はじめに
行列は、数字を長方形に並べたものです。しかし、行列が何を表しているのかを理解すると、行列とベクトルの積や行列同士の掛け算にも、共通した意味が見えてきます。
行列はベクトルをどのように変換するのでしょうか。また、その変換によって到達できるベクトルと、区別できなくなるベクトルは、どのように調べればよいのでしょうか。
行列は、基底を決めることで線形写像を数字で表したものです。行列の列は基底ベクトルの変換先を表し、像・核・ランク・次元定理は、その変換が作り出す空間と失われる自由度を明らかにします。
この記事では、Part 3で学んだ11のテーマをつなぎ、線形写像と行列の全体像を整理します。個々の計算方法だけでなく、それぞれの概念がなぜ必要なのかを考えていきましょう。
この記事でわかること
- 線形写像と行列が対応する理由
- 行列とベクトルの積、行列同士の積が表す意味
- 回転行列・単位行列・転置行列の役割
- 像と核が表す「到達できる範囲」と「\(0\) になる入力」
- ランクと次元定理が線形写像の構造を表す仕組み
1.行列は線形写像をどのように表すのか?
線形写像とは、ベクトルの足し算とスカラー倍を保つ写像です。線形写像を \(T\) とすると、任意のベクトル \(\boldsymbol{u},\boldsymbol{v}\) とスカラー \(c\) に対して、
$$
T(\boldsymbol{u}+\boldsymbol{v})=T(\boldsymbol{u})+T(\boldsymbol{v}),\quad
T(c\boldsymbol{u})=cT(\boldsymbol{u})
$$
が成り立ちます。この性質により、基底ベクトルがどこへ移るかを決めれば、ほかのすべてのベクトルの変換先も決まります。
たとえば、平面上のベクトルは標準基底を使って、
$$
\boldsymbol{x}=x\boldsymbol{e}_1+y\boldsymbol{e}_2
$$
と表せます。線形性を使うと、
$$
T(\boldsymbol{x})=xT(\boldsymbol{e}_1)+yT(\boldsymbol{e}_2)
$$
となります。そこで、2本の標準基底ベクトルの変換先を列に並べて、
$$
A=\begin{pmatrix}T(\boldsymbol{e}_1)&T(\boldsymbol{e}_2)\end{pmatrix}
$$
とすれば、線形写像を行列で表せます。ここでは入力と出力の両方に標準基底を使っています。そのため、基底ベクトルの変換先をそのまま行列の列に並べることで、線形写像を表せます。
$$
T(\boldsymbol{x})=A\boldsymbol{x}
$$
基底ベクトルが変換される様子を次の図に示します。変換先の2本のベクトルが、行列の2つの列に対応しています。

行列とベクトルの積は、列ベクトルの線形結合として理解できます。同時に、各成分は行ベクトルと入力ベクトルの内積として計算できます。つまり、列から見る方法と行から見る方法は、同じ計算の異なる見方です。
なお、行列は基底の選び方にも依存します。一般の基底を使う場合は、入力と出力をそれぞれの基底に対する座標で表し、表現行列を考えます。線形写像そのものと、それを表す行列は区別することが重要です。


2.行列の演算は線形写像とどうつながるのか?
行列を線形写像として捉えると、さまざまな行列や演算の役割も整理できます。
2.1.回転行列と単位行列
平面上のベクトルを原点の周りに角度 \(\theta\) だけ回転させる行列は、
$$
R(\theta)=
\begin{pmatrix}
\cos\theta&-\sin\theta\\
\sin\theta&\cos\theta
\end{pmatrix}
$$
です。この形も、標準基底ベクトル2本の回転先を列に並べることで導けます。
一方、すべてのベクトルをそのままにする恒等写像は、単位行列 \(I\) で表されます。回転行列と単位行列は、どちらも基底ベクトルの変換先から意味を理解できる例です。
2.2.行列の掛け算は写像の合成
最初に \(A\)、次に \(B\) を作用させると、
$$
\boldsymbol{x}\longmapsto A\boldsymbol{x}
\longmapsto B(A\boldsymbol{x})=(BA)\boldsymbol{x}
$$
となります。したがって、行列の積 \(BA\) は、2つの線形写像を順番に作用させる合成を表します。掛ける順番が重要なのは、このためです。
また、適切な大きさの単位行列を使えば、\(A\) が \(m\times n\) 行列のとき、
$$
I_mA=AI_n=A
$$
となります。これは、何も変えない写像を合成しても結果が変わらないことに対応しています。
2.3.転置行列は内積との関係を表す
転置行列 \(A^{\mathsf T}\) は、行と列を入れ替えた行列です。転置には、
$$
(AB)^{\mathsf T}=B^{\mathsf T}A^{\mathsf T}
$$
という性質があります。また、実数ベクトルの通常の内積について、
$$
(A\boldsymbol{x})\cdot\boldsymbol{y}
=\boldsymbol{x}\cdot(A^{\mathsf T}\boldsymbol{y})
$$
が成り立ちます。転置行列は、単に数字を並べ替えるだけでなく、線形写像と内積を結びつける役割を持っています。
| 行列・演算 | 線形写像としての意味 |
|---|---|
| 回転行列 | ベクトルを回転させる |
| 単位行列 | ベクトルを変えない |
| 行列の積 | 線形写像を合成する |
| 転置行列 | 内積の中で線形写像の作用を移す関係を表す |
これらは別々の計算規則に見えますが、行列を線形写像として考えることで、それぞれの意味が明確になります。


3.像と核は何を表しているのか?
ここまでは、行列によってベクトルをどう変換するかを考えてきました。次に、その変換がどのような結果を作るのかを調べます。
線形写像 \(T:V\to W\) に対して、像と核は次のように定義されます。
$$
\mathrm{Im}(T)=\{T(\boldsymbol{x})\mid\boldsymbol{x}\in V\}
$$
$$
\mathrm{Ker}(T)=\{\boldsymbol{x}\in V\mid T(\boldsymbol{x})=\boldsymbol{0}\}
$$
像は、線形写像によって実際に到達できる出力全体です。一方、核は、零ベクトルへ移る入力全体です。
ここで重要なのは、像が出力側の空間 \(W\) の部分空間であり、核が入力側の空間 \(V\) の部分空間であることです。両者は同じ空間に属するとは限りません。
次の図は、核が入力側の直線、像が出力側の直線になる例を示しています。ここでは核が傾き \(-1\)、像が傾き \(1\) の直線となる写像を考えており、第6章の行列とは別の例です。

また、核に零ベクトル以外のベクトルが含まれる場合、異なる入力が同じ出力へ移ります。なぜなら、\(T(\boldsymbol{z})=\boldsymbol{0}\) となる \(\boldsymbol{z}\ne\boldsymbol{0}\) があれば、
$$
T(\boldsymbol{x}+\boldsymbol{z})=T(\boldsymbol{x})
$$
となるからです。したがって、核は「入力のどの違いが、出力からは区別できなくなるか」を表しています。

4.ランクは線形写像の何を測っているのか?
像が「到達できる出力全体」だとすると、その空間は何次元なのでしょうか。それを表すのがランクです。
行列 \(A\) が表す線形写像を \(T\) とすると、
$$
\operatorname{rank}(A)=\dim\mathrm{Im}(T)
$$
です。行列とベクトルの積は列ベクトルの線形結合なので、像は行列の列ベクトルが張る空間と一致します。したがって、ランクは線形独立な列ベクトルの最大本数としても求められます。
たとえば、入力が2次元でも、変換後のベクトルがすべて1本の直線上に並ぶなら、ランクは \(1\) です。変換先が平面全体に広がるなら、ランクは \(2\) になります。
つまり、ランクは、線形写像が出力側に作り出せる独立な方向の数を表しています。

5.次元定理は像と核をどう結びつけるのか?
ランクは像の次元を表します。一方、核の次元は、零ベクトルへ移る入力の独立な方向の数を表します。この2つを結びつけるのが次元定理です。
有限次元ベクトル空間 \(V\) からの線形写像 \(T:V\to W\) に対して、
$$
\dim V=\dim\mathrm{Ker}(T)+\dim\mathrm{Im}(T)
$$
が成り立ちます。行列 \(A\) が \(m\times n\) 行列の場合には、
$$
n=\dim\mathrm{Ker}(T)+\operatorname{rank}(A)
$$
と書けます。
入力側の次元は、核の次元と像の次元の和に等しいということです。ただし、像と核は一般に異なる空間の部分空間なので、入力空間をそのまま「像と核の直和」に分けているわけではありません。
この定理から、核が零ベクトルだけなら入力の異なるベクトルを区別でき、写像は単射になります。また、像が終域全体なら全射です。像と核を調べることで、線形写像の重要な性質を判断できます。

6.線形写像と行列の全体像を一つの例で理解する
最後に、ここまでの概念を同じ行列で結びつけてみましょう。次の行列が表す線形写像 \(T:\mathbb{R}^2\to\mathbb{R}^2\) を考えます。
$$
A=\begin{pmatrix}1&2\\2&4\end{pmatrix},\quad
T(\boldsymbol{x})=A\boldsymbol{x}
$$
この行列の第2列は第1列の2倍です。したがって、どの入力を変換しても、出力は \((1,2)^T\) の定数倍になります。
$$
\mathrm{Im}(T)=\left\{t\begin{pmatrix}1\\2\end{pmatrix}\middle|t\in\mathbb{R}\right\}
$$
像は原点を通る1本の直線なので、ランクは \(1\) です。
一方、\(A\boldsymbol{x}=\boldsymbol{0}\) を満たす入力は、
$$
\mathrm{Ker}(T)=\left\{t\begin{pmatrix}-2\\1\end{pmatrix}\middle|t\in\mathbb{R}\right\}
$$
です。核も1次元です。次の図では、核と像の方向を描き、ランクと次元定理の関係もあわせて示します。

核は入力側、像は出力側の部分空間です。図の緑色の矢印は、核に属さない入力ベクトルと、その変換先を表しています。
次元定理は、
$$
\underbrace{2}_{\dim\mathbb{R}^2}
=\underbrace{1}_{\dim\mathrm{Ker}(T)}
+\underbrace{1}_{\operatorname{rank}(A)}
$$
となります。
| 概念 | この行列でわかること |
|---|---|
| 行列の列 | 基底ベクトルの変換先を表す。2列は線形従属 |
| 像 | 到達できる出力は1本の直線上に限られる |
| 核 | 零ベクトルへ移る入力が1本の直線を作る |
| ランク | 像の次元は \(1\) |
| 次元定理 | 入力の次元 \(2\) は、核の次元 \(1\) と像の次元 \(1\) の和に等しい |
この例では、入力空間は2次元ですが、出力として到達できるのは1次元の直線上だけです。また、核の方向に入力を変えても出力は変わりません。この関係が、ランク \(1\) と核の次元 \(1\) として表れています。
行列の列を見て変換先を考えることと、像・核・ランク・次元定理で変換の構造を調べることは、同じ線形写像を異なる角度から理解する方法なのです。
まとめ
今回は、線形写像と行列の関係を、行列の演算から像・核・ランク・次元定理までつなげて考えました。
- 線形写像は線形結合を保つため、基底ベクトルの変換先によって決まる。
- 基底を選ぶと線形写像を行列で表せる。標準基底では行列の各列が基底ベクトルの変換先になる。
- 行列とベクトルの積は列ベクトルの線形結合であり、行列同士の積は線形写像の合成を表す。
- 回転行列・単位行列・転置行列にも、線形写像や内積に基づく意味がある。
- 像は到達できる出力全体、核は零ベクトルへ移る入力全体を表す。
- ランクは像の次元であり、次元定理は入力の次元と像・核の次元を結びつける。
行列を理解するとは、数字の計算規則を覚えることだけではありません。基底ベクトルがどこへ移るかを知り、像と核から何が表現できて何が区別できなくなるかを調べることで、線形写像の構造が見えてきます。
Part 3の個別記事一覧
線形写像の基本から行列の演算へ進み、最後に像・核・ランク・次元定理を学ぶ順番です。気になるテーマから読み直すこともできます。
| 学習順 | テーマ | 個別記事 |
|---|---|---|
| ① | 線形変換 | 線形変換とは何か?|行列がベクトルをどう動かすのかを図で理解する |
| ② | 線形写像 | 線形写像とは何か?|線形結合を保つ写像を理解する |
| ③ | 行列とベクトルの積 | 行列とベクトルの積とは何か?|列ベクトルの線形結合と行ごとの内積で理解する |
| ④ | 表現行列 | 線形写像の表現行列とは何か?|基底を決めると行列が決まる理由 |
| ⑤ | 回転行列 | 回転行列はなぜこの形になるのか?|基底ベクトルの回転から公式を導く |
| ⑥ | 単位行列 | 単位行列とは何か?|何も変えない線形写像 |
| ⑦ | 行列の掛け算 | 行列の掛け算はなぜこの計算になるのか?|線形写像の合成から理解する |
| ⑧ | 転置行列 | 転置行列とは何か?|行と列を入れ替える意味と性質を理解する |
| ⑨ | 像と核 | 線形写像の像と核とは何か?|「どこへ移るか」と「0になる方向」 |
| ⑩ | ランク | ランクとは何か?|線形写像が作り出せる空間の次元 |
| ⑪ | 次元定理 | 次元定理とは何か?|像と核の次元から線形写像を理解する |
次に学ぶテーマ
ここまでは、線形写像を行列で表し、像・核・ランク・次元定理から変換の構造を調べてきました。
次は、行列式・逆行列・連立方程式を学びます。行列式によって変換が面積や体積をどう変えるかを調べ、逆行列や掃き出し法を使って連立方程式を解く仕組みを理解していきます。

シリーズ全体を理解する
ベクトル・行列・行列式から線形写像まで、線形代数全体のつながりと学習順は、総合まとめで確認できます。

関連書籍
線形写像と行列の関係をさらに深く理解したい人には、線形代数を体系的に学べる書籍も参考になります。基底から表現行列、像・核、次元定理へと読み進めると、それぞれの概念が一つの理論としてつながります。



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