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窪美澄さんの『君の不在の夜を歩く』を読んだ。
高校時代の同級生である菜乃子の死をきっかけに、彼女と関わりのあった人たちの人生や、それぞれが抱える苦しみが描かれていく物語だ。
正直に言うと、最初は何を伝えたい小説なのか、よくわからなかった。好きでもない相手と関係を持ったり、好きな人のために大切なものを手放したりする。登場人物たちの行動には、理解できないところがいくつもあった。
しかし、読み進めるうちに、そんな矛盾こそが人間らしさなのかもしれないと思うようになった。
人は誰もが生きづらさを抱えている。何者かになりたいし、誰かに認められたい。けれど、その思いが強くなるほど、自分を苦しめてしまうこともある。
それでも、すべてに真面目に向き合う必要はない。矛盾や弱さを抱えたままでも、生きていていい。そして、思いどおりにならなかった人生の先に、新しい可能性が見えてくることもある。
読み終わったとき、そんなふうに思えて、少し救われた気持ちになった。
※以下、物語の結末に触れています。
1.何者かになりたいのに、他人の評価に振り回される
菜乃子は小説家になりたかった。しかし、思うような結果を出せずに苦しんでいた。
一方、高校時代の同級生である倫子は、菜乃子に小説を書くことを勧められ、新人賞に応募する。大賞には届かなかったものの、編集者から小説を書き続けてほしいと言われる。
そのことを菜乃子に伝えると、菜乃子は吸ったこともない煙草を吸い始める。体調を心配した倫子が額に触れようとすると、その手を汚いものでも振り払うかのように拒絶し、一人にしてほしいと言う。
この場面が印象に残った。菜乃子は小説を書きたかった。しかし、書くことそのものよりも、誰かに認められたいという気持ちが大きくなっていた。
そして、その気持ちはよくわかる。自分が好きで始めたことなのに、いつの間にか他人の評価が気になってしまう。誰かが結果を出すと、自分には才能がないのではないかと思う。
本当はやりたいことをやっているはずなのに、認められないと意味がないように感じてしまうことがある。
さらに、倫子もまた、菜乃子との関係によって小説を書けなくなってしまう。小説を書くことが、大切な人を傷つけてしまう。その思いが、倫子を小説を書くことから遠ざけた。
人は自分のやりたいことを、必ずしも自分の意思だけで選べるわけではない。他人との比較や、大切な人との関係によって、本当に欲しいものから離れてしまうこともある。
だからこそ、菜乃子と倫子の関係には、人間の弱さや矛盾が表れているように感じた。
2.良い自分しか見せられない苦しさ
もうひとつ印象に残ったのは、菜乃子が周囲の人たちに弱い自分を見せられなくなっていたことだ。
菜乃子の母親は小学校の教師で、いつも正しいことを言う人だった。菜乃子が反論しても、最後には自分が悪かったということになる。優しい言葉で詰め寄られ、母親の正しさを受け入れるしかなかった。
父親は仕事に忙しく、母親との関係で菜乃子を支えてくれる存在でもなかった。そんな環境で育った菜乃子は、次第に自分の良い部分しか見せられなくなっていった。
母親が望んでいたのは「ごく普通」の娘だった。だからこそ、弱さや欠点を隠し、周囲の期待に応えようとしてきたのではないだろうか。
私は、この苦しさがよくわかる。人に嫌われたくない。期待を裏切りたくない。できれば、良い人だと思われたい。
そう考えること自体は自然なことだと思う。しかし、良い自分しか見せられなくなると、少しずつ苦しくなっていく。
特に、家族や親しい人との関係ではそう感じる。本来なら、弱さや欠点も見せられるはずの相手に、良い姿しか見せられない。そうなると、相手との関係を守ろうとするほど、本当の自分を隠さなければならなくなる。
そして、自分を隠し続けることは、思っている以上にしんどい。
もちろん、誰にでも何でも話せばよいというわけではない。人には、見せたくない部分もある。それでも、失敗した自分や、うまくいかない自分を認められないままでは、いつまでも自分を責め続けてしまうのかもしれない。
3.矛盾だらけでも、生き続ければ見えてくるものがある
物語の終盤で、倫子が彩音に、人生で起こるすべてのことに真面目に向き合う必要はないと伝える場面がある。私は、この考え方に救われた。
人は誰もが、何かを手に入れたいと思って生きている。好きな人と結婚したい。小説家になりたい。誰かに認められたい。しかし、望んだものが必ず手に入るわけではない。
それでも、人生は続いていく。
沙耶は、かつて好きだった相手との結婚を望んでいた。しかし、その願いはかなわなかった。それでも別の人と結婚し、彩音という娘が生まれる。
倫子もまた、菜乃子との関係から小説を書けなくなった時期があった。しかし、再び書き始め、小説家としてデビューする。そして、倫子の書いた小説を読んだ彩音は、不登校だった学校に通うようになる。
かつて菜乃子との関係によって書けなくなった倫子の小説が、今度は別の誰かの人生を動かしている。このつながりが印象に残った。
小説を書くことは、誰かに認められるためだけのものではない。自分の書いたものが、思いがけず誰かの支えになることもある。
健太の人生もまた、思いどおりには進まなかった。
母親が宗教にのめり込んだことで苦しみ、母親のようには生きたくないと願っていた。それなのに、やがて自分も宗教に関わる側の人間になっていく。
かつて否定していた生き方を、自分自身が選ぶことになる。矛盾していると思う。けれど、人間とはそういうものなのかもしれない。
過去の自分が否定していたものを、いつか自分が必要とすることもある。人は変わるし、何を支えにして生きるかも変わっていく。
そして、達也のその後も心に残った。
達也は、苦しみを抱えた若い人を見かけると、自動販売機で温かいミルクティーを買って差し出すようになる。不審に思われることもあれば、突然泣き出す人もいる。それでも達也は、辛抱強く相手の話を聞き続ける。
誰かの人生を変えられるわけではないし、抱えている問題を解決できるとも限らない。それでも、目の前にいる人に寄り添おうとする。
そこには、何かを成し遂げようとする姿ではなく、ただ誰かのそばにいようとする姿がある。
そして、死後の世界で菜乃子は、達也のように、そこにいるだけで十分なのだと気づく。
私は、この結末がとても印象に残った。
菜乃子は小説家になりたかった。誰かに認められたかった。しかし、本当に書きたかったのは、苦しんでいる人の気持ちに寄り添うだけでなく、そんな人がもう一度生きてみようと思える文章だったのではないだろうか。
倫子の小説が彩音の背中を押したように、達也の行動が誰かの支えになるように。誰かに認められることよりも、誰かの力になれること。そこに、本当にやりたかったことが隠れているのかもしれない。
もちろん、何者かになりたい、誰かに認められたいという欲求は、そう簡単には消えない。人と比較して落ち込むこともあるし、思うような結果が出なければ、やる意味がないと感じることもある。
それでもいいのだと思う。人間は矛盾だらけなのだから。
すべての感情に答えを出す必要はないし、いつも正しい選択をする必要もない。苦しいときは立ち止まってもいいし、誰かに頼ってもいい。
そうして生きているうちに、以前は見えなかったものが見えてくることもある。本当にやりたいことは、最初からわかっているとは限らない。
何者かになれなくても、挑戦した経験が無意味になるわけではない。思いどおりにならない人生の先にも、新しい可能性はある。
それが、この小説を読んで私がたどり着いた答えだった。
まとめ|矛盾だらけの人生を、それでも生きていく
『君の不在の夜を歩く』を読み始めたとき、登場人物たちの行動は理解できないことばかりだった。
けれど、読み終えた今は、その矛盾や弱さも含めて、人間なのだと思えるようになった。
誰かに認められたい。何者かになりたい。そんな気持ちは、これからも消えないと思う。思いどおりにならないことに落ち込んだり、自分の弱さが嫌になったりすることもあるだろう。
それでも、人生にはまだ、自分の知らない可能性が残されているのかもしれない。
何者かになれなくても、そこにいるだけで十分なのだ。
この小説を読み終えて、少しだけ肩の力が抜けた気がした。



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