はじめに
線形代数では、「線形結合」という言葉がよく登場します。名前だけを見ると難しそうですが、やっていることはとてもシンプルです。
ベクトルを何倍かして、それらを足し合わせる。これが線形結合です。
たとえば、2つのベクトル \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) があるとき、
$$
s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}
$$
という形で作られるベクトルを、\(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) の線形結合といいます。ここで \(s,\ t\) は自由に変えることのできる実数です。
しかし、線形結合で重要なのは、この式そのものではありません。係数 \(s,\ t\) を自由に変えると、どんなベクトルを作ることができるのか。
この視点を持つと、線形結合から「直線」「平面」、さらに「空間」という線形代数の重要な考え方が見えてきます。この記事では、線形結合が何をしているのかを、ベクトルの動きから考えていきます。
1.まずは「ベクトルを何倍かする」ところから考える
ベクトル \(\boldsymbol{a}\) があるとします。このベクトルを実数 \(t\) 倍すると、\(t\boldsymbol{a}\) となります。
\(t=2\) なら \(2\boldsymbol{a}\) となり、\(\boldsymbol{a}\) と同じ方向に長さが2倍になります。\(t=\frac12\) なら \(\frac12\boldsymbol{a}\) となり、同じ方向に長さが半分になります。
また、\(t=-1\) なら \(-\boldsymbol{a}\) となり、向きが反対になります。さらに \(t=0\) なら、\(0\boldsymbol{a}=\boldsymbol{0}\) です。
このように、\(t\) の値を変えると、ベクトルの長さだけでなく向きも変わります。
では、\(t\) をさまざまな実数に変えて、\(t\boldsymbol{a}\) の終点がどこに来るのかを見てみましょう。

図を見ると、\(t\) の値をどのように変えても、\(t\boldsymbol{a}\) の終点は同じ直線上にあります。\(t \gt 0\) なら \(\boldsymbol{a}\) と同じ方向、\(t \lt 0\) なら反対方向へ進み、\(t=0\) なら原点になります。
つまり、\(t\boldsymbol{a}\) で \(t\) を自由に変えると、\(\boldsymbol{a}\) と同じ直線上にあるベクトルを作ることができます。言い換えると、1本のベクトルを伸ばしたり縮めたり、反対向きにしたりすることで、1本の直線を作ることができるわけです。
2.2つのベクトルを足してみる
では、2つのベクトル \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) を考えてみましょう。たとえば、
$$
\boldsymbol{a}
=
\begin{pmatrix}
2\\
1
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{b}
=
\begin{pmatrix}
-1\\
2
\end{pmatrix}
$$
とします。この2つを足すと、
$$
\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b}
=
\begin{pmatrix}
2\\
1
\end{pmatrix}
+
\begin{pmatrix}
-1\\
2
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
1\\
3
\end{pmatrix}
$$
となります。
ベクトルの足し算は、図形的には平行四辺形を使って考えることができます。\(\boldsymbol{a}\) と \(\boldsymbol{b}\) を2辺とする平行四辺形を作ると、その対角線が \(\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b}\) になります。
ここまでは普通のベクトルの足し算です。
線形結合では、さらに、それぞれのベクトルを自由に伸び縮みさせます。
3.「何倍かしてから足す」のが線形結合
\(\boldsymbol{a}\) を \(s\) 倍し、\(\boldsymbol{b}\) を \(t\) 倍してから足してみましょう。
$$
s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}
$$
これが、\(\boldsymbol{a}\) と \(\boldsymbol{b}\) の線形結合です。
たとえば、\(s=2,\ t=3\) なら、\(2\boldsymbol{a}+3\boldsymbol{b}\) です。先ほどの
$$
\boldsymbol{a}
=
\begin{pmatrix}
2\\
1
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{b}
=
\begin{pmatrix}
-1\\
2
\end{pmatrix}
$$
を使うと、
$$
2\boldsymbol{a}
=
\begin{pmatrix}
4\\
2
\end{pmatrix},
\quad
3\boldsymbol{b}
=
\begin{pmatrix}
-3\\
6
\end{pmatrix}
$$
なので、
$$
2\boldsymbol{a}+3\boldsymbol{b}
=
\begin{pmatrix}
1\\
8
\end{pmatrix}
$$
となります。
つまり線形結合とは、
- ベクトルをそれぞれ好きな倍率にする
- それらを足す
という操作です。
4.係数を変えると、いろいろなベクトルを作れる
ここで重要なのが、
$$
s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}
$$
の \(s,\ t\) は固定された数字ではないということです。
たとえば、\(s=1,\ t=0\) なら \(\boldsymbol{a}\)、\(s=0,\ t=1\) なら \(\boldsymbol{b}\) です。また、\(s=1,\ t=1\) なら \(\boldsymbol{a}+\boldsymbol{b}\)、\(s=-1,\ t=2\) なら \(-\boldsymbol{a}+2\boldsymbol{b}\) になります。
このように \(s,\ t\) を自由に変えることで、さまざまなベクトルを作ることができます。
では、\(s,\ t\) をあらゆる実数に変化させたら、どこまでベクトルを作ることができるのでしょうか。
ここに線形結合の重要な意味があります。
5.1本のベクトルの線形結合は「直線」を作る
第1節で見た \(t\boldsymbol{a}\) を、今度は「どこまでの範囲を作ることができるのか」という視点から見てみましょう。
ゼロベクトルではない \(\boldsymbol{a}\) に対して \(t\) を自由に変えると、\(\boldsymbol{a}\) と同じ直線上を動くことができます。つまり、
$$
\{t\boldsymbol{a}\mid t\in\mathbb{R}\}
$$
は、原点を通る1本の直線になります。
ベクトルを1本用意すると、そのベクトルが「進む方向」が決まります。そして係数 \(t\) が、その方向へどれだけ進むのかを決めていると考えることができます。
この考え方は、後の記事で扱う「直線のベクトル方程式」につながります。

6.同一直線上にない2本のベクトルから「平面」を作る
次に、
$$
s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}
$$
を考えます。
ここでは、\(\boldsymbol{a}\) と \(\boldsymbol{b}\) が同一直線上にない場合を考えましょう。この式は、まず \(\boldsymbol{a}\) の方向へ \(s\) 倍だけ進み、そこから \(\boldsymbol{b}\) の方向へ \(t\) 倍だけ進む、と考えることができます。
図で見てみましょう。

青いベクトルが \(s\boldsymbol{a}\)、緑のベクトルが \(t\boldsymbol{b}\) です。原点から \(s\boldsymbol{a}\) まで進み、そこから \(t\boldsymbol{b}\) だけ進むと、赤いベクトル \(s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}\) の終点に到達します。
ここで \(s\) を変えれば \(\boldsymbol{a}\) の方向へ自由に動くことができ、\(t\) を変えれば \(\boldsymbol{b}\) の方向へ自由に動くことができます。
同一直線上にない2本のベクトルがあれば、異なる2つの方向を組み合わせることで、直線上だけではなく平面上を動けるようになります。
たとえば、
$$
\boldsymbol{e}_1=
\begin{pmatrix}
1\\
0
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{e}_2=
\begin{pmatrix}
0\\
1
\end{pmatrix}
$$
なら、
$$
s\boldsymbol{e}_1+t\boldsymbol{e}_2
=
\begin{pmatrix}
s\\
t
\end{pmatrix}
$$
です。
\(s,\ t\) を自由に選べるので、
$$
\begin{pmatrix}
3\\
2
\end{pmatrix},
\quad
\begin{pmatrix}
-1\\
4
\end{pmatrix},
\quad
\begin{pmatrix}
0\\
-5
\end{pmatrix}
$$
など、平面上のどんなベクトルでも作ることができます。つまり、\(\boldsymbol{e}_1,\ \boldsymbol{e}_2\) という2本のベクトルの線形結合によって、2次元平面全体を作ることができます。
7.3つの「新しい方向」があれば3次元空間を作れる
同じ考え方を3次元に広げてみましょう。3本のベクトル \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b},\ \boldsymbol{c}\) を使った線形結合は、
$$
r\boldsymbol{a}+s\boldsymbol{b}+t\boldsymbol{c}
$$
です。
3本がそれぞれ新しい方向を持っていれば、
- \(\boldsymbol{a}\) の方向
- \(\boldsymbol{b}\) の方向
- \(\boldsymbol{c}\) の方向
へ自由に動くことができます。
代表的なのが、
$$
\boldsymbol{e}_1=
\begin{pmatrix}
1\\
0\\
0
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{e}_2=
\begin{pmatrix}
0\\
1\\
0
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{e}_3=
\begin{pmatrix}
0\\
0\\
1
\end{pmatrix}
$$
です。この3本を使えば、
$$
x\boldsymbol{e}_1+y\boldsymbol{e}_2+z\boldsymbol{e}_3
=
\begin{pmatrix}
x\\
y\\
z
\end{pmatrix}
$$
となるので、3次元空間のどんなベクトルでも表すことができます。
このように、互いに新しい方向を持つベクトルを線形結合することで、直線・平面・空間へと作れる範囲を広げていくことができるわけです。
8.たくさんベクトルがあればよいのか?
ここまでを見ると、
- 1つの方向 → 直線
- 2つの異なる方向 → 平面
- 3つの独立した方向 → 3次元空間
という対応が見えてきます。
しかし、単純にベクトルの本数を増やせば、作れる空間が広がるわけではありません。
たとえば、
$$
\boldsymbol{a}
=
\begin{pmatrix}
1\\
2
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{b}
=
\begin{pmatrix}
2\\
4
\end{pmatrix}
$$
を考えてみましょう。このとき、\(\boldsymbol{b}=2\boldsymbol{a}\) です。つまり、\(\boldsymbol{b}\) は \(\boldsymbol{a}\) と同じ方向を向いています。
そのため、
$$
s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}
=
(s+2t)\boldsymbol{a}
$$
となります。
\(s\) と \(t\) という2つの係数を自由に変えられても、最終的にできるのは \(\boldsymbol{a}\) の何倍かという形だけです。
図で確認してみましょう。

\(\boldsymbol{a}\) と \(\boldsymbol{b}\) は2本ありますが、どちらも同じ方向を向いています。そのため、\(s\boldsymbol{a}\) と \(t\boldsymbol{b}\) をどのように組み合わせても、できあがるベクトルは同じ直線上にあります。
先ほどは2本のベクトルによって平面上を動くことができました。しかし今回は、ベクトルが2本あっても、新しい方向は増えていません。
つまり重要なのは、ベクトルが何本あるかだけではなく、それぞれが「新しい方向」を持っているかどうかなのです。
では、その「新しい方向を持っている」ということを、数学ではどのように表すのでしょうか。
そこで登場するのが、「線形独立」と「線形従属」という考え方です。これは次の記事で詳しく見ていきます。

9.線形結合を一般的に書くと
最後に、線形結合を一般的な形で書いておきましょう。
ベクトル \(\boldsymbol{a}_1,\ \boldsymbol{a}_2,\ \ldots,\ \boldsymbol{a}_n\) があるとき、
$$
c_1\boldsymbol{a}_1+c_2\boldsymbol{a}_2+\cdots+c_n\boldsymbol{a}_n
$$
という形で表されるベクトルを、これらのベクトルの線形結合といいます。ここで、\(c_1,\ c_2,\ \ldots,\ c_n\) は実数です。
線形結合そのものは、単に「それぞれのベクトルを何倍かして足す」という操作です。しかし、その係数を自由に変えることで、「与えられたベクトルから、どこまでの空間を作ることができるのか」を考えられるところに、線形結合の大きな意味があります。
まとめ
線形結合とは、複数のベクトルをそれぞれ何倍かして足し合わせることです。たとえば、\(s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}\) は、\(\boldsymbol{a}\) と \(\boldsymbol{b}\) の線形結合です。
線形結合を図形的に考えると、
- ベクトルを何倍かする → その方向へ進む
- 複数のベクトルを足す → 複数の方向への移動を組み合わせる
と見ることができます。
そのため、1つの方向から直線を作り、異なる2つの方向から平面を作り、独立した3つの方向から3次元空間を作ることができます。
ただし、ベクトルの本数が増えれば、必ず新しい方向が増えるとは限りません。2本のベクトルがあっても、一方がもう一方の定数倍なら、作ることのできる範囲は直線のままです。
では、あるベクトルが本当に「新しい方向」を増やしているのかどうかは、どのように判断すればよいのでしょうか。
そこで登場するのが、線形独立・線形従属です。次の記事では、線形結合を使って「線形独立」と「線形従属」の意味を考えていきます。
そう感じた人には、ベクトルや行列、線形結合を基礎から解説してくれる本もおすすめです。



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