はじめに
線形代数では、「線形結合」という言葉がよく登場します。名前だけを見ると難しそうですが、やっていることはとてもシンプルです。
ベクトルを何倍かして、それらを足し合わせる。これが線形結合の基本的な考え方です。
たとえば、2つのベクトル \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) があるとき、
$$
s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}
$$
という形で作られるベクトルを、\(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) の線形結合といいます。ここで、\(s,\ t\) は実数です。
しかし、線形結合で重要なのは、この式そのものではありません。係数 \(s,\ t\) を自由に変えると、どんなベクトルを作ることができるのかという点です。
この視点を持つと、線形結合から「直線」「平面」、さらに「空間」という線形代数の重要な考え方が見えてきます。この記事では、線形結合が何をしているのかを、具体例や図を使って考えていきます。
この記事でわかること
この記事では、次の内容の理解を目指します。
- 線形結合とは、ベクトルにどのような操作をすることなのか
- 1本のベクトルを定数倍すると、なぜ直線ができるのか
- 2本のベクトルの線形結合で、どのように平面を作れるのか
- 3つの独立した方向から、どのように3次元空間を作れるのか
- ベクトルの本数が増えても、作れる空間が広がるとは限らない理由
1.ベクトルを何倍かすると「直線」ができる
まずは、1本のベクトル \(\boldsymbol{a}\) を考えてみましょう。このベクトルを実数 \(t\) 倍すると、\(t\boldsymbol{a}\) となります。
たとえば、\(t=2\) なら長さが2倍になり、\(t=\frac12\) なら半分になります。また、\(t=-1\) なら向きが反対になり、\(t=0\) ならゼロベクトル \(\boldsymbol{0}\) になります。
では、\(t\) をさまざまな実数に変えたとき、\(t\boldsymbol{a}\) の終点はどこに来るのでしょうか。図で確認してみましょう。

図を見ると、\(t\) の値をどのように変えても、\(t\boldsymbol{a}\) の終点は同じ直線上にあります。\(t \gt 0\) なら \(\boldsymbol{a}\) と同じ向き、\(t \lt 0\) なら反対向きに進み、\(t=0\) なら原点になります。
つまり、ゼロベクトルではない \(\boldsymbol{a}\) に対して \(t\) を自由に変えると、原点を通り、\(\boldsymbol{a}\) に平行な直線上のすべての点に到達できます。
これを集合として表すと、
$$
\{t\boldsymbol{a}\mid t\in\mathbb{R}\}
$$
となります。ここで、\(\mathbb{R}\) は実数全体の集合を表しています。
ゼロベクトルではない1本のベクトルを自由に定数倍すると、原点を通る1本の直線を作ることができます。
このように、ベクトルの定数倍は「ある方向へどれだけ進むのか」を表す操作だと考えられます。
2.2つのベクトルを足してみる
次に、2つのベクトル \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) を考えてみましょう。たとえば、
$$
\boldsymbol{a}=
\begin{pmatrix}
2\\
1
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{b}=
\begin{pmatrix}
-1\\
2
\end{pmatrix}
$$
とします。この2つを足すと、
$$
\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b}
=
\begin{pmatrix}
2\\
1
\end{pmatrix}
+
\begin{pmatrix}
-1\\
2
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
1\\
3
\end{pmatrix}
$$
となります。
ベクトルの足し算は、図形的には平行四辺形を使って考えることができます。\(\boldsymbol{a}\) と \(\boldsymbol{b}\) を2辺とする平行四辺形を作ると、その対角線が \(\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b}\) になります。
別の見方をすると、まず \(\boldsymbol{a}\) の方向へ進み、そこから \(\boldsymbol{b}\) の方向へ進むことで、\(\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b}\) の終点に到達します。
ここまでは普通のベクトルの足し算です。線形結合では、さらにそれぞれのベクトルを自由に伸び縮みさせます。
3.「何倍かしてから足す」のが線形結合
\(\boldsymbol{a}\) を \(s\) 倍し、\(\boldsymbol{b}\) を \(t\) 倍してから足してみましょう。
$$
s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}
$$
これが、\(\boldsymbol{a}\) と \(\boldsymbol{b}\) の線形結合です。
たとえば、\(s=2,\ t=3\) とすると、\(2\boldsymbol{a}+3\boldsymbol{b}\) になります。先ほどのベクトルを使えば、
$$
\begin{aligned}
2\boldsymbol{a}+3\boldsymbol{b}
&=
2\begin{pmatrix}2\\1\end{pmatrix}
+
3\begin{pmatrix}-1\\2\end{pmatrix}\\
&=
\begin{pmatrix}4\\2\end{pmatrix}
+
\begin{pmatrix}-3\\6\end{pmatrix}\\
&=
\begin{pmatrix}1\\8\end{pmatrix}
\end{aligned}
$$
となります。
つまり、線形結合では、まずそれぞれのベクトルを好きな倍率にし、その結果を足し合わせます。倍率には負の数や \(0\) も使えるため、ベクトルの向きを反転させたり、ある方向への移動をなくしたりすることもできます。
線形結合とは、複数のベクトルをそれぞれ定数倍し、その結果を足し合わせて新しいベクトルを作ることです。
4.係数を自由に変えると、いろいろなベクトルを作れる
ここで重要なのが、\(s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}\) の係数 \(s,\ t\) は、固定された数字ではないということです。
たとえば、\(s=1,\ t=0\) なら \(\boldsymbol{a}\)、\(s=0,\ t=1\) なら \(\boldsymbol{b}\) になります。また、\(s=1,\ t=1\) なら \(\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b}\)、\(s=-1,\ t=2\) なら \(-\boldsymbol{a}+2\boldsymbol{b}\) になります。
このように、\(s,\ t\) を自由に変えることで、さまざまなベクトルを作ることができます。
では、\(s,\ t\) をあらゆる実数に変化させたら、どこまでベクトルを作ることができるのでしょうか。
ここに、線形結合の重要な意味があります。
5.同一直線上にない2本のベクトルから「平面」を作る
次に、2本のベクトルの線形結合 \(s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}\) を考えます。
ここでは、\(\boldsymbol{a}\) と \(\boldsymbol{b}\) が同一直線上にない場合を考えましょう。この式は、まず \(\boldsymbol{a}\) の方向へ \(s\) 倍だけ進み、そこから \(\boldsymbol{b}\) の方向へ \(t\) 倍だけ進む、と考えることができます。
図で確認してみましょう。

青いベクトルが \(s\boldsymbol{a}\)、緑のベクトルが \(t\boldsymbol{b}\) です。原点から \(s\boldsymbol{a}\) だけ進み、そこから \(t\boldsymbol{b}\) だけ進むと、赤いベクトル \(s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}\) の終点に到達します。
ここで \(s\) を変えれば \(\boldsymbol{a}\) の方向へ自由に動くことができ、\(t\) を変えれば \(\boldsymbol{b}\) の方向へ自由に動くことができます。
この2つの方向が同一直線上になければ、1本の直線に限定されず、2つの方向を組み合わせて平面全体を動けるようになります。たとえば、
$$
\boldsymbol{e}_1=
\begin{pmatrix}
1\\
0
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{e}_2=
\begin{pmatrix}
0\\
1
\end{pmatrix}
$$
という2本のベクトルを考えましょう。\(\boldsymbol{e}_1\) は横方向、\(\boldsymbol{e}_2\) は縦方向を表しています。
この2本の線形結合は、
$$
s\boldsymbol{e}_1+t\boldsymbol{e}_2
=
s\begin{pmatrix}1\\0\end{pmatrix}
+
t\begin{pmatrix}0\\1\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}s\\t\end{pmatrix}
$$
となります。
\(s,\ t\) を自由に選べるので、たとえば \((s,\ t)=(3,\ 2)\) なら \(\begin{pmatrix}3\\2\end{pmatrix}\)、\((s,\ t)=(-1,\ 4)\) なら \(\begin{pmatrix}-1\\4\end{pmatrix}\) を作れます。
さらに、任意の平面ベクトル \(\begin{pmatrix}x\\y\end{pmatrix}\) に対して、\(s=x,\ t=y\) と選べば、そのベクトルを作ることができます。
つまり、この2本のベクトルの線形結合によって、2次元平面全体を作ることができるのです。
同一直線上にない2本のベクトルを自由に線形結合すると、その2本が張る平面全体を作ることができます。
6.3つの独立した方向があれば3次元空間を作れる
同じ考え方を3次元に広げてみましょう。3本のベクトル \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b},\ \boldsymbol{c}\) を使った線形結合は、
$$
r\boldsymbol{a}+s\boldsymbol{b}+t\boldsymbol{c}
$$
です。
ここで、3本目の \(\boldsymbol{c}\) が、最初の2本の線形結合では作れない新しい方向を持っているとします。すると、2本で作られる平面の外側にも動けるようになり、3次元空間へと広がります。
代表的なのが、
$$
\boldsymbol{e}_1=
\begin{pmatrix}
1\\0\\0
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{e}_2=
\begin{pmatrix}
0\\1\\0
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{e}_3=
\begin{pmatrix}
0\\0\\1
\end{pmatrix}
$$
という3本のベクトルです。それぞれ \(x\) 軸、\(y\) 軸、\(z\) 軸の方向を表しています。
この3本を線形結合すると、
$$
x\boldsymbol{e}_1+y\boldsymbol{e}_2+z\boldsymbol{e}_3
=
\begin{pmatrix}
x\\y\\z
\end{pmatrix}
$$
となります。
\(x,\ y,\ z\) を自由に選べるため、3次元空間のどんなベクトルでも表すことができます。
このように、互いに独立した方向を持つベクトルを線形結合することで、作れる範囲を直線から平面、さらに3次元空間へと広げることができます。
7.ベクトルの本数が増えれば、空間も広がるのか?
ここまでを見ると、1つの方向から直線、2つの独立した方向から平面、3つの独立した方向から3次元空間を作れることが分かります。
しかし、単純にベクトルの本数を増やせば、作れる空間が広がるわけではありません。たとえば、
$$
\boldsymbol{a}=
\begin{pmatrix}
1\\2
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{b}=
\begin{pmatrix}
2\\4
\end{pmatrix}
$$
を考えてみましょう。このとき、\(\boldsymbol{b}=2\boldsymbol{a}\) なので、\(\boldsymbol{b}\) は \(\boldsymbol{a}\) と同じ向きで、長さが2倍のベクトルです。
この2本を線形結合すると、
$$
\begin{aligned}
s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}
&=s\boldsymbol{a}+2t\boldsymbol{a}\\
&=(s+2t)\boldsymbol{a}
\end{aligned}
$$
となります。
\(s\) と \(t\) という2つの係数を自由に変えられても、最終的にできるのは \(\boldsymbol{a}\) の何倍かという形だけです。
図で確認してみましょう。

\(\boldsymbol{a}\) と \(\boldsymbol{b}\) は2本ありますが、どちらも同じ直線上にあります。そのため、\(s\boldsymbol{a}\) と \(t\boldsymbol{b}\) をどのように組み合わせても、できあがるベクトルは同じ直線上から出られません。
先ほどは2本のベクトルによって平面全体を作ることができました。しかし今回は、ベクトルが2本あっても、新しい方向は増えていません。
線形結合で作れる空間の広がりを決めるのは、ベクトルの本数そのものではなく、互いに独立した方向がいくつあるかということです。
では、その「独立した方向を持っている」ということを、数学ではどのように表すのでしょうか。
そこで登場するのが、線形独立と線形従属という考え方です。これは次の記事で詳しく見ていきます。
8.線形結合を一般的に書くと
最後に、線形結合を一般的な形で書いておきましょう。
ベクトル \(\boldsymbol{a}_1,\ \boldsymbol{a}_2,\ \ldots,\ \boldsymbol{a}_n\) があるとき、
$$
c_1\boldsymbol{a}_1+c_2\boldsymbol{a}_2+\cdots+c_n\boldsymbol{a}_n
$$
という形で表されるベクトルを、これらのベクトルの線形結合といいます。ここで、\(c_1,\ c_2,\ \ldots,\ c_n\) は実数です。
線形結合そのものは、単に「それぞれのベクトルを何倍かして足す」という操作です。しかし、係数を自由に変えることで、与えられたベクトルから、どこまでの空間を作ることができるのかを考えられるところに、線形結合の大きな意味があります。
このように、与えられたベクトルの線形結合で作られるベクトル全体の集合を、そのベクトルたちが張る空間といいます。
この「張る空間」という考え方は、これから学ぶ線形独立・基底・ベクトル空間・次元へとつながっていきます。
まとめ
今回、線形結合の意味と、線形結合によって作られる空間について見てきました。重要なポイントを整理します。
- 線形結合とは、複数のベクトルをそれぞれ定数倍し、その結果を足し合わせること。
- ゼロベクトルではない1本のベクトルを自由に定数倍すると、原点を通る直線を作ることができる。
- 同一直線上にない2本のベクトルを自由に線形結合すると、その2本が張る平面全体を作ることができる。
- 3つの独立した方向を持つベクトルを線形結合すると、3次元空間全体を作ることができる。
- ベクトルの本数が増えても、新しい方向が増えなければ、作れる空間は広がらない。
線形結合は、一般に次の形で表されます。
$$
c_1\boldsymbol{a}_1+c_2\boldsymbol{a}_2+\cdots+c_n\boldsymbol{a}_n
$$
ここで、係数 \(c_1,\ c_2,\ \ldots,\ c_n\) を自由に変えることで、与えられたベクトルからさまざまなベクトルを作ることができます。
線形結合の本質は、ベクトルを「伸ばして足す」ことで、どのような空間を作れるのかを考えることです。その空間の広がりを決めるのは、ベクトルの本数ではなく、独立した方向の数です。
では、あるベクトルが本当に「新しい方向」を増やしているかどうかは、どのように判断すればよいのでしょうか。次の記事では、線形独立・線形従属という考え方を学びます。
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