目のベクトル \(\boldsymbol{c}\) を加えます。このとき、\(\boldsymbol{c}\) が \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) の作る平面の中にある場合と、その平面から外へ出る場合を比べてみましょう。

左の図では、\(\boldsymbol{c}\) は \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) が作る平面の中にあります。そのため、\(\boldsymbol{c}=s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}\) と表すことができ、\(\boldsymbol{c}\) を加えても新しい方向は増えません。
したがって、この3本は線形従属です。
一方、右の図では、\(\boldsymbol{c}\) が \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) の作る平面から外へ出ています。この \(\boldsymbol{c}\) は、\(\boldsymbol{a}\) と \(\boldsymbol{b}\) の線形結合だけでは作ることができません。
つまり、3本目によって新しい方向が増えています。このとき、3本は線形独立です。
3次元では、このように「3本目が、それまでの2本が作る平面から外へ出ているか」を見ると、線形独立の意味を図形的に理解できます。
9.行列式との関係
ここで、これまでの記事で扱った「行列式」ともつながります。
2次元で、
$$
\boldsymbol{a}
=
\begin{pmatrix}
a_1\\
a_2
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{b}
=
\begin{pmatrix}
b_1\\
b_2
\end{pmatrix}
$$
を並べて、
$$
A=
\begin{pmatrix}
a_1 & b_1\\
a_2 & b_2
\end{pmatrix}
$$
という行列を作ります。
このとき、\(\det A\neq0\) なら、\(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) は線形独立です。反対に、\(\det A=0\) なら、線形従属です。
これは、行列式を「面積」として考えると分かりやすくなります。\(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) が作る平行四辺形と、行列式の値を比べてみましょう。

左の図では、\(\boldsymbol{a}\) と \(\boldsymbol{b}\) が異なる方向を持っているため、平行四辺形には面積があります。したがって、\(\det A\neq0\) となり、2本は線形独立です。
一方、右の図では、\(\boldsymbol{a}\) と \(\boldsymbol{b}\) が同一直線上にあります。平行四辺形は完全につぶれてしまうため、その面積は \(0\) です。したがって、\(\det A=0\) となり、2本は線形従属です。
つまり、行列式は単に面積を計算しているだけではありません。その面積が \(0\) かどうかを見ることで、2本のベクトルが本当に2つの方向を持っているかどうかも判定できるのです。
同じことは3次元でも成り立ちます。
3本のベクトルを列に並べた行列の行列式が \(0\) でなければ、3本は線形独立です。行列式が \(0\) なら、3本は線形従属です。
3次元では、行列式の絶対値は3本のベクトルが作る平行六面体の体積に対応します。3本が同じ平面上にあると立体がつぶれ、体積が \(0\) になります。
ここでも、行列式が \(0\) になることと、新しい方向が増えていないことがつながっているのです。

10.線形独立・線形従属を一般的に書くと
最後に、一般的な定義を見ておきましょう。
ベクトル
$$
\boldsymbol{a}_1,\
\boldsymbol{a}_2,\
\ldots,\
\boldsymbol{a}_n
$$
に対して、
$$
c_1\boldsymbol{a}_1
+c_2\boldsymbol{a}_2
+\cdots
+c_n\boldsymbol{a}_n
=
\boldsymbol{0}
$$
を考えます。
この式を満たす係数が、
$$
c_1=c_2=\cdots=c_n=0
$$
だけなら、\(\boldsymbol{a}_1,\ \boldsymbol{a}_2,\ \ldots,\ \boldsymbol{a}_n\) は線形独立です。
一方、少なくとも1つが \(0\) ではない係数によって、
$$
c_1\boldsymbol{a}_1
+c_2\boldsymbol{a}_2
+\cdots
+c_n\boldsymbol{a}_n
=
\boldsymbol{0}
$$
とできるなら、これらのベクトルは線形従属です。
線形従属であるということは、ベクトルの中に、ほかのベクトルの線形結合で作れるものが含まれているということです。つまり、そのベクトルを取り除いても、線形結合によって作れる範囲は変わりません。
11.「必要な方向だけを残す」とどうなる?
ここまでで、線形独立・線形従属の意味が見えてきました。
線形独立なベクトルは、それぞれが新しい方向を持っています。一方、線形従属なベクトルの集まりには、ほかのベクトルから作れてしまう「余分なベクトル」が含まれています。
では、ある空間を作るために、必要な方向だけを残したらどうなるのでしょうか。
たとえば2次元平面なら、互いに線形独立な2本のベクトルがあれば、平面全体を作ることができます。3次元空間なら、互いに線形独立な3本のベクトルがあれば、3次元空間全体を作ることができます。
つまり、
- 空間全体を作ることができる
- 余分なベクトルがない
という2つの条件を満たすベクトルの集まりを考えることができます。
この「空間を作るために必要な、余分のないベクトルの集まり」が、次の記事で扱う基底です。

まとめ
線形独立・線形従属とは、ベクトルがそれぞれ「新しい方向」を持っているかを考えるための概念です。
ベクトル \(\boldsymbol{a}_1,\ldots,\boldsymbol{a}_n\) に対して、
$$
c_1\boldsymbol{a}_1+\cdots+c_n\boldsymbol{a}_n
=
\boldsymbol{0}
$$
を考えます。
すべての係数を \(0\) にする以外に方法がなければ、これらのベクトルは線形独立です。一方、\(0\) ではない係数を含む組み合わせでもゼロベクトルを作れるなら、線形従属です。
図形的には、
- 2次元で2本が同一直線上にある → 線形従属
- 2次元で2本が同一直線上にない → 線形独立
- 3次元で3本が原点を通る同一平面上にある → 線形従属
- 3次元で3本が原点を通る同一平面上にない → 線形独立
と見ることができます。
そして、線形従属なベクトルの中には、ほかのベクトルの線形結合で作れる「余分なベクトル」があります。逆に線形独立なら、それぞれのベクトルが、それまでにはなかった新しい方向を持っています。
では、空間を作るために必要な「新しい方向」だけを集めると、どのようなベクトルの集まりになるのでしょうか。
そこで登場するのが、基底です。次の記事では、線形独立と線形結合を組み合わせて、「基底とは何か」を考えていきます。
そう感じた人には、ベクトルや行列、線形独立・線形従属を基礎から解説してくれる本もおすすめです。



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