はじめに
これまでの記事では、行列がベクトルを変換する線形写像を表すことや、行列の掛け算が線形写像の合成に対応することを学びました。
では、線形写像によって、ベクトルはどこへ移るのでしょうか。また、異なるベクトルが同じ場所に移ったり、零ベクトルに移ったりすることはあるのでしょうか。
このような線形写像の性質を理解するために重要なのが、像(image)と核(kernel)です。
像は、線形写像によって到達できるベクトル全体の集合です。一方、核は、線形写像によって零ベクトルに移るベクトル全体の集合です。
像は「線形写像によってどのようなベクトルを作れるのか」、核は「どのようなベクトルが零ベクトルに移るのか」を表します。この2つを調べることで、線形写像が空間をどのように変換しているのかを理解できます。
この記事では、像と核の意味を図で確認し、定義や求め方、線形部分空間になる理由を理解しましょう。
この記事でわかること
- 線形写像の像と核が何を表すのか
- 行列の列ベクトルから像を求める方法
- 連立一次方程式から核を求める方法
- 像と核が線形部分空間になる理由
- 像と核から線形写像の性質を読み取る方法
1.線形写像によって何が起こるのか?
まず、線形写像によってベクトルがどのように変化するのかを考えましょう。
1.1.平面上のベクトルが直線上に移る例
次の行列を考えます。
$$
A=
\begin{pmatrix}
1&1\\
1&1
\end{pmatrix}
$$
この行列による線形写像 \(T\) を、
$$
T(\boldsymbol{x})=A\boldsymbol{x}
$$
とします。
ここで、
$$
\boldsymbol{x}=
\begin{pmatrix}
x\\y
\end{pmatrix}
$$
とすると、
$$
\begin{aligned}{}
T(\boldsymbol{x})
&=
\begin{pmatrix}
1&1\\
1&1
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
x\\y
\end{pmatrix}\\
&=
\begin{pmatrix}
x+y\\x+y
\end{pmatrix}
\end{aligned}
$$
となります。
変換後のベクトルは、必ず2つの成分が等しくなります。
たとえば、
$$
T\left(
\begin{pmatrix}
1\\0
\end{pmatrix}
\right)
=
\begin{pmatrix}
1\\1
\end{pmatrix}
$$
であり、
$$
T\left(
\begin{pmatrix}
0\\1
\end{pmatrix}
\right)
=
\begin{pmatrix}
1\\1
\end{pmatrix}
$$
です。
異なる2つのベクトルが、同じベクトルに移っています。
さらに、
$$
T\left(
\begin{pmatrix}
1\\-1
\end{pmatrix}
\right)
=
\begin{pmatrix}
0\\0
\end{pmatrix}
$$
となり、零ベクトルに移るベクトルも存在します。
1.2.変換によって失われる情報
先ほどの変換では、変換後のベクトルは、
$$
\begin{pmatrix}
x+y\\x+y
\end{pmatrix}
$$
という形になります。
つまり、変換後のベクトルからわかるのは、元のベクトルの \(x+y\) という値だけです。そのため、元の \(x\) と \(y\) を、それぞれ一意に決めることはできません。
このように、線形写像によって異なるベクトルが同じベクトルに移ると、変換後の情報だけでは元のベクトルを区別できなくなります。
では、この線形写像が作り出せるベクトルは、どのような集合になるのでしょうか。また、どのようなベクトルが零ベクトルに移るのでしょうか。
これらを調べるのが、像と核です。
2.線形写像の像とは何か?
まず、線形写像によって到達できるベクトル全体を考えます。
2.1.像の定義
ベクトル空間 \(V,W\) の間の線形写像を、
$$
T:V\to W
$$
とします。
このとき、線形写像 \(T\) の像は、
$$
\operatorname{Im}(T)
=
\{T(\boldsymbol{x})\mid\boldsymbol{x}\in V\}
$$
で定義されます。
つまり、定義域 \(V\) に含まれるすべてのベクトルを変換したときに得られる、ベクトル全体の集合です。
ここで注意したいのは、像と終域 \(W\) は必ずしも一致しないことです。線形写像の出力はすべて \(W\) に含まれますが、\(W\) のすべてのベクトルに到達できるとは限りません。
2.2.像を具体的に求める
第1章で考えた行列をもう一度使いましょう。
$$
A=
\begin{pmatrix}
1&1\\
1&1
\end{pmatrix}
$$
任意のベクトル \(\boldsymbol{x}\) に対して、
$$
A\boldsymbol{x}
=
\begin{pmatrix}
x+y\\x+y
\end{pmatrix}
$$
でした。
ここで、\(t=x+y\) とおくと、
$$
A\boldsymbol{x}
=
\begin{pmatrix}
t\\t
\end{pmatrix}
=
t\begin{pmatrix}
1\\1
\end{pmatrix}
$$
と表せます。
また、\(x,y\) を自由に選べば、\(t\) は任意の実数を取ることができます。
したがって、像は、
$$
\operatorname{Im}(T)
=
\left\{
t\begin{pmatrix}
1\\1
\end{pmatrix}
\;\middle|\;
t\in\mathbb{R}
\right\}
$$
となります。
これは、原点を通り、方向ベクトルが、
$$
\begin{pmatrix}
1\\1
\end{pmatrix}
$$
である直線です。

図では、変換前の平面上にある複数のベクトルが、変換後には直線 \(y=x\) 上に移る様子を示します。
つまり、この線形写像では、2次元平面上のすべてのベクトルを入力できますが、出力として得られるベクトルは1本の直線上に限られます。
2.3.行列の列ベクトルから像を求める
像は、行列の列ベクトルから求めることもできます。
一般に、\(m\times n\) 行列 \(A\) の列ベクトルを、
$$
A=
\begin{pmatrix}
\boldsymbol{a}_1&
\boldsymbol{a}_2&
\cdots&
\boldsymbol{a}_n
\end{pmatrix}
$$
とします。
この行列に、
$$
\boldsymbol{x}=
\begin{pmatrix}
x_1\\x_2\\\vdots\\x_n
\end{pmatrix}
$$
を掛けると、
$$
A\boldsymbol{x}
=
x_1\boldsymbol{a}_1+
x_2\boldsymbol{a}_2+
\cdots+
x_n\boldsymbol{a}_n
$$
となります。
つまり、行列 \(A\) によって得られるベクトルは、すべて列ベクトルの線形結合です。逆に、列ベクトルの任意の線形結合は、適切な \(\boldsymbol{x}\) を選べば \(A\boldsymbol{x}\) として表せます。
したがって、
$$
\operatorname{Im}(T)
=
\operatorname{span}
\{\boldsymbol{a}_1,\ldots,\boldsymbol{a}_n\}
$$
となります。
ここで \(\operatorname{span}\) は、与えられたベクトルのすべての線形結合からなる集合を表します。
つまり、行列による線形写像の像は、その行列の列ベクトルが張る空間なのです。
行列の像を求めるには、列ベクトルがどのような空間を張るのかを調べます。これは、以前学んだ「行列とベクトルの積を列ベクトルの線形結合として考える」という性質から導かれます。
この性質については、以前の記事で詳しく説明しています。

3.線形写像の核とは何か?
次に、線形写像によって零ベクトルに移るベクトルを考えます。
3.1.核の定義
線形写像、
$$
T:V\to W
$$
に対して、核は、
$$
\operatorname{Ker}(T)
=
\{\boldsymbol{x}\in V\mid T(\boldsymbol{x})=\boldsymbol{0}\}
$$
で定義されます。
つまり、線形写像によって零ベクトルに移る、定義域 \(V\) のベクトル全体の集合です。
線形写像では必ず、
$$
T(\boldsymbol{0})=\boldsymbol{0}
$$
が成り立つため、零ベクトルは必ず核に含まれます。ただし、核に零ベクトル以外のベクトルが含まれるかどうかは、線形写像によって異なります。
3.2.核を具体的に求める
第1章と同じ行列を考えます。
$$
A=
\begin{pmatrix}
1&1\\
1&1
\end{pmatrix}
$$
核を求めるには、
$$
A\boldsymbol{x}=\boldsymbol{0}
$$
を満たすベクトルをすべて求めればよいことになります。
具体的には、
$$
\begin{pmatrix}
1&1\\
1&1
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
x\\y
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
0\\0
\end{pmatrix}
$$
です。
これを連立一次方程式として表すと、
$$
\begin{cases}
x+y=0\\
x+y=0
\end{cases}
$$
となります。
2つの式は同じなので、条件は、
$$
x+y=0
$$
だけです。
したがって、
$$
y=-x
$$
となり、\(t=x\) とおけば、
$$
\boldsymbol{x}
=
\begin{pmatrix}
t\\-t
\end{pmatrix}
=
t\begin{pmatrix}
1\\-1
\end{pmatrix}
$$
と表せます。
よって、核は、
$$
\operatorname{Ker}(T)
=
\left\{
t\begin{pmatrix}
1\\-1
\end{pmatrix}
\;\middle|\;
t\in\mathbb{R}
\right\}
$$
です。
これは、原点を通る直線 \(y=-x\) を表しています。

図では、直線 \(y=-x\) 上にある複数のベクトルが、すべて零ベクトルに移る様子を示しています。
このように、核は零ベクトルに移るベクトルの集合であり、必ずしも零ベクトルだけからなるわけではありません。
3.3.核が零ベクトルだけの場合
では、核が零ベクトルだけになることはあるのでしょうか。
たとえば、単位行列 \(I\) による線形写像を考えます。
$$
T(\boldsymbol{x})=I\boldsymbol{x}=\boldsymbol{x}
$$
このとき、
$$
I\boldsymbol{x}=\boldsymbol{0}
$$
を満たすのは、
$$
\boldsymbol{x}=\boldsymbol{0}
$$
だけです。
したがって、
$$
\operatorname{Ker}(T)=\{\boldsymbol{0}\}
$$
となります。
これは、零ベクトル以外のベクトルが零ベクトルに移ることはない、という意味です。
さらに、線形写像 \(T\) では、
$$
T(\boldsymbol{u})=T(\boldsymbol{v})
$$
が成り立つことと、
$$
T(\boldsymbol{u}-\boldsymbol{v})=\boldsymbol{0}
$$
が成り立つことは同値です。
したがって、核が零ベクトルだけであれば、
$$
T(\boldsymbol{u})=T(\boldsymbol{v})
\quad\Longrightarrow\quad
\boldsymbol{u}=\boldsymbol{v}
$$
となります。
つまり、核が零ベクトルだけであることは、異なる入力が同じ出力に移らないことを意味します。
この性質を持つ写像を、単射と呼びます。
4.像と核を具体例で比較する
ここまで、像と核を別々に考えてきました。ここでは、同じ線形写像に対して両者を比較してみましょう。
4.1.像と核は異なる役割を持つ
もう一度、
$$
A=
\begin{pmatrix}
1&1\\
1&1
\end{pmatrix}
$$
を考えます。
この行列による線形写像の像は、
$$
\operatorname{Im}(T)
=
\operatorname{span}
\left\{
\begin{pmatrix}
1\\1
\end{pmatrix}
\right\}
$$
でした。
一方、核は、
$$
\operatorname{Ker}(T)
=
\operatorname{span}
\left\{
\begin{pmatrix}
1\\-1
\end{pmatrix}
\right\}
$$
です。
今回の例では、像と核はどちらも原点を通る直線ですが、表しているものが異なります。
像は、線形写像によって作り出せるベクトルの集合であり、終域に含まれます。一方、核は、零ベクトルに移る入力ベクトルの集合であり、定義域に含まれます。

図では、核を定義域 \(V\) の中に緑で、像を終域 \(W\) の中に青で示しています。今回の例では、定義域と終域がどちらも \(\mathbb{R}^2\) ですが、像と核は異なる役割を持っています。
一般の線形写像 \(T:V\to W\) では、像は終域 \(W\) の部分集合、核は定義域 \(V\) の部分集合です。必ずしも同じ空間に含まれるわけではありません。
4.2.像と核は線形部分空間になる
像と核には、もう1つ重要な性質があります。それは、どちらも線形部分空間になることです。
まず、像について考えましょう。
像に含まれる任意のベクトル \(\boldsymbol{u},\boldsymbol{v}\) は、ある \(\boldsymbol{x},\boldsymbol{y}\in V\) を使って、
$$
\boldsymbol{u}=T(\boldsymbol{x}),
\quad
\boldsymbol{v}=T(\boldsymbol{y})
$$
と表せます。
このとき、線形性から、
$$
\begin{aligned}{}
\boldsymbol{u}+\boldsymbol{v}
&=T(\boldsymbol{x})+T(\boldsymbol{y})\\
&=T(\boldsymbol{x}+\boldsymbol{y})
\end{aligned}
$$
となります。
したがって、像に含まれる2つのベクトルの和も、像に含まれます。
また、任意のスカラー \(c\) に対して、
$$
c\boldsymbol{u}
=cT(\boldsymbol{x})
=T(c\boldsymbol{x})
$$
なので、スカラー倍も像に含まれます。さらに \(T(\boldsymbol{0})=\boldsymbol{0}\) なので、像は零ベクトルを含みます。
よって、像は終域 \(W\) の線形部分空間です。
次に、核について考えます。
核に含まれる任意のベクトル \(\boldsymbol{u},\boldsymbol{v}\) は、
$$
T(\boldsymbol{u})=\boldsymbol{0},
\quad
T(\boldsymbol{v})=\boldsymbol{0}
$$
を満たします。
このとき、
$$
\begin{aligned}{}
T(\boldsymbol{u}+\boldsymbol{v})
&=T(\boldsymbol{u})+T(\boldsymbol{v})\\
&=\boldsymbol{0}
\end{aligned}
$$
となるため、\(\boldsymbol{u}+\boldsymbol{v}\) も核に含まれます。
また、
$$
T(c\boldsymbol{u})
=cT(\boldsymbol{u})
=\boldsymbol{0}
$$
なので、スカラー倍も核に含まれます。核も零ベクトルを含むため、定義域 \(V\) の線形部分空間です。
つまり、像と核は、単なるベクトルの集まりではありません。どちらも線形結合に対して閉じた、線形部分空間なのです。
5.像と核から何がわかるのか?
最後に、像と核が線形写像の性質をどのように表しているのかを整理しましょう。
5.1.像は到達できる空間を表す
像を調べると、線形写像によってどのようなベクトルを作れるのかがわかります。
たとえば、今回の行列では、
$$
\operatorname{Im}(T)
=
\operatorname{span}
\left\{
\begin{pmatrix}
1\\1
\end{pmatrix}
\right\}
$$
でした。
これは、2次元平面のすべてのベクトルを入力できても、出力は1次元の直線上に限られることを意味します。
一方、像が終域全体と一致する場合には、終域のすべてのベクトルに到達できます。
この性質を持つ写像を、全射と呼びます。
5.2.核は区別できなくなる入力を表す
核を調べると、どのような入力の違いが変換後に失われるのかがわかります。
線形写像 \(T\) に対して、
$$
T(\boldsymbol{u})=T(\boldsymbol{v})
$$
であることは、
$$
T(\boldsymbol{u}-\boldsymbol{v})=\boldsymbol{0}
$$
と同値でした。
つまり、2つの入力の差 \(\boldsymbol{u}-\boldsymbol{v}\) が核に含まれていれば、その2つの入力は同じ出力になります。
この意味で、核は線形写像によって区別できなくなる入力の違いを表しています。
ただし、核のすべてのベクトルを単純に「失われた方向」と呼ぶのは直感的な説明です。数学的には、零ベクトルに移る入力ベクトル全体の集合として定義されます。
5.3.像と核の次元を考える
今回の例では、像も核も1本の直線でした。
したがって、
$$
\dim\operatorname{Im}(T)=1
$$
$$
\dim\operatorname{Ker}(T)=1
$$
となります。
ここで \(\dim\) は、ベクトル空間の次元を表します。
一方、元の定義域は2次元なので、
$$
\dim V=2
$$
です。
この例では、
$$
\dim\operatorname{Im}(T)
+
\dim\operatorname{Ker}(T)
=
\dim V
$$
という関係が成り立っています。
実は、この関係は今回の例だけでなく、有限次元ベクトル空間からの任意の線形写像について成り立ちます。
これを次元定理と呼びます。
ただし、なぜこの関係が成り立つのかを理解するには、像と核の次元についてもう少し詳しく考える必要があります。
次回は、まず像の次元を表す「ランク」について学びます。
まとめ
今回は、線形写像の像と核について、その意味と求め方を考えました。
重要なポイントを整理します。
- 像は、線形写像によって到達できるベクトル全体の集合である。
- 行列による線形写像の像は、行列の列ベクトルが張る空間になる。
- 核は、線形写像によって零ベクトルに移るベクトル全体の集合である。
- 核は、連立一次方程式 \(A\boldsymbol{x}=\boldsymbol{0}\) を解くことで求められる。
- 像は終域の、核は定義域の線形部分空間になる。
- 核が零ベクトルだけであることは、線形写像が単射であることと同値である。
- 像が終域全体と一致することは、線形写像が全射であることと同値である。
像と核の定義は、それぞれ次のように表せます。
$$
\operatorname{Im}(T)
=
\{T(\boldsymbol{x})\mid\boldsymbol{x}\in V\}
$$
$$
\operatorname{Ker}(T)
=
\{\boldsymbol{x}\in V\mid T(\boldsymbol{x})=\boldsymbol{0}\}
$$
像は線形写像によって作り出せる空間を、核は零ベクトルに移る入力の集合を表します。この2つを調べることで、線形写像がどのような情報を残し、どのような入力の違いを区別できなくするのかがわかります。
前回は、転置行列の定義と性質を学びました。今回は、線形写像そのものが持つ像と核という2つの重要な性質を理解しました。
次回は、像の次元を表す「ランク」について考えます。線形写像が作り出せる空間の次元を調べることで、行列が持つ情報をさらに詳しく理解していきましょう。
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Part 3.線形写像と行列をまとめて理解する
Part 3では、線形写像を行列で表す仕組みから、行列の演算、像・核・ランク・次元定理までを学びます。線形写像と行列の関係を整理したい人は、次のまとめ記事をご覧ください。

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特に、線形結合や基底から像と核を導き、ランクや次元定理につなげて説明している書籍を読むと、それぞれの概念がどのように関係しているのかを理解しやすくなります。



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