はじめに
前回の記事では、内積について \(\vec{a}\cdot\vec{b}=|\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta\) という式を使って、「内積とは何を計算しているのか」を考えました。
一方、高校数学では、
$$
\vec{a}
=
\begin{pmatrix}
a_1\\
a_2
\end{pmatrix},
\quad
\vec{b}
=
\begin{pmatrix}
b_1\\
b_2
\end{pmatrix}
$$
としたとき、内積を \(\vec{a}\cdot\vec{b}=a_1b_1+a_2b_2\) と計算することもあります。
ここで、少し不思議に感じるかもしれません。なぜ、角度を使った式が「成分同士を掛けて足す」という形になるのでしょうか?これは単なる公式として覚えるしかないのでしょうか?
実は、この式は突然登場するわけではありません。同じ長さを「成分」と「角度」の2つの方法で計算すると、自然に現れてきます。
内積の成分表示 \(a_1b_1+a_2b_2\) は、突然決められた計算ルールではありません。同じ \(|\vec a-\vec b|^2\) を「成分」と「角度」の2通りで計算すると、自然に導くことができます。
この記事でわかること
この記事では、次の内容の理解を目指します。
- なぜ内積は「成分同士を掛けて足す」形になるのか
- ベクトルの差の長さを成分から計算する方法
- 余弦定理を使って同じ長さを角度から計算する方法
- 「角度による内積」と「成分による内積」が一致する理由
- 内積の符号と2つのベクトルの角度の関係
- 内積が \(0\) になることと、ベクトルが垂直であることの関係
今回は、公式を暗記するのではなく、なぜその計算になるのかを順番に考えていきます。
1.まず2つのベクトルを考える
2つのベクトル、
$$
\vec{a}
=
\begin{pmatrix}
a_1\\
a_2
\end{pmatrix},
\quad
\vec{b}
=
\begin{pmatrix}
b_1\\
b_2
\end{pmatrix}
$$
を考えます。2つのベクトルのなす角を \(\theta\) とします。
ここで重要なのが、\(\vec{a}-\vec{b}\) というベクトルです。2つのベクトルを同じ始点から描くと、\(\vec{a}-\vec{b}\) は、\(\vec{b}\) の先端から \(\vec{a}\) の先端へ向かうベクトルとして見ることができます。
このベクトルの長さを2通りの方法で計算することが、今回の話のスタート地点です。

2.まずは成分から長さを計算する
\(\vec{a}=(a_1,\ a_2)^T\)、\(\vec{b}=(b_1,\ b_2)^T\) なので、
$$
\vec{a}-\vec{b}
=
\begin{pmatrix}
a_1-b_1\\
a_2-b_2
\end{pmatrix}
$$
となります。
ベクトルの長さは、三平方の定理から、
$$
|\vec{a}-\vec{b}|^2
=
(a_1-b_1)^2+(a_2-b_2)^2
$$
です。これを展開して整理すると、
$$
|\vec{a}-\vec{b}|^2
=
a_1^2+a_2^2+b_1^2+b_2^2
-2(a_1b_1+a_2b_2)
$$
となります。
ここで、\(|\vec{a}|^2=a_1^2+a_2^2\)、\(|\vec{b}|^2=b_1^2+b_2^2\) なので、
$$
|\vec{a}-\vec{b}|^2
=
|\vec{a}|^2+|\vec{b}|^2
-2(a_1b_1+a_2b_2)
$$
と書くことができます。
ここで、少し注目してほしいところがあります。まだ「内積の成分表示」を使っていません。ただ、ベクトルを成分で表して、長さを計算しただけなのに、\(a_1b_1+a_2b_2\) という形が自然に出てきました。
この段階では、まだ \(\vec a\cdot\vec b=a_1b_1+a_2b_2\) という公式を使っていません。ベクトルの差の長さを成分から計算しただけで、\(a_1b_1+a_2b_2\) という形が現れています。
3.同じ長さを「角度」から考えてみる
ここで、もう一度先ほどの図を見てみます。

\(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) を同じ始点から描くと、原点・\(\vec{a}\) の先端・\(\vec{b}\) の先端によって三角形ができます。この三角形の、\(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) に対応する2辺の間の角が \(\theta\) です。また、残りの辺の長さが \(|\vec{a}-\vec{b}|\) になります。
この三角形について、余弦定理を使ってみます。余弦定理は \(c^2=a^2+b^2-2ab\cos C\) という公式でした。
今回の場合、2辺の長さが \(|\vec{a}|\)、\(|\vec{b}|\)、その間の角が \(\theta\) で、残りの辺の長さが \(|\vec{a}-\vec{b}|\) です。したがって、
$$
|\vec{a}-\vec{b}|^2
=
|\vec{a}|^2+|\vec{b}|^2
-2|\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta
$$
となります。
ここで、先ほど成分から計算した式と比べてみましょう。成分から計算すると、
$$
|\vec{a}-\vec{b}|^2
=
|\vec{a}|^2+|\vec{b}|^2
-2(a_1b_1+a_2b_2)
$$
でした。一方、余弦定理から計算すると、
$$
|\vec{a}-\vec{b}|^2
=
|\vec{a}|^2+|\vec{b}|^2
-2|\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta
$$
です。
どちらも計算しているのは、同じ \(|\vec{a}-\vec{b}|^2\) です。そこで、2つの式を等しいとおき、共通する \(|\vec a|^2+|\vec b|^2\) を消してから \(-2\) で割ると、
$$
a_1b_1+a_2b_2
=
|\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta
$$
となります。
そして、内積は \(\vec{a}\cdot\vec{b}=|\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta\) と定義されているので、
$$
\vec{a}\cdot\vec{b}
=
a_1b_1+a_2b_2
$$
が得られます。
同じ \(|\vec a-\vec b|^2\) を、成分から計算した式と角度から計算した式で比べる。これによって、「角度を使った内積」と「成分を掛けて足す内積」が同じものだと分かります。

4.「成分を掛けて足す」は、どこから出てきたのか?
ここまでの流れを整理してみます。今回考えたのは、\(|\vec{a}-\vec{b}|^2\) という1つの量でした。
これを「成分」と「角度」の2通りで計算すると、
成分から: \(|\vec{a}-\vec{b}|^2=|\vec{a}|^2+|\vec{b}|^2-2(a_1b_1+a_2b_2)\)
角度から: \(|\vec{a}-\vec{b}|^2=|\vec{a}|^2+|\vec{b}|^2-2|\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta\)
となります。
この2つを比べることで、
$$
a_1b_1+a_2b_2
=
|\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta
$$
が出てきました。
「成分を掛けて足す」という計算は、角度を使った内積と同じ量を、座標から計算していると考えることができます。
5.では、角度が \(90^\circ\) より大きかったら?
ここまでの説明では、イメージしやすくするために、鋭角の場合を中心に考えてきました。しかし、\(0\) でない2つのベクトルのなす角 \(\theta\) は \(0^\circ\leq\theta\leq180^\circ\) の範囲にあり、この範囲で余弦定理を使った導出が成り立ちます。
では、\(90^\circ \lt \theta \lt 180^\circ\) だったらどうでしょうか。この場合、\(\cos\theta\) は負になるため、\(|\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta \lt 0\)、つまり \(\vec{a}\cdot\vec{b} \lt 0\) となります。
実際に角度を変えて見てみると、その変化が分かりやすくなります。

\(45^\circ\) では \(\cos45^\circ \gt 0\) なので、内積は正になります。一方、\(90^\circ\) では \(\cos90^\circ=0\) なので、内積は \(0\) になります。さらに \(135^\circ\) では \(\cos135^\circ \lt 0\) なので、内積は負になります。
内積の符号を見ると、2つのベクトルのなす角が鋭角なのか、直角なのか、鈍角なのかを判断できます。ただし、ここでは2つのベクトルがどちらも \(0\) でないものとします。
6.\(0^\circ\)、\(90^\circ\)、\(180^\circ\) ではどうなる?
ここまでの式は、特別な角度でもそのまま使えます。
6-1.\(\theta=0^\circ\) の場合
2つのベクトルが同じ方向を向いている場合です。\(\cos0^\circ=1\) なので、\(\vec{a}\cdot\vec{b}=|\vec{a}||\vec{b}|\) となります。
したがって、\(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) の長さを固定すると、内積は最大になります。
6-2.\(\theta=90^\circ\) の場合
2つのベクトルが垂直の場合です。\(\cos90^\circ=0\) なので、\(\vec{a}\cdot\vec{b}=0\) となります。
2つのベクトルが垂直なら、内積は \(0\) になります。逆に、\(0\) でない2つのベクトルの内積が \(0\) なら、2つのベクトルは垂直です。
この性質は、法線ベクトルを使って直線や平面を表すときにも重要になります。
6-3.\(\theta=180^\circ\) の場合
2つのベクトルが反対方向を向いている場合です。\(\cos180^\circ=-1\) なので、\(\vec{a}\cdot\vec{b}=-|\vec{a}||\vec{b}|\) となります。
したがって、\(\vec{a}\) と \(\vec{b}\) の長さを固定すると、内積は最小になります。
7.内積の2つの式は、別々の公式ではない
ここまでの話をまとめます。内積には、\(\vec{a}\cdot\vec{b}=|\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta\) という角度を使った表現があります。
一方、\(\vec{a}=(a_1,\ a_2)^T\)、\(\vec{b}=(b_1,\ b_2)^T\) なら、\(\vec{a}\cdot\vec{b}=a_1b_1+a_2b_2\) と計算できます。
この2つは、別々に覚える公式ではありません。同じ \(|\vec{a}-\vec{b}|^2\) を、「成分から見るか」「角度から見るか」という違いによって、同じものを別の形で表しているだけです。
だから、
$$
\vec{a}\cdot\vec{b}
=
|\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta
=
a_1b_1+a_2b_2
$$
となります。
内積の「角度による表現」と「成分による表現」は、別々の公式ではありません。同じ内積という量を、角度から見るか、座標から見るかの違いです。
まとめ
内積を初めて学んだとき、\(a_1b_1+a_2b_2\) という式は、少し唐突に見えるかもしれません。なぜ1番目同士を掛けて、2番目同士を掛けて、それを足すのでしょうか。
今回見たように、これは偶然決まった計算方法ではありません。ベクトルの差 \(\vec{a}-\vec{b}\) の長さを成分から計算すると、\(a_1b_1+a_2b_2\) という形が自然に現れます。
一方、同じ長さを余弦定理から計算すると、\(|\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta\) が現れます。この2つを結びつけることで、
$$
\vec{a}\cdot\vec{b}
=
|\vec{a}||\vec{b}|\cos\theta
=
a_1b_1+a_2b_2
$$
となるわけです。
今回の流れを整理すると、
- ベクトルの差 \(\vec{a}-\vec{b}\) を考える
- その長さの2乗を成分から計算する
- 同じ長さの2乗を余弦定理から計算する
- 2つの式を比べると、内積の成分表示が導かれる
- 内積の符号から、2つのベクトルの向きの関係も分かる
ということになります。
内積の成分表示は、単なる計算テクニックではありません。「角度から見た内積」を、座標を使って計算するための表現です。
ここまでで、内積が何を表しているのか、そしてなぜ成分同士を掛けて足すのかがつながりました。
この考え方は、ベクトルが垂直であることを内積で判定したり、ある方向へのベクトルの「影」を計算したりするときにも役立ちます。さらに、直線・平面を表す法線ベクトルや、今後扱う射影・直交射影にもつながっていきます。
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