はじめに
行列式や余因子展開について学ぶと、次に登場することが多いのが逆行列です。
逆行列は、一般に \(A^{-1}\) と表されます。そして、余因子を使うと、逆行列は
$$
A^{-1}
=
\frac{1}{\det A}\mathrm{adj}(A)
$$
と求めることができます。
ここで、\(\mathrm{adj}(A)\) は、余因子を並べた行列を転置した随伴行列です。
しかし、この公式を初めて見ると、
「なぜ逆行列を求めるのに、余因子が出てくるの?」
「なぜ最後に行列式 \(\det A\) で割るの?」
と疑問に思うかもしれません。
実は、この公式には、これまで見てきた余因子展開と行列式の性質がそのまま使われています。
ポイントになるのは、
$$
A\mathrm{adj}(A)
=
(\det A)I
$$
という関係です。
この記事では、
- そもそも逆行列とは何か
- 余因子からどのように行列を作るのか
- なぜ余因子を使うと逆行列が求まるのか
- なぜ \(\det A=0\) では逆行列が存在しないのか
を順番に見ていきます。
1.そもそも逆行列とは何か?
逆行列を理解するために、まず普通の数の「逆数」を考えてみます。
たとえば、
$$
2\times\frac{1}{2}=1
$$
です。
\(\frac12\) は、\(2\) に掛けると \(1\) になる数なので、\(2\) の逆数です。
行列にも、これと似た考え方があります。
行列 \(A\) に対して、
$$
AA^{-1}=A^{-1}A=I
$$
となる行列 \(A^{-1}\) を、\(A\) の逆行列と呼びます。
ここで \(I\) は単位行列です。たとえば2次の場合、
$$
I=
\begin{pmatrix}
1&0\\
0&1
\end{pmatrix}
$$
です。
つまり、
- 数では、掛けると \(1\) になるものが逆数
- 行列では、掛けると \(I\) になるものが逆行列
と考えることができます。
逆行列は、行列を使った方程式を解くときにも重要になります。たとえば、
$$
A\boldsymbol{x}=\boldsymbol{b}
$$
という式で \(A^{-1}\) が存在すれば、両辺の左から \(A^{-1}\) を掛けることで、
$$
\boldsymbol{x}
=
A^{-1}\boldsymbol{b}
$$
と表すことができます。
つまり逆行列は、普通の方程式で「両辺を同じ数で割る」操作に近い役割を持っています。
今回は、こうした逆行列がなぜ余因子を使って求められるのかに注目してみます。

2.余因子から行列を作る
3次行列
$$
A=
\begin{pmatrix}
a_{11}&a_{12}&a_{13}\\
a_{21}&a_{22}&a_{23}\\
a_{31}&a_{32}&a_{33}
\end{pmatrix}
$$
を考えます。
各成分 \(a_{ij}\) に対応する余因子を \(C_{ij}\) とします。
これらを同じ位置に並べると、
$$
C=
\begin{pmatrix}
C_{11}&C_{12}&C_{13}\\
C_{21}&C_{22}&C_{23}\\
C_{31}&C_{32}&C_{33}
\end{pmatrix}
$$
という行列ができます。
そして、この行列を転置した
$$
\mathrm{adj}(A)
=
\begin{pmatrix}
C_{11}&C_{21}&C_{31}\\
C_{12}&C_{22}&C_{32}\\
C_{13}&C_{23}&C_{33}
\end{pmatrix}
$$
を、ここでは随伴行列と呼ぶことにします。
なぜわざわざ転置するのでしょうか。
その理由は、\(A\) とこの行列を掛けてみると見えてきます。
3.\(A\) と随伴行列を掛けてみる
\(A\) と \(\mathrm{adj}(A)\) を掛けた \(A\mathrm{adj}(A)\) を考えます。
すべてを一度に計算すると複雑なので、まず左上の成分だけ見てみます。
行列の積の計算から、この成分は、
$$
a_{11}C_{11}
+
a_{12}C_{12}
+
a_{13}C_{13}
$$
となります。
ここで、この式をよく見ると、どこかで見た形になっています。
第1行による余因子展開は、
$$
\det A
=
a_{11}C_{11}
+
a_{12}C_{12}
+
a_{13}C_{13}
$$
でした。したがって、
$$
a_{11}C_{11}
+
a_{12}C_{12}
+
a_{13}C_{13}
=
\det A
$$
です。
つまり、\(A\mathrm{adj}(A)\) の左上には、行列式 \(\det A\) が現れます。
4.他の対角成分にも \(\det A\) が現れる
同じことは、他の対角成分でも起こります。
たとえば、第2行と第2列からできる成分は、
$$
a_{21}C_{21}
+
a_{22}C_{22}
+
a_{23}C_{23}
$$
です。これは、第2行について余因子展開した形なので、
$$
a_{21}C_{21}
+
a_{22}C_{22}
+
a_{23}C_{23}
=
\det A
$$
となります。
同様に、第3行についても、
$$
a_{31}C_{31}
+
a_{32}C_{32}
+
a_{33}C_{33}
=
\det A
$$
です。
したがって、積の対角成分には、\(\det A\) が並ぶことになります。
では、対角成分ではないところには、何が現れるのでしょうか。
5.対角成分以外は、なぜ \(0\) になるのか?
たとえば、\(A\mathrm{adj}(A)\) の第1行・第2列の成分を考えます。
これは、
$$
a_{11}C_{21}
+
a_{12}C_{22}
+
a_{13}C_{23}
$$
です。
先ほどとは、少し形が違います。
\(a_{11},a_{12},a_{13}\) は第1行の成分なのに、余因子は第2行に対応する \(C_{21},C_{22},C_{23}\) になっています。
ここで、次の行列を考えてみます。
$$
B=
\begin{pmatrix}
a_{11}&a_{12}&a_{13}\\
a_{11}&a_{12}&a_{13}\\
a_{31}&a_{32}&a_{33}
\end{pmatrix}
$$
この行列には、同じ行が2つあります。したがって、行列式の性質から、\(\det B=0\) です。
一方、この行列を第2行について余因子展開してみます。
第2行を取り除いてできる小行列は、もとの行列 \(A\) で第2行を取り除いてできる小行列と同じです。
そのため、第2行に対応する余因子は、もとの行列 \(A\) の
$$
C_{21},\quad C_{22},\quad C_{23}
$$
と同じになります。したがって、
$$
\det B
=
a_{11}C_{21}
+
a_{12}C_{22}
+
a_{13}C_{23}
$$
です。
ところが、先ほど見たように \(\det B=0\) なので、
$$
a_{11}C_{21}
+
a_{12}C_{22}
+
a_{13}C_{23}
=
0
$$
となります。
つまり、\(A\mathrm{adj}(A)\) の対角成分ではないところには、\(0\) が現れます。
同じ考え方を他の成分にも使うことができます。

6.すると、行列の積はどうなる?
ここまでの結果をまとめてみましょう。
\(A\mathrm{adj}(A)\) の各成分を調べると、
- 対角成分 → 余因子展開によって \(\det A\) になる
- それ以外の成分 → 同じ行を2つ持つ行列の行列式と考えられるため \(0\) になる
ことが分かりました。
つまり、\(A\) と \(\mathrm{adj}(A)\) を掛けると、次のような形になります。

図を見ると、対角成分にだけ \(\det A\) が並び、それ以外の成分はすべて \(0\) になっていることが分かります。
したがって、
$$
A\mathrm{adj}(A)
=
\begin{pmatrix}
\det A&0&0\\
0&\det A&0\\
0&0&\det A
\end{pmatrix}
$$
です。
ここで、右辺を見ると、単位行列
$$
I=
\begin{pmatrix}
1&0&0\\
0&1&0\\
0&0&1
\end{pmatrix}
$$
の対角成分を、すべて \(\det A\) 倍した形になっています。
そのため、\(\det A\) をくくり出すと、
$$
A\mathrm{adj}(A)
=
(\det A)
\begin{pmatrix}
1&0&0\\
0&1&0\\
0&0&1
\end{pmatrix}
=
(\det A)I
$$
となります。
ここが、逆行列の公式を理解するうえで最も重要なところです。
余因子を並べて転置した \(\mathrm{adj}(A)\) を \(A\) に掛けると、対角成分だけに \(\det A\) が残り、結果として \((\det A)I\) になるのです。
では、ここからどうすれば \(A^{-1}\) が得られるのでしょうか。
次に、この式から逆行列の公式を作ってみます。
7.だから、\(\det A\) で割れば逆行列になる
逆行列は、\(AA^{-1}=I\) となる行列でした。
一方、ここまでの計算から、
$$
A\mathrm{adj}(A)
=
(\det A)I
$$
となることが分かりました。
そこで、両辺を \(\det A\) で割ります。
$$
A
\left(
\frac{1}{\det A}\mathrm{adj}(A)
\right)
=
I
$$
となります。つまり、
$$
A^{-1}
=
\frac{1}{\det A}\mathrm{adj}(A)
$$
です。
これが、余因子を使った逆行列の公式です。
つまり、最初から「行列式で割る」と決められていたわけではありません。
余因子を使って作った行列を掛けると \((\det A)I\) になるので、最後に \(\det A\) で割って \(I\) にしているのです。
8.2次行列の逆行列も、この公式から出てくる
ここで、2次行列
$$
A=
\begin{pmatrix}
a_{11}&a_{12}\\
a_{21}&a_{22}
\end{pmatrix}
$$
について考えてみます。
行列式は、 \(\det A = a_{11}a_{22}-a_{12}a_{21}\) です。
それぞれの余因子は、
$$
C_{11}=a_{22},
\quad
C_{12}=-a_{21},
\quad
C_{21}=-a_{12},
\quad
C_{22}=a_{11}
$$
なので、余因子を並べると、
$$
C=
\begin{pmatrix}
a_{22}&-a_{21}\\
-a_{12}&a_{11}
\end{pmatrix}
$$
です。これを転置すると、
$$
\mathrm{adj}(A)
=
\begin{pmatrix}
a_{22}&-a_{12}\\
-a_{21}&a_{11}
\end{pmatrix}
$$
となります。したがって、
$$
A^{-1}
=
\frac{1}
{a_{11}a_{22}-a_{12}a_{21}}
\begin{pmatrix}
a_{22}&-a_{12}\\
-a_{21}&a_{11}
\end{pmatrix}
$$
です。
高校数学などで見る2次行列の逆行列の公式も、別に用意された公式ではありません。
余因子を使った一般的な逆行列の公式を、2次行列に適用したものと見ることができます。
9.なぜ \(\det A=0\) では逆行列を作れないのか?
逆行列の公式は、
$$
A^{-1}
=
\frac{1}{\det A}\mathrm{adj}(A)
$$
でした。
ここで、\(\det A=0\) だったらどうなるでしょうか。
この場合、
$$
\frac{1}{\det A}
=
\frac10
$$
となってしまうため、この公式を使うことはできません。
しかし、これは単に「公式の分母が \(0\) になるから困る」というだけの話ではありません。
もし \(A\) に逆行列 \(A^{-1}\) が存在すると仮定すると、\(AA^{-1}=I\) です。
両辺の行列式を取ると、
$$
\det(AA^{-1})
=
\det I
$$
となります。行列式の積の性質から、
$$
(\det A)(\det A^{-1})=1
$$
です。
したがって、\(\det A\) は \(0\) ではありえません。
つまり、
$$
\det A\neq0
$$
であることが、逆行列が存在するための条件になります。
逆に、\(\det A\neq0\) なら、先ほどの公式によって逆行列を作ることができます。
したがって、
\(A\) が逆行列を持つ \(\iff \det A\neq0\)
となります。
10.3次行列の逆行列を実際に求めてみる
では、具体的な3次行列について逆行列を求めてみましょう。
たとえば、
$$
A=
\begin{pmatrix}
1&2&0\\
0&1&1\\
1&0&1
\end{pmatrix}
$$
を考えます。
逆行列を求める流れは、
- \(\det A\) を求める
- 各成分の余因子 \(C_{ij}\) を求める
- 余因子を並べる
- それを転置して \(\mathrm{adj}(A)\) を作る
- \(\frac{1}{\det A}\) を掛ける
となります。
まず、
$$
\det A
=
\begin{vmatrix}
1&2&0\\
0&1&1\\
1&0&1
\end{vmatrix}
$$
です。第1行について余因子展開すると、
$$
\det A
=
1
\begin{vmatrix}
1&1\\
0&1
\end{vmatrix}
–
2
\begin{vmatrix}
0&1\\
1&1
\end{vmatrix}
$$
なので、
$$
\det A
=
1-2(-1)
=
3
$$
となります。
したがって、この行列には逆行列が存在します。
各成分の余因子を計算すると、
$$
C=
\begin{pmatrix}
1&1&-1\\
-2&1&2\\
2&-1&1
\end{pmatrix}
$$
となります。これを転置すると、
$$
\mathrm{adj}(A)
=
\begin{pmatrix}
1&-2&2\\
1&1&-1\\
-1&2&1
\end{pmatrix}
$$
です。したがって、
$$
A^{-1}
=
\frac13
\begin{pmatrix}
1&-2&2\\
1&1&-1\\
-1&2&1
\end{pmatrix}
$$
となります。最後に実際に掛けてみると、
$$
AA^{-1}=I
$$
となり、確かに逆行列になっていることが確認できます。
11.逆行列の公式で余因子展開が重要になる理由
ここまで見ると、なぜ逆行列の公式に余因子が登場するのかが見えてきます。
重要なのは、
$$
A\mathrm{adj}(A)
=
(\det A)I
$$
という関係でした。
この関係が成り立つ理由には、これまで学んできた2つの性質が使われています。
まず、対角成分では余因子展開によって、
$$
a_{i1}C_{i1}
+a_{i2}C_{i2}
+\cdots
+a_{in}C_{in}
=
\det A
$$
となります。
一方、異なる行と余因子を組み合わせると、同じ行を2つ持つ行列の行列式と考えることができるため、\(0\) になります。
その結果、
$$
A\mathrm{adj}(A)
=
(\det A)I
$$
という非常にきれいな形が現れます。
つまり逆行列の公式は、突然登場する新しい公式ではありません。
「余因子展開」と「行列式の性質」を組み合わせた結果として現れる公式なのです。
まとめ
今回は、余因子を使って逆行列の公式がどのように導かれるのかを見てきました。
逆行列 \(A^{-1}\) は、
$$
AA^{-1}=A^{-1}A=I
$$
を満たす行列です。
そして、余因子から作った随伴行列 \(\mathrm{adj}(A)\) には、
$$
A\mathrm{adj}(A)
=
(\det A)I
$$
という重要な性質があります。
対角成分には、余因子展開によって \(\det A\) が現れます。
一方、対角成分以外では、同じ行を2つ持つ行列の行列式になるため、\(0\) が現れます。
だから、
$$
A\mathrm{adj}(A)
=
(\det A)I
$$
となり、\(\det A\neq0\) なら両辺を \(\det A\) で割ることで、
$$
A^{-1}
=
\frac{1}{\det A}\mathrm{adj}(A)
$$
が得られます。
つまり、余因子を使うと逆行列が求まるのは、余因子を適切に並べた行列を掛けると、行列式の性質によって \((\det A)I\) が現れるからです。
そして、この式から、「\(A\) が逆行列を持つ \(\iff \det A\neq0\)」という関係も見えてきます。
逆行列の公式だけを見ると、余因子を計算して、転置して、さらに行列式で割るという少し複雑な手順に見えます。
しかし、その裏側には、これまで見てきた行列式と余因子展開の性質がそのまま使われています。
そう考えると、逆行列は新しく登場した独立した話ではなく、これまで学んできた行列式の話の延長として理解することができます。
そう感じた人には、行列や行列式、逆行列を基礎から解説してくれる本もおすすめです。




コメント