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伊坂幸太郎さんの『マリアビートル』を読んだ。東北新幹線を舞台に、さまざまな思惑を持った殺し屋たちが入り乱れる、予測不能な展開が面白いミステリーだ。
なかでも強く印象に残ったのが、王子と呼ばれる中学生の存在だった。
王子は頭の回転が速く、他人の心理を巧みに利用して、自分の思いどおりに人を動かそうとする。大人を見下し、相手が苦しむ姿さえ楽しんでいるように見えるその言動には、読んでいて何度も腹が立った。
しかし、そんな王子にも、最後には思いどおりにならない相手が現れる。
自分は誰よりも賢いと思い込み、大人たちを馬鹿にしていた王子が、最後に自分の未熟さを思い知らされる。
その皮肉の効いた結末が、何よりも痛快だった。
※以下、ネタバレを含みます。物語の重要な展開や結末に触れているため、未読の方はご注意ください。
1.他人の心理を利用し、思いどおりに操る王子の恐ろしさ
王子は、裕福な家庭に育ち、頭もよく、大人を言いくるめることにも長けた中学生だ。しかし、その賢さを他人のために使おうとはしない。
むしろ、相手の弱さを見抜き、それを利用して自分の思いどおりに動かそうとする。
その恐ろしさがよく表れていたのが、木村雄一との関係だった。
木村は、王子によって息子の渉を傷つけられた父親だ。息子のために王子を追って新幹線に乗り込むが、その行動さえも王子に予測されていた。
王子は木村の怒りを利用して罠にはめ、さらに入院中の渉を人質に取ることで、木村を自分の言いなりにしてしまう。
私は、この場面を読んで本当に腹が立った。
息子を守りたいという父親の気持ちは、ごく自然なものだと思う。しかし王子にとっては、そんな親心さえ、相手を操るための道具でしかない。
王子の恐ろしさは、単に頭がよいことではない。他人の大切にしているものを理解しながら、その気持ちを平気で利用できることにあるのだと思った。
また、王子は大人たちに、人を殺してはいけない理由を問いかける。
一見すると、道徳や社会の仕組みについて考える哲学的な質問にも思える。しかし、私には、王子が本当に答えを知りたがっているようには見えなかった。
大人が答えに困る姿を見て、自分の方が賢いと確かめたいだけなのではないだろうか。
相手の言葉尻を捉えて優位に立とうとする王子の姿には、知性よりも、他人を見下すことへの執着を感じた。
2.王子の問いに動じなかった鈴木の言葉
そんな王子に対して、印象的な返答をした人物がいる。
前作『グラスホッパー』にも登場した鈴木だ。
王子が人を殺してはいけない理由を問いかけると、鈴木は、なぜ殺人のような極端な問題ばかりを持ち出すのかと疑問を投げかける。
世の中には、ほかにもさまざまな決まりがある。それなのに、なぜわざわざ過激な話題を選ぶのか。
鈴木は、王子が本当に答えを求めているのではなく、大人を困らせたいだけなのではないかと指摘する。
私は、この返答が面白かった。
王子は、自分の質問に大人が答えられないことを期待していたのだろう。しかし鈴木は、質問に正面から答えようとするのではなく、そもそもなぜそんな質問をするのかと問い返した。
つまり、王子が用意した議論の土俵に乗らなかったのだ。
王子は、相手が自分の思いどおりに反応することを前提にしている。だからこそ、その前提を崩されると、いつものように相手を見下すことができなくなる。
私は、ここに王子の未熟さが表れているように感じた。
本当に賢い人なら、自分とは違う考え方にも耳を傾けられるはずだ。しかし王子は、自分が相手より優れていることを確かめるためにしか、その頭のよさを使おうとしない。
そんな王子に対して、鈴木が冷静に問い返す場面には、思わず感心させられた。
3.思いどおりにならないからこそ面白い物語
『マリアビートル』の面白さは、王子の存在だけではない。
新幹線には、蜜柑と檸檬、七尾など、それぞれ異なる目的を持った殺し屋たちが乗り込んでいる。
誰もが自分の仕事を進めようとするが、思いがけない出来事によって予定が狂い、登場人物たちの思惑が複雑に絡み合っていく。
なかでも面白かったのが、七尾の存在だ。
七尾は、何をするにも不運に見舞われる殺し屋である。簡単に終わるはずの仕事でも、予想外の出来事に巻き込まれ、なかなか思いどおりに進まない。
他人の行動を予測し、操ろうとする王子とは対照的だ。
王子は、自分の計算によって物事を支配しようとする。一方、七尾は、自分自身に起こる出来事さえ思いどおりにできない。
それでも、七尾の予測不能な行動が物語を大きく動かしていく。
私は、この対比も面白いと思った。
どれだけ頭がよくても、すべてを計算どおりに進められるわけではない。思いがけない偶然によって、状況が大きく変わることもある。
そんな予測不能な出来事が次々と起こるからこそ、この物語には最後まで引き込まれた。
4.大人を見下していた王子が、最後に思い知ったこと
物語の終盤、王子の前に木村の両親が現れる。
私は、この展開が何よりも痛快だった。
王子は、それまで多くの大人たちを言葉や心理的な駆け引きによって操ってきた。相手がどう反応するかを予測し、自分に有利な状況を作り出してきたのだ。
しかし、木村の両親には、それまでのやり方が通用しない。
王子が何を言おうと、彼らは簡単には動じない。王子が頼りにしてきた知性や話術だけでは、どうにもならない相手だった。
なかでも印象に残ったのが、長く生きてきたことの重みを王子に語る場面だ。
王子は、大人たちを自分より劣った存在だと考えていた。しかし、彼が馬鹿にしていた大人たちは、王子よりもはるかに長い時間を生き、さまざまな経験を積み重ねてきた。
どれだけ頭がよくても、経験していないことまで理解できるとは限らない。
それなのに王子は、自分が何でも知っているかのように振る舞い、大人たちを見下していた。
私は、その傲慢さが最後に崩れるところに、強い爽快感を覚えた。
もちろん、長く生きているからといって、必ずしも若い人より優れているわけではない。年齢だけで人の価値が決まるとも思わない。
しかし、自分の知らないことが世の中にはいくらでもあると理解しているかどうかは、大きな違いだと思う。
王子には、その自覚がなかったのではないだろうか。
他人の弱さを利用し、相手を思いどおりに動かしてきた王子。しかし最後には、自分自身が思いどおりにならない状況に置かれる。
他人を支配できると思っていた王子が、自分の力ではどうにもならないことを思い知らされる。
その皮肉こそが、私にとって『マリアビートル』で最も印象に残った部分だった。
まとめ|大人を見下していた王子への痛快な皮肉
『マリアビートル』は、さまざまな登場人物の思惑が絡み合い、予想外の展開が次々と起こるミステリーだった。
なかでも、王子の結末が強く心に残った。
読んでいる間は何度も王子の言動に腹が立ったが、最後には、その怒りが一気に晴れるような爽快感を味わえた。


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