はじめに
前回の記事では、「線形独立」と「線形従属」について考えました。
線形独立とは、ベクトルが互いに新しい方向を持っていることです。一方、線形従属なベクトルの集まりには、ほかのベクトルの線形結合で作れてしまう「余分なベクトル」が含まれています。
では、ある空間を作るために、必要な方向だけを残したらどうなるのでしょうか。
たとえば、2次元平面なら、線形独立な2本のベクトルがあれば、線形結合によって平面全体を作ることができます。この2本には余分なベクトルがなく、どちらか一方を取り除くと、平面全体を作ることができなくなります。
空間全体を作ることができ、しかも余分なベクトルがない。このようなベクトルの集まりを、基底といいます。
この記事では、線形結合と線形独立を組み合わせながら、基底の意味や条件、基底と座標・次元の関係について、図と具体例を使って考えていきます。
この記事でわかること
この記事では、次の内容の理解を目指します。
- 基底とは、どのようなベクトルの集まりなのか
- 基底になるために必要な2つの条件とは何か
- 同じ空間に複数の基底が存在するのはなぜか
- 基底を変えると、ベクトルの表し方がどう変わるのか
- 基底に含まれるベクトルの本数と、空間の次元はどう関係するのか
1.まずは2次元平面を作ってみる
2次元平面で、次の2本のベクトルを考えてみましょう。
$$
\boldsymbol{e}_1=
\begin{pmatrix}
1\\
0
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{e}_2=
\begin{pmatrix}
0\\
1
\end{pmatrix}
$$
\(\boldsymbol{e}_1\) は横方向、\(\boldsymbol{e}_2\) は縦方向を表しています。この2本を線形結合すると、
$$
s\boldsymbol{e}_1+t\boldsymbol{e}_2
=
\begin{pmatrix}
s\\
t
\end{pmatrix}
$$
となります。
係数 \(s,\ t\) は自由に変えられるため、たとえば \((3,\ 2)\)、\((-1,\ 4)\)、\((0,\ -5)\) など、平面上のどんなベクトルでも作ることができます。つまり、この2本があれば、2次元平面全体を作ることができるのです。
このように、あるベクトルの集まりの線形結合によって空間全体を作れるとき、そのベクトルたちはその空間を張るといいます。
2.平面を作れるだけなら、ベクトルは何本あってもいい?
では、先ほどの2本に、もう1本のベクトルを加えてみましょう。
$$
\boldsymbol{a}=
\begin{pmatrix}
1\\
1
\end{pmatrix}
$$
\(\boldsymbol{e}_1,\ \boldsymbol{e}_2,\ \boldsymbol{a}\) の3本があれば、もちろん2次元平面全体を作ることができます。しかし、この3本には次の関係があります。
$$
\boldsymbol{a}
=
\boldsymbol{e}_1+\boldsymbol{e}_2
$$
つまり、\(\boldsymbol{a}\) はすでにある \(\boldsymbol{e}_1,\ \boldsymbol{e}_2\) から作れてしまいます。この関係を図で確認してみましょう。

青い \(\boldsymbol{e}_1\) と緑の \(\boldsymbol{e}_2\) だけで、すでに平面全体を作ることができます。そこに赤い \(\boldsymbol{a}\) を加えても、\(\boldsymbol{a}=\boldsymbol{e}_1+\boldsymbol{e}_2\) なので、新しい方向は増えていません。
つまり、この3本は平面全体を作ることはできますが、\(\boldsymbol{a}\) という余分なベクトルを含んでいます。基底を考えるときには、空間全体を作れるだけでなく、余分なベクトルがないことも重要なのです。
3.反対に、余分がなければそれでいい?
では、今度は次の1本だけを考えてみましょう。
$$
\boldsymbol{e}_1=
\begin{pmatrix}
1\\
0
\end{pmatrix}
$$
このベクトルはゼロベクトルではないので、1本だけなら線形独立です。しかし、このベクトルの定数倍で作れるのは、
$$
s\boldsymbol{e}_1
=
\begin{pmatrix}
s\\
0
\end{pmatrix}
$$
という形のベクトルだけです。
係数 \(s\) をどのように変えても、第2成分は \(0\) のままなので、作れる範囲は \(x\) 軸上に限られます。つまり、余分なベクトルはありませんが、2次元平面全体を作ることはできません。
ここまでの例から、基底には「空間全体を作れること」と「余分なベクトルがないこと」の両方が必要だとわかります。
4.基底には2つの条件がある
ベクトルの集まりが基底になるためには、次の2つの条件を満たす必要があります。
- 空間を張る:そのベクトルの線形結合で、空間全体を作ることができる
- 線形独立である:どのベクトルも、ほかのベクトルの線形結合では作れない
1つ目は、「空間を作るために必要な方向がすべてそろっている」という条件です。2つ目は、「余分なベクトルがない」という条件です。
基底とは、「空間全体を張る」と「線形独立である」という2つの条件を同時に満たすベクトルの集まりです。
前の記事までに学んだ言葉を使えば、次のようにまとめられます。
「空間を張る」+「線形独立」=「基底」
この2つの条件を満たすことで、空間を作るために必要な方向だけが残ります。これが、基底を「必要最小限のベクトル」と呼べる理由です。
5.基底は1通りではない
2次元平面の基底としてよく登場するのが、第1章で見た次の2本です。
$$
\boldsymbol{e}_1=
\begin{pmatrix}
1\\
0
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{e}_2=
\begin{pmatrix}
0\\
1
\end{pmatrix}
$$
この2本は、2次元平面の標準基底と呼ばれます。しかし、基底はこの2本だけではありません。
たとえば、次の2本を考えてみましょう。
$$
\boldsymbol{a}=
\begin{pmatrix}
1\\
1
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{b}=
\begin{pmatrix}
1\\
-1
\end{pmatrix}
$$
この2本は同一直線上にないので、線形独立です。また、2次元平面では、線形独立な2本のベクトルがあれば、その線形結合によって平面全体を作ることができます。
標準基底と比べてみましょう。

左の \(\boldsymbol{e}_1,\ \boldsymbol{e}_2\) も、右の \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) も、それぞれ2本が線形独立で、2次元平面全体を作ることができます。したがって、どちらも2次元平面の基底です。
同じ空間でも、基底の選び方は1通りではありません。空間全体を張り、線形独立であるという2つの条件を満たせば、異なるベクトルの組も基底になります。
6.基底を変えると、ベクトルの表し方も変わる
では、基底を変えると何が変わるのでしょうか。次のベクトルを例に考えてみましょう。
$$
\boldsymbol{v}=
\begin{pmatrix}
3\\
2
\end{pmatrix}
$$
まず、標準基底 \(\boldsymbol{e}_1,\ \boldsymbol{e}_2\) を使うと、
$$
\boldsymbol{v}
=
3\boldsymbol{e}_1+2\boldsymbol{e}_2
$$
と表せます。
一方、第5章で見た別の基底
$$
\boldsymbol{a}=
\begin{pmatrix}
1\\
1
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{b}=
\begin{pmatrix}
1\\
-1
\end{pmatrix}
$$
を使うとどうなるでしょうか。
この2本を使って、\(\boldsymbol{v}=s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}\) と表すことを考えます。具体的な成分を代入すると、
$$
\begin{aligned}
\begin{pmatrix}
3\\
2
\end{pmatrix}
&=
s\begin{pmatrix}
1\\
1
\end{pmatrix}
+
t\begin{pmatrix}
1\\
-1
\end{pmatrix}\\
&=
\begin{pmatrix}
s+t\\
s-t
\end{pmatrix}
\end{aligned}
$$
となります。したがって、次の連立方程式を解けば、係数 \(s,\ t\) が求まります。
$$
\begin{cases}
s+t=3\\
s-t=2
\end{cases}
$$
2つの式を足すと \(2s=5\) なので、\(s=\frac52\) です。これを \(s+t=3\) に代入すると、\(t=\frac12\) となります。
つまり、同じベクトル \(\boldsymbol{v}\) でも、
$$
\boldsymbol{v}
=
3\boldsymbol{e}_1+2\boldsymbol{e}_2
$$
とも、
$$
\boldsymbol{v}
=
\frac52\boldsymbol{a}
+\frac12\boldsymbol{b}
$$
とも表すことができます。
ベクトル \(\boldsymbol{v}\) そのものは同じですが、どの基底を使うかによって、それを表す係数が変わるわけです。
ここで重要なのは、基底を1つ決めると、どんなベクトルもその基底の線形結合としてただ1通りに表せることです。これは、基底が空間全体を張っているため必ず表せることと、線形独立であるため係数が一意に決まることによります。
基底を決めるということは、空間のベクトルを表すための「ものさし」を決めることだと考えられます。同じベクトルでも、基底が変われば、その表し方に使う係数が変わります。
このとき、線形結合に使う係数が、その基底におけるベクトルの座標になります。
今回の例では、標準基底では \((3,\ 2)\)、基底 \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) では \(\left(\frac52,\ \frac12\right)\) という座標になります。
7.3次元空間の基底
同じ考え方を3次元に広げてみましょう。3次元空間では、次の3本のベクトルが標準基底として使われます。
$$
\boldsymbol{e}_1=
\begin{pmatrix}
1\\
0\\
0
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{e}_2=
\begin{pmatrix}
0\\
1\\
0
\end{pmatrix},
\quad
\boldsymbol{e}_3=
\begin{pmatrix}
0\\
0\\
1
\end{pmatrix}
$$
この3本を線形結合すると、
$$
x\boldsymbol{e}_1
+y\boldsymbol{e}_2
+z\boldsymbol{e}_3
=
\begin{pmatrix}
x\\
y\\
z
\end{pmatrix}
$$
となります。係数 \(x,\ y,\ z\) を自由に変えれば、3次元空間のどんなベクトルでも作ることができます。
また、この3本は線形独立です。実際、\(x\boldsymbol{e}_1+y\boldsymbol{e}_2+z\boldsymbol{e}_3=\boldsymbol{0}\) となるのは、\(x=y=z=0\) の場合だけです。
したがって、\(\boldsymbol{e}_1,\ \boldsymbol{e}_2,\ \boldsymbol{e}_3\) は3次元空間の基底です。
もちろん、3次元でも基底はこの3本だけではありません。線形独立で、3次元空間全体を作ることのできる3本なら、別の組み合わせでも基底になります。
8.基底の本数が「次元」になる
ここまでを見ると、基底に含まれるベクトルの本数と、空間の広がりに関係があることがわかります。直線・平面・3次元空間を、それぞれの基底と一緒に比べてみましょう。

原点を通る直線を作るには、1つの独立した方向が必要なので、基底は1本です。原点を通る平面を作るには2つの独立した方向が必要なので、基底は2本です。そして、3次元空間を作るには3つの独立した方向が必要なので、基底は3本になります。
この基底に含まれるベクトルの本数が、その空間の次元です。
- 原点を通る直線の基底 → 1本 → 1次元
- 2次元平面の基底 → 2本 → 2次元
- 3次元空間の基底 → 3本 → 3次元
ここで重要なのは、基底の選び方は何通りもあるのに、同じ空間の基底に含まれるベクトルの本数は変わらないということです。
たとえば、2次元平面では標準基底 \(\boldsymbol{e}_1,\ \boldsymbol{e}_2\) を選んでも、別の基底 \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) を選んでも、基底の本数は必ず2本です。だからこそ、基底の本数を使って空間の広がりを表すことができます。
次元とは、その空間の基底に含まれるベクトルの本数です。基底の選び方が変わっても、その本数は変わりません。
9.基底を一般的に書くと
最後に、基底を一般的な形で整理しておきましょう。
ベクトル空間 \(V\) に対して、次のベクトルの集まりを考えます。
$$
\boldsymbol{a}_1,\
\boldsymbol{a}_2,\
\ldots,\
\boldsymbol{a}_n
$$
このベクトルの集まりが \(V\) の基底であるとは、次の2つの条件を満たすことです。
- 空間を張る:\(\boldsymbol{a}_1,\ \ldots,\ \boldsymbol{a}_n\) の線形結合によって、\(V\) のすべてのベクトルを表せる
- 線形独立である:\(c_1\boldsymbol{a}_1+\cdots+c_n\boldsymbol{a}_n=\boldsymbol{0}\) が成り立つのは、\(c_1=\cdots=c_n=0\) の場合だけである
1つ目は「空間を作るために不足がない」、2つ目は「余分なベクトルがない」という意味です。
また、この2つの条件を満たすと、空間 \(V\) の任意のベクトル \(\boldsymbol{v}\) は、
$$
\boldsymbol{v}
=
c_1\boldsymbol{a}_1
+c_2\boldsymbol{a}_2
+\cdots
+c_n\boldsymbol{a}_n
$$
という形で、ただ1通りに表すことができます。
基底は、空間全体を張り、しかも線形独立なベクトルの集まりです。基底を決めると、空間内のすべてのベクトルを、その基底の線形結合として一意に表せます。
ここまで、線形結合から始めて、線形独立、そして基底へと考え方を広げてきました。次は、これらの考え方を使って、「ベクトル空間」とは何かを詳しく考えていきます。
まとめ
今回、基底の意味と条件、座標や次元との関係について見てきました。重要なポイントを整理します。
- 基底とは、空間全体を張り、線形独立であるベクトルの集まり。
- 「空間を張る」は、線形結合によって空間全体を作れることを意味する。
- 「線形独立」は、ほかのベクトルの線形結合で作れる余分なベクトルがないことを意味する。
- 同じ空間でも、基底の選び方は1通りではない。
- 基底を決めると、空間内のベクトルをその基底の線形結合として一意に表せる。その係数が座標になる。
- 基底に含まれるベクトルの本数が、その空間の次元になる。
基底になるための条件は、次のようにまとめられます。
「空間を張る」+「線形独立」=「基底」
基底とは、空間を作るために必要な方向だけを集めた「必要最小限のベクトル」です。空間全体を作ることができ、どのベクトルも余分ではないことが、その本質です。
次回は、今回までに学んだ線形結合・線形独立・基底を使って、「ベクトル空間とは何か?」を考えます。ベクトルの集まりを1つの空間として扱うためには、どのような条件が必要なのでしょうか。
関連記事



シリーズ全体を理解する

関連書籍
線形結合・線形独立・基底についてさらに学びたい人には、線形代数を基礎から解説している本もおすすめです。



コメント