はじめに
前回の記事では、行列式が図形とどのようにつながっているのかを見てきました。

2次の行列式では、絶対値が平行四辺形の面積を表します。また、3次の行列式では、絶対値が平行六面体の体積を表します。
つまり、行列式は単なる「数字の計算」ではなく、ベクトルが作る図形の大きさや向きを表していると考えることができます。
この見方をすると、行列式にはいくつかの重要な性質があることも見えてきます。
この記事では、行列式の代表的な7つの性質を、単なる計算ルールとして覚えるのではなく、「なぜ、そのような性質が成り立つのか?」を、3次の行列式と図形の関係から考えていきます。
1.行列を転置しても、行列式は変わらない
まず、行列式には次の性質があります。
$$
\det A^T=\det A
$$
つまり、行列を転置しても行列式は変わりません。
たとえば、
$$
A=
\begin{pmatrix}
a_{1}&a_{2}&a_{3}\\
b_{1}&b_{2}&b_{3}\\
c_{1}&c_{2}&c_{3}
\end{pmatrix}
$$
なら、
$$
A^T=
\begin{pmatrix}
a_{1}&b_{1}&c_{1}\\
a_{2}&b_{2}&c_{2}\\
a_{3}&b_{3}&c_{3}
\end{pmatrix}
$$
となります。
ここで、3次の行列式を6つの積から作る方法を思い出してみましょう。
$$
\det A
=
a_{1}b_{2}c_{3}
+a_{2}b_{3}c_{1}
+a_{3}b_{1}c_{2}
-a_{3}b_{2}c_{1}
-a_{2}b_{1}c_{3}
-a_{1}b_{3}c_{2}
$$
転置した行列でも、
$$
\det A^T
=
a_{1}b_{2}c_{3}
+a_{3}b_{1}c_{2}
+a_{2}b_{3}c_{1}
-a_{3}b_{2}c_{1}
-a_{2}b_{1}c_{3}
-a_{1}b_{3}c_{2}
$$
となります。
積の並び方は少し変わっていますが、登場する6つの積は同じです。そのため、行列式の値も変わりません。
行列を転置しても、行列式は変わりません。これは、「行を使って考える場合」と「列を使って考える場合」で、行列式の値が変わらないことを意味しています。
この性質があるため、これから説明する「行」に対する性質は、「列」に対しても同じように考えることができます。
2.2つの行を入れ替えると、行列式は \(-1\) 倍になる
次の性質は、
$$
\det A\longrightarrow-\det A
$$
というものです。つまり、2つの行を入れ替えると、行列式の符号が反対になります。
たとえば、
$$
A=
\begin{pmatrix}
1&0&0\\
0&2&0\\
0&0&3
\end{pmatrix}
$$
では、\(\det A=6\) です。
ここで1行目と2行目を入れ替えると、
$$
A’=
\begin{pmatrix}
0&2&0\\
1&0&0\\
0&0&3
\end{pmatrix}
$$
となり、\(\det A’=-6\) となります。
では、なぜ符号が反対になるのでしょうか。
2.1.「向き」が反対になる
2次元で考えてみましょう。
2本のベクトル \(\vec{u},\ \vec{v}\) があるとき、行列式は平行四辺形の面積だけでなく、ベクトルの並び順による「向き」も考慮しています。

\(\vec{u}\) から \(\vec{v}\) へ進む場合と、\(\vec{v}\) から \(\vec{u}\) へ進む場合では、回転する方向が逆になります。
そのため、
$$
\det(\vec{u},\ \vec{v})
=
-\det(\vec{v},\ \vec{u})
$$
となります。
ここでいう「向き」とは、平行四辺形の面積そのものではありません。同じ大きさの平行四辺形でも、ベクトルを並べる順番によって、行列式の符号が変わるという意味です。
3次元でも同じように、3本のベクトルの並び順によって「向き」が決まります。
2つの行を入れ替えると、ベクトルの並び順による「向き」が反転します。そのため、図形の大きさは同じでも、行列式の符号は反対になります。
3.同じ2つの行があると、行列式は \(0\) になる
次の性質は、同じ2つの行があると、行列式は \(0\) になるというものです。
たとえば、
$$
A=
\begin{pmatrix}
1&2&3\\
1&2&3\\
4&5&6
\end{pmatrix}
$$
を考えます。1行目と2行目は同じです。
ここで、この2行を入れ替えても、行列そのものは変わりません。一方、前の性質から、2つの行を入れ替えると行列式は \(-1\) 倍になります。
したがって、
$$
\det A=-\det A
$$
です。両辺に \(\det A\) を足すと \(2\det A=0\) なので、
$$
\det A=0
$$
となります。
3.1.図形として考えるとどうなるか
3次元では、3本のベクトルが平行六面体を作ります。
ところが、2本のベクトルが同じなら、独立した2方向を作ることができません。そのため、立体としての体積がつぶれて、体積 \(=0\) になります。
同じ行がある
↓
独立した方向を作れない
↓
図形がつぶれて体積が \(0\)
↓
\(\det A=0\)
この性質は、あとで6番目の性質を導くときにも重要になります。
4.1つの行を \(k\) 倍すると、行列式も \(k\) 倍になる
次は、1つの行を何倍かしたときの性質です。
1つの行を \(k\) 倍すると、
$$
\det(k\vec{u},\ \vec{v},\ \vec{w})
=
k\det(\vec{u},\ \vec{v},\ \vec{w})
$$
となります。
たとえば、
$$
A=
\begin{pmatrix}
1&0&0\\
0&2&0\\
0&0&3
\end{pmatrix}
$$
では、\(\det A=6\) です。
1行目を2倍すると、
$$
A’=
\begin{pmatrix}
2&0&0\\
0&2&0\\
0&0&3
\end{pmatrix}
$$
となり、\(\det A’=12\) です。
これは図形で考えると、とても自然です。
3本のベクトルで作った平行六面体について、そのうち1本の長さだけを2倍すると、体積も2倍になります。同じように、そのベクトルを \(k\) 倍すれば、体積も \(k\) 倍になります。
1つの行を \(k\) 倍することは、図形の1方向の長さを \(k\) 倍することに対応します。そのため、面積や体積を表す行列式も \(k\) 倍になります。
5.1つの行を足し合わせると、行列式も足し算できる
ここからの性質は、行列式の計算を理解するうえで特に重要です。
行列式には、
$$
\det(\vec{u}+\vec{v},\ \vec{p},\ \vec{q})
=
\det(\vec{u},\ \vec{p},\ \vec{q})
+
\det(\vec{v},\ \vec{p},\ \vec{q})
$$
という性質があります。
少し難しく見えますが、2次元で考えるとイメージしやすくなります。
2本のベクトル \(\vec{u},\ \vec{v}\) と、共通のベクトル \(\vec{p}\) を考えます。

図のように、\(\vec{u}+\vec{v}\) は \(\vec{u}\) と \(\vec{v}\) をつないだベクトルとして考えることができます。
そのため、\(\vec{p}\) を共通の方向として見ると、\(\vec{u}+\vec{v}\) が作る面積は、\(\vec{u}\) が作る部分と \(\vec{v}\) が作る部分の合計として考えることができます。
行列式には加法性があります。1つのベクトルが \(\vec{u}+\vec{v}\) なら、その行列式も「\(\vec{u}\) の寄与」と「\(\vec{v}\) の寄与」に分けて足し合わせることができます。
この性質は、次の「行基本変形」の理解につながります。
6.ある行に、別の行の \(k\) 倍を加えても行列式は変わらない
いよいよ、行列の計算でよく使う性質です。
ある行に、別の行の \(k\) 倍を加えても、行列式は変わりません。
たとえば、
$$
R_2\rightarrow R_2+kR_1
$$
という操作を考えます。
これをベクトルで書けば、
$$
\det(\vec{u},\ \vec{v}+k\vec{u},\ \vec{w})
$$
です。
ここで、5番目の「加法性」を使うと、
$$
\begin{aligned}
\det(\vec{u},\ \vec{v}+k\vec{u},\ \vec{w})
&=
\det(\vec{u},\ \vec{v},\ \vec{w})
+
k\det(\vec{u},\ \vec{u},\ \vec{w})
\end{aligned}
$$
となります。
ところが、3番目の性質から、同じベクトルが2つある行列式は、
$$
\det(\vec{u},\ \vec{u},\ \vec{w})=0
$$
です。
したがって、
$$
\det(\vec{u},\ \vec{v}+k\vec{u},\ \vec{w})
=
\det(\vec{u},\ \vec{v},\ \vec{w})
$$
となります。
⑤ 加法性
↓
\(\det(\vec{u},\ \vec{v}+k\vec{u},\ \vec{w})\) を2つに分ける
↓
③ 同じベクトルが2つある行列式は \(0\)
↓
⑥ 別の行の \(k\) 倍を加えても行列式は変わらない
ここは、7つの性質を理解するうえで特に重要なポイントです。
6番目の性質は、それだけを独立したルールとして覚える必要はありません。⑤の加法性と③の「同じ行があると \(0\)」という性質を組み合わせることで導くことができます。
7.第1行の1つの成分以外が \(0\) なら、行列式を小さくできる
最後は、次のような行列を考えます。
$$
A=
\begin{pmatrix}
a_{1}&0&0\\
b_{1}&b_{2}&b_{3}\\
c_{1}&c_{2}&c_{3}
\end{pmatrix}
$$
第1行には、\(a_{1}\) 以外の成分がありません。
このとき、
$$
\det A
=
a_{1}
\begin{vmatrix}
b_{2}&b_{3}\\
c_{2}&c_{3}
\end{vmatrix}
$$
と、3次の行列式を2次の行列式に小さくすることができます。
では、なぜこのような式になるのでしょうか。
7.1.3次元の図形として考える
この行列を列ベクトルで見ると、
$$
\vec{u}
=
\begin{pmatrix}
a_{1}\\
b_{1}\\
c_{1}
\end{pmatrix},
\quad
\vec{v}
=
\begin{pmatrix}
0\\
b_{2}\\
c_{2}
\end{pmatrix},
\quad
\vec{w}
=
\begin{pmatrix}
0\\
b_{3}\\
c_{3}
\end{pmatrix}
$$
となります。
ここで、\(\vec{v}\) と \(\vec{w}\) の第1成分はどちらも \(0\) です。つまり、\(\vec{v}\) と \(\vec{w}\) は \(x=0\) という \(yz\) 平面の上にあります。
この2本のベクトルが作る平行四辺形を、平行六面体の底面と考えることができます。

一方、\(\vec{u}\) の \(x\) 成分は \(a_1\) です。
\(yz\) 平面は \(x=0\) なので、\(\vec{u}\) の先端は \(yz\) 平面から \(a_1\) だけ離れています。そのため、\(a_1\) が平行六面体の高さになります。
そして、底面積にあたるのが、
$$
\begin{vmatrix}
b_{2}&b_{3}\\
c_{2}&c_{3}
\end{vmatrix}
$$
です。
したがって、
$$
\det A
=
a_{1}
\begin{vmatrix}
b_{2}&b_{3}\\
c_{2}&c_{3}
\end{vmatrix}
$$
となります。
3次の行列式の中に、突然2次の行列式が現れたわけではありません。3次元の体積を「高さ \(\times\) 底面積」として見ると、高さが \(a_1\)、底面積が2次の行列式になるため、自然にこの形が現れます。
この「大きな行列式を、より小さな行列式に分解する」という考え方が、次回扱う余因子展開につながります。
8.7つの性質をまとめる
ここまでの7つの性質をまとめると、次のようになります。
| 性質 | 計算上のルール | 図形としての意味 |
|---|---|---|
| ① | 転置しても変わらない | 行と列を入れ替えても、行列式の値は変わらない |
| ② | 2つの行を入れ替えると \(-1\) 倍 | ベクトルの並び順が変わり、向きが反転する |
| ③ | 同じ行が2つあると \(0\) | 図形がつぶれて体積が \(0\) になる |
| ④ | 1つの行を \(k\) 倍すると \(k\) 倍 | 1方向の長さが \(k\) 倍になり、体積も \(k\) 倍になる |
| ⑤ | ベクトルを足すと行列式も足し算できる | 面積・体積への寄与を分けて考えられる |
| ⑥ | 別の行の倍を加えても変わらない | 追加される部分では同じベクトルが2つ現れるため、行列式が \(0\) になる |
| ⑦ | 特定の成分が \(0\) なら小さな行列式に分解できる | 3次元の体積を「高さ \(\times\) 底面積」として考えられる |
ここで大切なのは、7つをそれぞれ別々の公式として覚えることではありません。
たとえば、「③ 同じ行が2つあると \(0\)」と「⑤ 行列式は足し算できる」を組み合わせることで、「⑥ 別の行の倍を加えても変わらない」が導けます。
また、「⑦ 高さ \(\times\) 底面積」という見方をすると、3次の行列式の中に2次の行列式が現れる理由も理解できます。
さらに、「① 転置しても変わらない」ことから、行に対して成り立つ性質は、列に対しても同じように成り立つことが分かります。
7つの性質は、バラバラの暗記項目ではありません。図形としての面積・体積という意味や、性質同士のつながりを見ることで、「なぜそうなるのか」まで理解することができます。
9.「計算のルール」から「図形の変化」へ
行列式の性質を学ぶとき、
「行を入れ替えたら \(-1\) 倍」
「同じ行があれば \(0\)」
「行を \(k\) 倍したら行列式も \(k\) 倍」
というように、計算ルールとして覚えてしまいがちです。
しかし、行列式を図形として見ると、それぞれの性質には理由があります。
行を入れ替えることは、ベクトルの並び順を変えて「向き」を反転させること。同じ行が2つあることは、図形がつぶれて体積が \(0\) になることです。
そして、1つの行を \(k\) 倍することは、1方向の長さを \(k\) 倍することに対応します。
また、ある行に別の行の倍を加える操作は、行列式が持つ「足し算できる」という性質と、「同じ方向が2つあると \(0\) になる」という性質から理解できます。
行列式の性質は、単なる計算テクニックではありません。ベクトルが作る図形が、行列の操作によってどう変化するのかを、数式として表したものと考えることができます。
まとめ
今回は、行列式の7つの性質を、3次の行列式と図形の関係から見てきました。
7つの性質は、次の通りです。
- 行列を転置しても、行列式は変わらない
- 2つの行を入れ替えると、行列式は \(-1\) 倍になる
- 同じ2つの行があると、行列式は \(0\) になる
- 1つの行を \(k\) 倍すると、行列式も \(k\) 倍になる
- 1つの行を足し合わせると、行列式も足し算できる
- ある行に、別の行の \(k\) 倍を加えても行列式は変わらない
- 第1行の1つの成分以外が \(0\) なら、行列式を小さくできる
しかし、大切なのはこの7つをそのまま暗記することではありません。
行列式は面積・体積を表す
↓
行列を操作すると、ベクトルが作る図形も変化する
↓
その変化が、行列式の性質として現れる
さらに、性質同士にもつながりがあります。
⑤ 加法性 + ③ 同じ行があれば \(0\)
↓
⑥ 別の行の \(k\) 倍を加えても、行列式は変わらない
このように、ある性質を使って別の性質を導くことができると分かれば、7つのルールをバラバラに覚える必要はありません。
そして最後に見た、
$$
\det A
=
a_{1}
\begin{vmatrix}
b_{2}&b_{3}\\
c_{2}&c_{3}
\end{vmatrix}
$$
という式は、3次の行列式を2次の行列式へ分解する「余因子展開」へとつながっていきます。
次回は、この「なぜ3次の行列式を2次の行列式に分解できるのか」という考え方をさらに一般化して、余因子展開について見ていきます。


そう感じた人には、行列や行列式を基礎から解説してくれる本もおすすめです。



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