はじめに
行列式は、行列が面積や体積を何倍に変えるかを、向きの反転も含めて表す数でした。では、2つの行列を続けて掛けたとき、その行列式はどうなるのでしょうか。
実は、同じ大きさの正方行列 \(A,B\) について、\(\det(AB)=\det A\det B\) が成り立ちます。この記事では、まず具体例と幾何学的な意味を確かめ、最後に行基本変形を使って一般の場合に成り立つ理由を考えます。
この記事でわかること
- 行列式の積の公式が表す意味と成立条件
- 2次行列で公式を確かめる方法
- 面積・体積の符号付き拡大率から見た直感的な意味
- 行基本変形と基本行列から公式を導く理由
- 逆行列や連立方程式とのつながり
1.行列式の積の性質とは何か?
同じ大きさの正方行列 \(A,B\) に対して、次の公式が成り立ちます。
$$
\det(AB)=\det A\det B
$$
左辺は「行列を掛けてから行列式を求める」計算、右辺は「それぞれの行列式を求めてから数として掛ける」計算です。どちらの順番でも結果は一致します。
ここで重要なのは、行列の積と行列式では性質が異なることです。一般に \(AB\neq BA\) ですが、行列式については
$$
\det(AB)=\det A\det B=\det B\det A=\det(BA)
$$
となります。ただし、\(\det(AB)=\det(BA)\) だからといって、行列そのものが等しいわけではありません。
2.2次行列で確かめる
次の2つの行列を考えます。
$$
A=\begin{pmatrix}1&2\\3&4\end{pmatrix},\quad
B=\begin{pmatrix}2&1\\1&1\end{pmatrix}
$$
まず、それぞれの行列式を求めます。
$$
\det A=1\cdot4-2\cdot3=-2,
\quad
\det B=2\cdot1-1\cdot1=1
$$
したがって、行列式の積は \((-2)\cdot1=-2\) です。
一方、行列の積を先に計算すると、
$$
AB=\begin{pmatrix}1&2\\3&4\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}2&1\\1&1\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}4&3\\10&7\end{pmatrix}
$$
なので、
$$
\det(AB)=4\cdot7-3\cdot10=-2
$$
となります。確かに \(\det(AB)=\det A\det B\) が成立しています。ただし、具体例で一致することを確認しただけでは、すべての正方行列で成り立つ証明にはなりません。
3.面積・体積から考える
行列式は、線形変換によって面積や体積が何倍になるかを表します。正確には、絶対値が面積・体積の拡大率を、符号が向きの反転を表します。
行列の積 \(AB\) による変換は、ベクトルに対してまず \(B\) を作用させ、続いて \(A\) を作用させる変換です。最初の変換の符号付き拡大率が \(\det B\)、次の変換の符号付き拡大率が \(\det A\) なら、全体の拡大率はそれらの積になると考えられます。
たとえば、面積を2倍にする変換の後に3倍にする変換を施せば、全体では6倍になります。次の図では、単位正方形が2つの変換によってどのように変化するかを示しています。

このように、行列式を符号付きの面積・体積の拡大率と考えると、積の公式を直感的に理解できます。ただし、この説明だけでは、すべての正方行列について公式が成り立つことを厳密に示したわけではありません。
そこで次は、行基本変形によって行列式がどう変化するかを使い、一般の場合の公式を導きます。
4.行基本変形から公式を導く
4.1.行基本変形は基本行列の掛け算で表せる
前回までに学んだ行基本変形は、行の交換、行の定数倍(\(0\) 以外)、ある行への別の行の定数倍の加算、という3種類でした。どの操作も、単位行列に同じ操作を施して得られる基本行列 \(E\) を左から掛けることで表せます。
たとえば、2行を交換する操作は、
$$
E=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix},\quad
EA=\text{行列 }A\text{ の }2\text{ 行を交換した行列}
$$
と書けます。行基本変形は逆の操作によって元に戻せるため、基本行列は必ず逆行列を持ちます。
4.2.基本行列なら積の公式が成り立つ
行列式の性質を思い出すと、行基本変形による行列式の変化は次のように整理できます。
| 行基本変形 | 行列式の変化 | 基本行列の行列式 |
|---|---|---|
| 2行を交換 | 符号が反転 | \(-1\) |
| 1行を \(c\neq0\) 倍 | \(c\) 倍 | \(c\) |
| 他の行の定数倍を加える | 変わらない | \(1\) |
つまり、どの基本行列 \(E\) に対しても、行列 \(X\) の行基本変形による変化を使って、
$$
\det(EX)=\det E\det X
$$
が分かります。ここでは、一般の積の公式を仮定しているのではなく、すでに学んだ行列式の行に関する性質を使っている点が重要です。
ここで使った行列式の性質は、以前の記事で詳しく説明しています。行の交換や定数倍によって行列式がどう変わるのかを復習したい人は、次の記事も参考にしてください。

4.3.逆行列を持つ行列の場合
まず、\(\det A\neq0\) とします。このとき \(A\) は逆行列を持つため、行基本変形を繰り返して単位行列 \(I\) にできます。
その操作に対応する基本行列を \(E_1,E_2,\ldots,E_k\) とすると、
$$
E_k\cdots E_2E_1A=I
$$
です。両辺の行列式を取り、4.2節の性質を繰り返し使うと、
$$
(\det E_k)\cdots(\det E_1)\det A=1
$$
が得られます。
次に、\(AB\) にまったく同じ行基本変形を施します。行列の積の結合法則から、
$$
E_k\cdots E_1(AB)=(E_k\cdots E_1A)B=IB=B
$$
となります。ここで重要なのは、\(A\) を単位行列に変える行基本変形を、\(AB\) にもそのまま適用していることです。この対応を図で整理すると、次のようになります。

同じ基本行列を左から掛けているため、行列式に掛かる係数も共通です。このことを利用すると、2つの行列式の関係から積の公式を導けます。再び行列式の性質を使えば、
$$
(\det E_k)\cdots(\det E_1)\det(AB)=\det B
$$
です。先ほどの式から \((\det E_k)\cdots(\det E_1)=1/\det A\) なので、
$$
\frac{\det(AB)}{\det A}=\det B
$$
したがって、
$$
\det(AB)=\det A\det B
$$
が導かれます。
4.4.逆行列を持たない行列の場合
残るのは \(\det A=0\) の場合です。このとき \(A\) の列ベクトルは線形従属で、\(A\) のランクは列数より小さくなります。
ここで、行列の積を列ベクトルの立場から考えてみましょう。例えば、2次行列 \(A,B\) を、
$$
A=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix},
\quad
B=\begin{pmatrix}p&q\\r&s\end{pmatrix}
$$
とすると、
$$
AB=
\begin{pmatrix}
ap+br&aq+bs\\
cp+dr&cq+ds
\end{pmatrix}
$$
となります。この積を列ベクトルで表すと、
$$
AB=
\left(
p\begin{pmatrix}a\\c\end{pmatrix}
+r\begin{pmatrix}b\\d\end{pmatrix},
\quad
q\begin{pmatrix}a\\c\end{pmatrix}
+s\begin{pmatrix}b\\d\end{pmatrix}
\right)
$$
です。つまり、\(AB\) の各列は、\(A\) の列ベクトルを定数倍して足し合わせたもの(線形結合)になっています。
これは一般の行列でも同じです。\(B\) を掛けることで列ベクトルの組み合わせ方は変わりますが、\(AB\) の列ベクトルは、もとの \(A\) の列ベクトルが張る空間の外には出られません。
したがって、\(AB\) の列ベクトルが張る空間の次元は、\(A\) の列ベクトルが張る空間の次元を超えません。つまり、\(n\) を正方行列 \(A,B\) の行数・列数とすると、
$$
\operatorname{rank}(AB)\leq\operatorname{rank}(A) \lt n
$$
となります。\(AB\) のランクも \(n\) より小さいため、\(AB\) は逆行列を持ちません。つまり、
$$
\det(AB)=0
$$
です。一方、\(\det A=0\) なので、\(\det A\det B=0\) となります。したがって、この場合も、
$$
\det(AB)=\det A\det B
$$
が成り立ちます。
これで、\(A\) が逆行列を持つ場合と持たない場合の両方を扱えたため、行列式の積の公式が、すべての同じ大きさの正方行列で成立することが分かりました。
5.逆行列や連立方程式とのつながり
5.1.逆行列の行列式
\(A\) が逆行列を持つなら、\(AA^{-1}=I\) です。積の公式を使うと、
$$
\det A\det(A^{-1})=\det I=1
$$
となるので、
$$
\det(A^{-1})=\frac{1}{\det A}
$$
が得られます。逆行列の行列式は、元の行列式の逆数になるのです。ただし、この式は \(\det A\neq0\) の場合に限ります。
5.2.連立方程式とランクとの関係
Part 4では、行列式が \(0\) かどうかによって逆行列の存在を判定できることを学びました。また、クラメルの公式は係数行列の行列式が \(0\) でない場合に使えます。
一方、掃き出し法とランクを使えば、行列式が \(0\) になる場合も含めて、連立方程式の解が存在するか、自由変数がいくつあるかを調べられます。行列式・逆行列・ランクは別々の話ではなく、行列がどれだけ独立な情報を持つかという点でつながっています。
まとめ
- 同じ大きさの正方行列では、\(\det(AB)=\det A\det B\) が成り立つ。
- 行列式を符号付きの面積・体積の拡大率と考えると、積の公式を直感的に理解できる。
- 基本行列を左から掛けたときの行列式の変化は、行基本変形の性質から説明できる。
- 基本行列による掃き出しを利用すると、逆行列を持つ場合の公式を導ける。
- 逆行列を持たない場合も、ランクを使って積の行列式が \(0\) になると分かる。
- 逆行列の行列式は、元の行列式の逆数になる。
行列式の積の公式は、単なる計算の近道ではありません。行列を続けて作用させたときの変化が、行列式では掛け算として表れるという性質です。
これでPart 4では、行列式の求め方と意味から始まり、余因子展開・逆行列・クラメルの公式・掃き出し法・ランク、そして行列式の積の性質まで学びました。次は、内積・外積や直線・平面の幾何学的な意味へと進みます。
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Part 4.行列式・逆行列・連立方程式をまとめて理解する
ここまでで、Part 4の9本の個別記事をすべて学びました。行列式が表す意味から、逆行列、連立方程式、掃き出し法、ランクまでのつながりを整理したい人は、Part 4のまとめ記事をご覧ください。
(準備中)
次のPartへ進む
Part 5では、ベクトルの内積・外積を手がかりに、角度・面積・直線・平面の表し方を学びます。行列式が表す面積や体積の意味も、外積や平面の判定で再び登場します。

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