はじめに
前回の記事では、行列式の7つの性質について、3次の行列式と図形の関係から見てきました。

その中で、最後に次のような形の行列を考えました。
$$
A=
\begin{pmatrix}
a_1&0&0\\
b_1&b_2&b_3\\
c_1&c_2&c_3
\end{pmatrix}
$$
このとき、行列式は、
$$
\det A
=
a_1
\begin{vmatrix}
b_2&b_3\\
c_2&c_3
\end{vmatrix}
$$
と、3次の行列式から2次の行列式へ小さくすることができました。では、もし第1行に \(0\) ではない成分が3つ並んでいたら、どうなるのでしょうか。
たとえば、
$$
A=
\begin{pmatrix}
a_1&a_2&a_3\\
b_1&b_2&b_3\\
c_1&c_2&c_3
\end{pmatrix}
$$
という一般的な3次の行列では、どのようにして3次の行列式を2次の行列式に分解できるのでしょうか。その答えが、余因子展開です。
余因子展開では、大きな行列式を、より小さな行列式に分解して考えます。この記事では、公式を覚えるだけでなく、「なぜ小さな行列式が現れるのか」「なぜ符号が \(+,-,+\) になるのか」まで順番に見ていきます。
1.余因子展開とは何をしているのか
まず、3次の行列式を考えます。
$$
A=
\begin{pmatrix}
a_1&a_2&a_3\\
b_1&b_2&b_3\\
c_1&c_2&c_3
\end{pmatrix}
$$
この行列式は、第1行を使って、
$$
\det A
=
a_1
\begin{vmatrix}
b_2&b_3\\
c_2&c_3
\end{vmatrix}
–
a_2
\begin{vmatrix}
b_1&b_3\\
c_1&c_3
\end{vmatrix}
+
a_3
\begin{vmatrix}
b_1&b_2\\
c_1&c_2
\end{vmatrix}
$$
と表すことができます。これが、第1行に沿った余因子展開です。
式だけを見ると、突然新しい計算方法が登場したように感じるかもしれません。特に気になるのは、「なぜ3次の行列式の中に2次の行列式が現れるのか?」ということでしょう。
さらに、「なぜ符号が \(+,-,+\) になるのか?」という疑問も残ります。そこで、まず「小さな行列式」が現れる意味から考えてみましょう。
2.「小さな行列式」はどこから出てくるのか
余因子展開には、
$$
\begin{vmatrix}
b_2&b_3\\
c_2&c_3
\end{vmatrix}
$$
のような2次の行列式が現れます。なぜ、3次の行列式を考えていたはずなのに、突然2次の行列式が現れるのでしょうか。
ここで、前回の記事で見た「高さ \(\times\) 底面積」という考え方を思い出してみましょう。3次元の平行六面体の体積は、「体積 \(=\) 高さ \(\times\) 底面積」と考えることができます。

ここで注目したいのが、底面は2次元の図形だということです。3次の行列式は3次元の体積と関係しています。その体積を「高さ \(\times\) 底面積」に分けて考えると、底面の面積と関係する2次の行列式が現れること自体は、それほど不思議ではありません。
3次の行列式
↓
3次元の体積
↓
高さ × 2次元の底面積
↓
底面積を表す2次の行列式が現れる
ただし、これは「3次の行列式の中に2次の行列式が現れる」ことを理解するための図形的なイメージです。一般的な3次の行列式が、本当に先ほどのような形に分解できることを確かめるには、実際の式を見てみる必要があります。
そこで、3次の行列式を作っている「6つの積」まで戻ってみましょう。
3.6つの積を整理すると「小さな行列式」が現れる
3次の行列式は、
$$
\det A
=
a_1b_2c_3+a_2b_3c_1+a_3b_1c_2
-a_3b_2c_1-a_2b_1c_3-a_1b_3c_2
$$
でした。一見すると、6つの積がバラバラに並んでいるように見えます。しかし、第1行の成分 \(a_1,a_2,a_3\) に注目して整理してみると、面白い形が見えてきます。
まず、\(a_1\) を含む項を集めます。
$$
a_1b_2c_3-a_1b_3c_2
$$
\(a_1\) でくくると、
$$
a_1(b_2c_3-b_3c_2)
$$
となります。ここで括弧の中を見ると、
$$
b_2c_3-b_3c_2
=
\begin{vmatrix}
b_2&b_3\\
c_2&c_3
\end{vmatrix}
$$
です。つまり、
$$
a_1
\begin{vmatrix}
b_2&b_3\\
c_2&c_3
\end{vmatrix}
$$
という形が現れました。
3次の行列式を第1行の成分ごとに整理しただけで、その中から2次の行列式が自然に現れました。小さな行列式は、余因子展開のために後から付け加えたものではありません。
では、\(a_2\) と \(a_3\) についても同じように見てみましょう。
4.なぜ符号が \(+\)、\(-\)、\(+\) になるのか
まず、\(a_2\) を含む項を集めます。
$$
a_2b_3c_1-a_2b_1c_3
$$
\(a_2\) でくくると、
$$
a_2(b_3c_1-b_1c_3)
$$
となります。ところが、
$$
b_3c_1-b_1c_3
=
-(b_1c_3-b_3c_1)
$$
なので、
$$
-a_2(b_1c_3-b_3c_1)
$$
と書き直すことができます。そして括弧の中は、
$$
b_1c_3-b_3c_1
=
\begin{vmatrix}
b_1&b_3\\
c_1&c_3
\end{vmatrix}
$$
です。したがって、
$$
-a_2
\begin{vmatrix}
b_1&b_3\\
c_1&c_3
\end{vmatrix}
$$
となります。ここでマイナスの符号が現れました。
同じように、\(a_3\) を含む項を集めると、
$$
a_3b_1c_2-a_3b_2c_1
$$
なので、
$$
a_3(b_1c_2-b_2c_1)
$$
となります。括弧の中は、
$$
\begin{vmatrix}
b_1&b_2\\
c_1&c_2
\end{vmatrix}
$$
なので、
$$
+a_3
\begin{vmatrix}
b_1&b_2\\
c_1&c_2
\end{vmatrix}
$$
となります。
3つを並べると、
$$
\det A
=
a_1
\begin{vmatrix}
b_2&b_3\\
c_2&c_3
\end{vmatrix}
–
a_2
\begin{vmatrix}
b_1&b_3\\
c_1&c_3
\end{vmatrix}
+
a_3
\begin{vmatrix}
b_1&b_2\\
c_1&c_2
\end{vmatrix}
$$
となります。これが、最初に見た余因子展開の式です。
\(+,-,+\) という符号を、後から決まりとして付けているわけではありません。もとの3次の行列式を成分ごとに整理すると、自然にこの符号が現れます。
この符号の規則を一般化したものが、
$$
(-1)^{i+j}
$$
です。ここで、\(i\) は行番号、\(j\) は列番号です。
たとえば第1行では、
$$
\begin{aligned}
(-1)^{1+1}&=+1\\
(-1)^{1+2}&=-1\\
(-1)^{1+3}&=+1
\end{aligned}
$$
となるため、符号は \(+,-,+\) となります。
3次の場合、行列全体の符号を並べると、
$$
\begin{pmatrix}
+&-&+\\
-&+&-\\
+&-&+
\end{pmatrix}
$$
という市松模様になります。
5.なぜ「行と列を取り除く」のか
ここまでの式をもう一度見てみましょう。\(a_1\) に対応していたのは、
$$
\begin{vmatrix}
b_2&b_3\\
c_2&c_3
\end{vmatrix}
$$
でした。もとの行列は、
$$
\begin{pmatrix}
a_1&a_2&a_3\\
b_1&b_2&b_3\\
c_1&c_2&c_3
\end{pmatrix}
$$
です。
\(a_1\) のある第1行と第1列を取り除いてみると、次のようになります。

図を見ると、第1行と第1列を取り除いたあとに、
$$
\begin{pmatrix}
b_2&b_3\\
c_2&c_3
\end{pmatrix}
$$
が残っていることが分かります。つまり、先ほど6つの積から自然に現れた2次の行列式は、「注目した成分のある行と列を取り除いて残った行列」の行列式だったわけです。
\(a_2\) でも確認してみましょう。\(a_2\) は第1行・第2列にあります。その第1行と第2列を取り除くと、
$$
\begin{pmatrix}
b_1&b_3\\
c_1&c_3
\end{pmatrix}
$$
が残ります。
\(a_3\) なら、第1行・第3列を取り除いて、
$$
\begin{pmatrix}
b_1&b_2\\
c_1&c_2
\end{pmatrix}
$$
が残ります。
1つの成分を選ぶ
↓
その成分のある行と列を取り除く
↓
残った行列の行列式を計算する
このルールも突然決められたものではなく、3次の行列式を成分ごとに整理した結果として現れます。
6.小行列式と余因子とは何か
ここで、用語を整理しておきましょう。成分 \(a_{ij}\) のある第 \(i\) 行と第 \(j\) 列を取り除き、残った行列から作った行列式を小行列式と呼びます。
これを \(M_{ij}\) と書くことにすると、\(M_{ij}=\) 第 \(i\) 行と第 \(j\) 列を取り除いてできる行列式、です。
そして、小行列式に先ほどの符号 \((-1)^{i+j}\) を付けたものを余因子と呼びます。余因子を \(C_{ij}\) と書けば、
$$
C_{ij}=(-1)^{i+j}M_{ij}
$$
です。
小行列式 \(M_{ij}\)
↓
符号 \((-1)^{i+j}\) を付ける
↓
余因子 \(C_{ij}\)
第1行について考えると、
$$
\begin{aligned}
C_{11}
&=
+
\begin{vmatrix}
b_2&b_3\\
c_2&c_3
\end{vmatrix}\\
C_{12}
&=
–
\begin{vmatrix}
b_1&b_3\\
c_1&c_3
\end{vmatrix}\\
C_{13}
&=
+
\begin{vmatrix}
b_1&b_2\\
c_1&c_2
\end{vmatrix}
\end{aligned}
$$
となります。したがって、余因子展開は、
$$
\det A
=
a_1C_{11}
+a_2C_{12}
+a_3C_{13}
$$
と、とてもコンパクトに書くことができます。
余因子展開では、「成分 \(a_{ij}\) × その成分に対応する余因子 \(C_{ij}\)」を足し合わせることで、もとの行列式を表すことができます。
7.余因子展開を実際に計算してみる
具体的な数値でも確認してみましょう。たとえば、
$$
A=
\begin{pmatrix}
1&2&3\\
0&4&5\\
1&0&6
\end{pmatrix}
$$
とします。
第1行に沿って余因子展開すると、
$$
\det A
=
1
\begin{vmatrix}
4&5\\
0&6
\end{vmatrix}
–
2
\begin{vmatrix}
0&5\\
1&6
\end{vmatrix}
+
3
\begin{vmatrix}
0&4\\
1&0
\end{vmatrix}
$$
となります。それぞれの2次の行列式を計算すると、
$$
\begin{aligned}
\begin{vmatrix}
4&5\\
0&6
\end{vmatrix}
&=
4\times6-5\times0
=
24\\
\begin{vmatrix}
0&5\\
1&6
\end{vmatrix}
&=
0\times6-5\times1
=
-5\\
\begin{vmatrix}
0&4\\
1&0
\end{vmatrix}
&=
0\times0-4\times1
=
-4
\end{aligned}
$$
です。したがって、
$$
\det A
=
1\times24
-2\times(-5)
+3\times(-4)
$$
なので、
$$
\det A
=
24+10-12
=
22
$$
となります。
余因子展開を使うと、3次の行列式を3つの2次の行列式に分解して計算できます。大きな行列式を、すでに計算方法を知っている小さな行列式へ落としていくのがポイントです。
8.どの行・どの列から展開してもよい
ここまでは、第1行に沿って余因子展開してきました。
しかし、余因子展開は第1行だけで行うものではありません。第2行や第3行から展開することもできますし、第1列、第2列、第3列から展開することもできます。
どの行・どの列に沿って展開しても、最終的な行列式の値は同じです。そのため、実際に計算するときには、\(0\) が多い行や列を選ぶと計算が楽になります。
たとえば、
$$
A=
\begin{pmatrix}
a_1&0&0\\
b_1&b_2&b_3\\
c_1&c_2&c_3
\end{pmatrix}
$$
なら、第1行に沿って展開すると、
$$
\det A
=
a_1
\begin{vmatrix}
b_2&b_3\\
c_2&c_3
\end{vmatrix}
–
0
\begin{vmatrix}
b_1&b_3\\
c_1&c_3
\end{vmatrix}
+
0
\begin{vmatrix}
b_1&b_2\\
c_1&c_2
\end{vmatrix}
$$
となります。後ろの2つは \(0\) なので、
$$
\det A
=
a_1
\begin{vmatrix}
b_2&b_3\\
c_2&c_3
\end{vmatrix}
$$
だけが残ります。これは、前回の記事の最後で見た式そのものです。
余因子展開はどの行・どの列から行っても構いません。実際の計算では、\(0\) が多い行や列を選ぶと、多くの項が消えるため計算を簡単にできます。
つまり、前回扱った特殊な形は、余因子展開によって他の項がすべて \(0\) になった場合だったわけです。
9.余因子展開は「大きな行列式を小さくする」方法
ここまでを整理してみましょう。余因子展開では、
- 1つの行または列を選ぶ
- それぞれの成分について、その成分のある行と列を取り除く
- 残った行列から小行列式を作る
- \((-1)^{i+j}\) の符号を付けて余因子を作る
- もとの成分と余因子を掛けて、すべて足し合わせる
という操作をしています。3次の行列式なら、2次の行列式へ分解できます。
では、4次ならどうでしょうか。4次の行列式も同じように余因子展開すれば、3次の行列式へ分解できます。そして、その3次の行列式をさらに余因子展開すれば、2次の行列式になります。
4次 → 3次 → 2次
余因子展開を繰り返すことで、大きな行列式を少しずつ小さな行列式へ分解していくことができます。
これが、余因子展開の大きな役割です。
10.ここまでの記事はすべてつながっている
ここまで行列式について、いくつかの記事に分けて見てきました。
最初の記事では、3次の行列式が、
$$
a_1b_2c_3+a_2b_3c_1+a_3b_1c_2
-a_3b_2c_1-a_2b_1c_3-a_1b_3c_2
$$
という6つの積から作られることを見ました。
次の記事では、行列式の絶対値が、2次では平行四辺形の面積、3次では平行六面体の体積を表すことを見ました。さらに前回は、行列式の7つの性質を、図形の変化と結びつけて考えました。
そして今回、その6つの積を第1行の成分ごとに整理してみると、
$$
\det A
=
a_1
\begin{vmatrix}
b_2&b_3\\
c_2&c_3
\end{vmatrix}
–
a_2
\begin{vmatrix}
b_1&b_3\\
c_1&c_3
\end{vmatrix}
+
a_3
\begin{vmatrix}
b_1&b_2\\
c_1&c_2
\end{vmatrix}
$$
という余因子展開が現れました。
余因子展開だけが、突然登場した新しい計算方法なのではありません。
行列式を作る6つの積を、1つの行の成分ごとに整理すると、その中から小さな行列式が自然に現れると考えることができます。
つまり、ここまで学んできた「行列式の作り方」「面積・体積としての意味」「行列式の性質」は、余因子展開ともつながっています。
まとめ
今回は、余因子展開について見てきました。3次の行列式には6つの積がありますが、それらを1つの行の成分ごとに整理すると、2次の行列式が現れます。
そして、成分 \(a_{ij}\) のある行と列を取り除いてできる行列式を小行列式と呼び、その小行列式に \((-1)^{i+j}\) という符号を付けたものを余因子と呼びます。つまり、
$$
C_{ij}=(-1)^{i+j}M_{ij}
$$
です。
第1行に沿った余因子展開なら、
$$
\det A
=
a_1
\begin{vmatrix}
b_2&b_3\\
c_2&c_3
\end{vmatrix}
–
a_2
\begin{vmatrix}
b_1&b_3\\
c_1&c_3
\end{vmatrix}
+
a_3
\begin{vmatrix}
b_1&b_2\\
c_1&c_2
\end{vmatrix}
$$
となります。ここで大切なのは、この式を単なる計算公式として覚えることではありません。
3次の行列式を作る6つの積
↓
1つの行の成分ごとに整理する
↓
2次の小行列式が現れる
↓
符号を付けて余因子を作る
↓
余因子展開になる
この流れを理解しておけば、「なぜ小さな行列式が出てくるのか」「なぜ \(+,-,+\) なのか」も見えてきます。そして余因子展開を使えば、「4次 → 3次 → 2次」というように、大きな行列式を少しずつ小さな行列式へ分解していくこともできます。
次回は、行列式を使って連立方程式を解くクラメルの公式について見ていきます。



そう感じた人には、行列や行列式を基礎から解説してくれる本もおすすめです。



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