はじめに
前回の記事では、ベクトル空間とは「ベクトルを足したり定数倍したりしても、その中にとどまるようなベクトルの集まり」だと考えました。
そして、\(\mathbb{R}^2\) の中にある直線について、原点を通る直線はベクトル空間になりますが、原点を通らない直線はベクトル空間にならないことを見ました。
ここで、ひとつ疑問が出てきます。
「あるベクトル空間の一部分が、それ自体もベクトル空間になるのは、どんなときなのでしょうか?」
たとえば、\(\mathbb{R}^2\) は平面全体を表すベクトル空間です。その中には原点を通る直線も含まれており、その直線の中だけでベクトルを足したり定数倍したりしても、やはり同じ直線の中にとどまります。
このような「ベクトル空間の中にある、より小さなベクトル空間」を、部分空間といいます。
部分空間とは、あるベクトル空間の部分集合であり、それ自体もベクトル空間になっているものです。
今回は、どんな集合なら部分空間になるのかを、前回見た「原点を通る直線」から考えていきます。

1.\(\mathbb{R}^2\) の中にある直線を考える
まず、前回の記事で登場した図をもう一度思い出してみましょう。

\(\mathbb{R}^2\) の中で、あるベクトル \(\boldsymbol{a}\) を使って、
$$
W=\{t\boldsymbol{a}\mid t\in\mathbb{R}\}
$$
という集合を考えます。\(t\) を自由に変えると、\(t\boldsymbol{a}\) の先端は原点を通る1本の直線上を動くため、\(W\) は \(\mathbb{R}^2\) の中にある直線です。
ここで重要なのは、この直線が単に \(\mathbb{R}^2\) の一部分だということだけではありません。\(W\) の中から \(\boldsymbol{u}=s\boldsymbol{a}\)、\(\boldsymbol{v}=t\boldsymbol{a}\) という2つのベクトルを選んでみます。
この2つを足すと、
$$
\boldsymbol{u}+\boldsymbol{v}
=
s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{a}
=
(s+t)\boldsymbol{a}
$$
となります。\(s+t\) も実数なので、このベクトルもやはり \(W\) の中にあります。
さらに、\(\boldsymbol{u}=s\boldsymbol{a}\) を実数 \(c\) 倍すると、
$$
c\boldsymbol{u}
=
c(s\boldsymbol{a})
=
(cs)\boldsymbol{a}
$$
となり、これも \(W\) の中にあります。
原点を通る直線 \(W=\{t\boldsymbol{a}\}\) では、その中のベクトルを足しても、定数倍しても、直線の外へ出ません。
つまり、この直線は \(\mathbb{R}^2\) の一部分でありながら、それ自体でもベクトル空間になっています。このような集合が部分空間です。
2.部分集合なら何でも部分空間になるわけではない
ここで注意したいのは、ベクトル空間の一部分なら何でも部分空間になるわけではないことです。たとえば、\(\mathbb{R}^2\) の中にある、
$$
L=\{\boldsymbol{p}+t\boldsymbol{a}\mid t\in\mathbb{R}\}
$$
という直線を考えてみましょう。\(\boldsymbol{p}\) によって原点からずれていて、原点を通らない直線だとします。
この直線も、もちろん \(\mathbb{R}^2\) の一部分です。しかし、部分空間ではありません。なぜなら、ベクトル空間には必ず零ベクトルが含まれていなければならないからです。
原点を通らない直線には、
$$
\boldsymbol{0}
=
\begin{pmatrix}
0\\
0
\end{pmatrix}
$$
が含まれていません。したがって、この直線は \(\mathbb{R}^2\) の部分集合ではありますが、部分空間ではありません。
「もとのベクトル空間に含まれている」だけでは、部分空間とはいえません。その集合自身が、ベクトル空間としての性質を持っている必要があります。
3.では、部分空間になる条件は何か?
では、ベクトル空間 \(V\) の部分集合 \(W\) が、部分空間になるかどうかは、どのように判断すればよいのでしょうか。
前回の記事では、ベクトル空間にはいくつかの公理があることを見ました。しかし、\(W\) がすでにベクトル空間 \(V\) の中にあるなら、それらをすべて最初から確認する必要はありません。重要なのは、\(W\) の中で足し算と定数倍をしても、外へ出ないかということです。
具体的には、次の条件を確認します。
- \(\boldsymbol{u},\ \boldsymbol{v}\in W\) なら、\(\boldsymbol{u}+\boldsymbol{v}\in W\)
- \(\boldsymbol{u}\in W\)、\(c\in\mathbb{R}\) なら、\(c\boldsymbol{u}\in W\)
そして、\(W\) が空集合でないことも必要です。
ベクトル空間 \(V\) の空でない部分集合 \(W\) が、ベクトルの足し算と定数倍について閉じていれば、\(W\) は \(V\) の部分空間です。
この条件が成り立てば、たとえば \(\boldsymbol{u}\in W\) に対して \(0\boldsymbol{u}=\boldsymbol{0}\) なので、零ベクトルも自動的に \(W\) に含まれます。また、\((-1)\boldsymbol{u}=-\boldsymbol{u}\) なので、反対向きのベクトルも \(W\) に含まれます。
つまり、「足し算」と「定数倍」に対して閉じていることを確認すれば、部分空間に必要な重要な性質がそこから出てくるのです。
4.「線形結合しても外へ出ない」と考える
部分空間の条件は、これまで学んできた線形結合を使うと、さらにひとつにまとめることができます。\(\boldsymbol{u},\ \boldsymbol{v}\in W\) とし、\(s,\ t\) を実数とします。
定数倍について閉じていれば \(s\boldsymbol{u},\ t\boldsymbol{v}\in W\) です。そして、足し算について閉じていれば、
$$
s\boldsymbol{u}+t\boldsymbol{v}\in W
$$
となります。つまり、部分空間の中にあるベクトルをどのように線形結合しても、その結果は同じ部分空間の中にとどまります。
部分空間とは、「その中のベクトルを線形結合しても外へ出ない集合」と考えることができます。
ここで、これまで学んできた線形結合とベクトル空間がもう一度つながります。線形結合は単なる計算方法ではなく、その集合が部分空間として閉じているかどうかを見るための操作でもあるのです。

5.原点を通る平面も部分空間になる
今度は、\(\mathbb{R}^3\) の中にある平面を考えてみましょう。2本のベクトル \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) を使って、
$$
W
=
\{s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}\mid s,\ t\in\mathbb{R}\}
$$
という集合を考えます。\(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) が同じ直線上になければ、この集合は原点を通る平面になります。
\(W\) の中から2つのベクトル、
\[
\boldsymbol{u}
=
s_1\boldsymbol{a}+t_1\boldsymbol{b},
\quad
\boldsymbol{v}
=
s_2\boldsymbol{a}+t_2\boldsymbol{b}
\]
を取ります。これらを足すと、
$$
\boldsymbol{u}+\boldsymbol{v}
=
(s_1+s_2)\boldsymbol{a}
+
(t_1+t_2)\boldsymbol{b}
$$
となるため、やはり \(\boldsymbol{a},\ \boldsymbol{b}\) の線形結合です。
また、実数 \(c\) を使って \(\boldsymbol{u}\) を定数倍すると、
$$
c\boldsymbol{u}
=
(cs_1)\boldsymbol{a}
+
(ct_1)\boldsymbol{b}
$$
となり、これも同じ平面の中にあります。したがって、この原点を通る平面は \(\mathbb{R}^3\) の部分空間です。
一方で、原点からずれた平面は零ベクトルを含まないため、部分空間にはなりません。
6.「原点を通る」だけで十分なのか?
ここまでを見ると、「それなら、原点を通る集合なら部分空間なのでは?」と思うかもしれません。しかし、原点を通ることは必要ですが、それだけでは十分ではありません。
たとえば、\(\mathbb{R}^2\) の中で、
$$
W
=
\left\{
\begin{pmatrix}
x\\
y
\end{pmatrix}
\in\mathbb{R}^2
\;\middle|\;
x\geq0
\right\}
$$
という集合を考えてみましょう。これは平面の右半分で、原点も含んでいます。
しかし、
$$
\boldsymbol{u}
=
\begin{pmatrix}
1\\
0
\end{pmatrix}
$$
は \(W\) に含まれているのに、\(-1\) 倍した、
$$
-\boldsymbol{u}
=
\begin{pmatrix}
-1\\
0
\end{pmatrix}
$$
は \(W\) に含まれていません。つまり、この集合は定数倍について閉じていないため、原点を含んでいても部分空間にはなりません。
原点を通ることは部分空間になるための必要条件ですが、それだけでは不十分です。「足し算」と「定数倍をしても外へ出ない」ことが重要です。
7.線形結合で作った空間は、なぜ必ず部分空間になるのか
ここで、これまでの記事で何度も考えてきた「線形結合によって作られる空間」を、部分空間という視点から見直してみましょう。
ベクトル \(\boldsymbol{v}_1,\ldots,\boldsymbol{v}_n\) から作られるすべての線形結合、
$$
a_1\boldsymbol{v}_1+\cdots+a_n\boldsymbol{v}_n
$$
を集めた集合を \(\mathrm{span}\{\boldsymbol{v}_1,\ldots,\boldsymbol{v}_n\}\) と表します。
たとえば、\(\mathrm{span}\{\boldsymbol{a}\}\) なら、\(\boldsymbol{a}\) の定数倍をすべて集めたものなので、原点を通る直線になります。
また、\(\mathrm{span}\{\boldsymbol{a},\boldsymbol{b}\}\) なら、\(s\boldsymbol{a}+t\boldsymbol{b}\) という線形結合をすべて集めたものです。2本が線形独立なら、\(\mathbb{R}^3\) の中では原点を通る平面を作ります。
では、なぜ \(\mathrm{span}\) で作られた集合は部分空間になるのでしょうか。その理由は、\(\mathrm{span}\) の中にあるベクトルをさらに足したり定数倍したりしても、結局はもとのベクトルたちの線形結合になるからです。
ベクトルの線形結合をすべて集めて作った \(\mathrm{span}\) は、必ず部分空間になります。
これは、線形結合について学んだときに考えた「ベクトルから空間を作る」という話を、部分空間という言葉で捉え直したものです。
8.部分空間と基底はどうつながるのか
部分空間も、それ自体がベクトル空間です。したがって、部分空間にも基底を考えることができます。
たとえば、\(W=\mathrm{span}\{\boldsymbol{a}\}\) という原点を通る直線なら、\(\boldsymbol{a}\neq\boldsymbol{0}\) のとき \(\{\boldsymbol{a}\}\) が \(W\) の基底になります。一方、\(W=\mathrm{span}\{\boldsymbol{a},\boldsymbol{b}\}\) が平面を作っていて、\(\boldsymbol{a},\boldsymbol{b}\) が線形独立なら、この2本を \(W\) の基底として使うことができます。
つまり、\(\mathbb{R}^3\) という大きなベクトル空間の中には、原点だけからなる0次元の部分空間、原点を通る直線という1次元の部分空間、原点を通る平面という2次元の部分空間があります。そして、\(\mathbb{R}^3\) 全体は3次元のベクトル空間です。
この関係を図で整理すると、次のようになります。

図を見ると、0次元から3次元へ進むにつれて、空間を作るために必要な独立した方向が1本ずつ増えていることが分かります。原点だけなら方向は必要ありませんが、直線なら1本、平面なら2本、\(\mathbb{R}^3\) 全体なら3本の線形独立なベクトルが必要です。
部分空間は「小さなベクトル空間」なので、その部分空間自身にも基底や次元を考えることができます。
ここまで来ると、「ベクトル空間の中に、異なる次元の空間が含まれている」という構造が見えてきます。

9.部分空間を見ると「次元」が見えてくる
では、この0次元、1次元、2次元、3次元という違いは、何によって決まるのでしょうか。先ほどの図を見ると、その答えが見えてきます。
直線を作るには、基本的には1本の線形独立なベクトルがあれば十分です。一方、平面を作るには2本、\(\mathbb{R}^3\) 全体を作るには3本の線形独立なベクトルが必要です。
つまり、空間の次元は、その空間を作るために必要な独立した方向の数と考えることができます。この「独立した方向」を表すのが基底です。したがって、基底を構成するベクトルの本数が、その空間の次元になります。
次元とは、その空間を作るために必要な「独立した方向の数」です。言い換えると、基底を構成するベクトルの本数が次元になります。
この考え方については、次回の記事で詳しく見ていきます。
10.部分空間で本当に大切なのは「形」ではない
ここまで、直線や平面を例に部分空間を考えてきました。そのため、「部分空間とは原点を通る直線や平面のこと」と思ってしまうかもしれません。
しかし、本質は図形の形ではありません。重要なのは、その集合の中にあるベクトルを線形結合したとき、結果が同じ集合の中にとどまるかということです。
前回の記事では、多項式もベクトル空間として扱える場合があることを見ました。同じように、多項式からなるベクトル空間の中にも部分空間を考えることができます。
つまり、部分空間という考え方も、平面や3次元空間だけに限られたものではありません。
部分空間の本質は「小さな直線や平面」であることではなく、もとのベクトル空間の中で、線形結合に対して閉じた集合になっていることです。
まとめ
今回は、ベクトル空間の中にある部分空間について考えてきました。部分空間とは、あるベクトル空間 \(V\) の部分集合でありながら、それ自体もベクトル空間になっているものです。
たとえば、\(\mathbb{R}^2\) の中にある原点を通る直線や、\(\mathbb{R}^3\) の中にある原点を通る平面は、部分空間になることがあります。部分空間かどうかを見るときに重要なのは、その中のベクトルを足したり定数倍したりしても、集合の外へ出ないことです。
これは、線形結合を使えば、
$$
\boldsymbol{u},\ \boldsymbol{v}\in W
\quad\Longrightarrow\quad
s\boldsymbol{u}+t\boldsymbol{v}\in W
$$
とまとめて考えることができます。
部分空間とは、ベクトル空間の中にある「小さなベクトル空間」です。その本質は、その中のベクトルを線形結合しても外へ出ないことにあります。
そして、ベクトルの線形結合をすべて集めた \(\mathrm{span}\) は必ず部分空間になります。こうして見ると、線形結合 → \(\mathrm{span}\) → 部分空間 → 基底 → 次元というつながりが見えてきます。
次回は、この「空間の大きさ」を表す次元について、「自由に動ける方向の数」という視点から考えていきます。

次元とは何か?|自由に動ける方向の数で理解する(準備中)

そう感じた人には、線形代数を基礎から解説してくれる本もおすすめです。



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