おすすめ度:
雨穴さんの『変な地図』は、奇妙な古地図を手がかりに、過去の事件や隠された真相を解き明かしていくミステリーだ。
大学生の栗原は、祖母が残した奇妙な地図を見つけ、その謎を調べ始める。地図には恐ろしい怪異が描かれており、調査を進めるうちに、不可解な出来事や事件に巻き込まれていく。
ミステリーとホラーが入り混じる展開が面白く、続きが気になってページをめくる手が止まらなかった。特に驚かされたのは、恐ろしい怪異の裏に、古い因習から逃れようとする女性たちの知恵が隠されていたことだ。
しかし、それ以上に心に残ったのは、栗原の生き方だった。
大切な妹を守るために感情を封じ込めていた栗原が、最後には自分の悲しみを受け入れ、人を助けようとする。その変化に心を動かされた。
※以下、物語の結末に触れています。
1.恐ろしい怪異の正体は、女性たちが仕掛けたものだった
この作品で面白かったのは、ホラーだと思っていた出来事が、最後には論理的に説明されることだ。
物語の舞台となる河蒼湖には、母娘山に恐ろしい魔が住んでいるという言い伝えがあった。集落の女性たちは、その魔を防ぐために石塔を造り続けていた。しかし、そこでは男性の意見が絶対で、女性たちには結婚や生き方を自由に選ぶことさえ許されていなかった。
周囲を山や海に囲まれているため、逃げ出すことも難しい。
そんな集落で、石塔に傷がつけられ、女性が夜中に山へ向かうなど、不可解な出来事が起こり始める。やがて、栗原の祖母である知嘉子も、魔にさらわれたとされて姿を消してしまう。
私は、このあたりの展開に引き込まれた。本当に山には恐ろしい何かがいるのか。それとも、誰かが怪異を利用しているのか。ミステリーとホラーが入り混じり、真相が気になって仕方がなかった。
そして、最後に明らかになった真相には驚かされた。
実は、恐ろしい怪異を装っていたのは、集落から逃れようとする女性たちだったのだ。
知嘉子は測量の知識から、母娘山にまつわる言い伝えの真相を見抜いていた。そして、女性たちは石塔に傷をつけたり、古い地図を偽装したりすることで、魔が現れたと男性たちに信じ込ませようとしていた。
恐ろしい怪異だと思っていたものが、自由を奪われた女性たちの脱出のために仕掛けられたものだった。
この逆転が、とても面白かった。それと同時に、女性たちが置かれていた境遇にも、強い憤りを覚えた。
自分の人生なのに、結婚相手も生き方も自由に決められない。男性たちの言いなりになるしかなく、逃げ出すことさえ難しい。
そんな状況から抜け出すために、女性たちは知恵を出し合い、男性たちが信じていた怪異を利用したのだ。
私は、そこに女性たちの強さを感じた。
男性たちが恐れていた怪異を逆手に取り、自分たちの人生を取り戻そうとする。しかも、知嘉子が測量の知識を身につけたことが、脱出への道を開いている。
それまで女性たちを縛りつけていた迷信が、知識によって覆されるところも良かった。
本当に恐ろしかったのは、山に住む魔ではなく、女性たちを長い間縛りつけていた因習の方だったのかもしれない。
そんなことを考えさせられる、納得感のあるどんでん返しだった。
2.妹を守るために感情を封じ込めていた栗原
もうひとつ、この作品で印象的だったのが、栗原という人物だ。
栗原は非常に論理的で、思ったことを包み隠さず口にしてしまう。そのため、周囲との関係がうまくいかないこともあるが、鋭い観察力と推理力で複雑な事件の真相に近づいていく。そんな栗原の少し変わった性格も面白かった。
ところが、物語が進むにつれて、栗原が理屈にこだわるようになった理由が明らかになる。
栗原は幼い頃、妹の沙耶が生まれた直後に母親を亡くしていた。母親を失った悲しみの中で、栗原は妹に対して、妹が生まれなければ母親は亡くならなかったのではないかという気持ちを抱いてしまう。
しかし、栗原は妹を大切に思っていた。だからこそ、そんな感情を抱いてしまった自分自身を恐れたのだ。
そして、妹を傷つけないために、その感情を理屈で否定し、封じ込めようとした。たとえ周囲から理解されず、家族との間に距離ができてしまっても、妹を傷つけないことを優先したのだと思う。
この過去を知ったとき、私は栗原の優しさに心を打たれた。それまで少し変わった名探偵だと思っていた栗原が、実は大切な妹を守るために、自分の感情と向き合わないようにしていたのだ。
栗原の理屈っぽさの裏には、妹を傷つけたくないという思いがあった。
そう考えると、それまでの栗原の言動も違って見えてきた。
しかし、感情を封じ込めることで、すべてがうまくいくわけではなかった。
栗原は、あかりを助けようとして推理を伝えた結果、かえって彼女を傷つけてしまう。正しいことを伝えようとしても、それが相手のためになるとは限らない。
栗原自身も、その難しさに戸惑っていた。
3.悲しみを受け入れ、人を助けようとした栗原
私が最も心を動かされたのは、物語の終盤で栗原が自分の感情と向き合う場面だ。
あかりは栗原に、妹に向けた言葉が本当に彼の気持ちだったのかと問いかける。
人は、必ずしも本心だけを言葉にするわけではない。あかりの言葉は、栗原が長い間目を背けてきた感情に向き合うきっかけになったのだと思う。
そして終盤、あかりが危険にさらされたとき、栗原はついに自分の悲しみを受け入れる。
母親を失ったことは、やはり悲しかった。
その気持ちを認めたうえで、栗原は、あかりに自分と同じ苦しみを味わってほしくないという思いを表に出す。
私は、この栗原の姿に強く心を動かされた。妹を守るために感情を封じ込めていた栗原が、今度は大切な人を助けるために、その感情を解放したのだ。
もちろん、栗原の論理的な思考が間違っていたわけではない。その鋭い推理力があったからこそ、複雑な事件の真相を解き明かすことができた。
しかし、論理だけでは、自分の悲しみや、相手の気持ちに向き合うことは難しかったのかもしれない。
論理を捨てるのではなく、感情も大切にする。
栗原が自分の悲しみを受け入れ、誰かを助けようとしたことが、何よりも印象に残った。
まとめ:恐怖の先に残った、人の強さと優しさ
『変な地図』は、ホラーとミステリーが入り混じる展開が面白く、予想外の真相にも驚かされた。
しかし、読み終えて最も心に残ったのは、栗原の変化だった。最初は少し変わった名探偵だと思っていた栗原が、最後には心から応援したくなる人物になっていた。
自分の悲しみに向き合い、大切な人を助けようとした栗原の姿が、今も心に残っている。




コメント