「ゾンビ×本格ミステリ」と聞いて、あなたはどう感じるでしょうか。奇抜すぎる? それとも色物?
けれど本作を読み終えたとき、きっとこう思うはずです。――これは、とてつもなく真面目に書かれた、本気の本格ミステリだ、と。
作者はデビュー作にして数々の賞を総なめにした気鋭の作家、今村昌弘さん。映画化も果たし、ミステリファンのみならず幅広い読者の心をつかみました。
本作の舞台は、大学生たちが訪れた夏のペンション。しかしその夜、近隣で発生した「異常事態」により、建物は完全に孤立します。外にはゾンビの群れ。内には、連続殺人の気配――。
閉ざされた空間で、非常識な世界が幕を開けるのです。
非常識な設定×常識的な謎
本作の最大の魅力は、ゾンビに包囲されたクローズド・サークル。
こんな舞台装置、いかにもトリッキーで荒唐無稽に思えるかもしれません。
ところが、そこで提示されるのは極めて「常識的」な謎です。
- 密室はどう成立したのか?
- 犯人はなぜこんな方法を選んだのか?
- このメッセージは誰が、何のために残したのか?
トリックは決して超常現象に頼らない。「ゾンビがいる」という前提以外は、あくまで論理で解ける設計になっています。
むしろ、極限状況だからこそ浮かび上がる人間の意図。侵入方法と殺害方法という二重の条件をクリアしなければならない難問。
「非常識」な世界の中で、「常識」だけが武器になる。この緊張感がたまりません。
可能性を徹底的に洗い出す面白さ
本作は、思考の快楽に満ちています。
登場人物たちは、ひとつの可能性に飛びつきません。密室トリックでも、
- 針金による解錠は?
- マスターキーは?
- 被害者が自分で閉めた可能性は?
- カードキーのすり替えは?
と、あらゆる仮説を立て、潰し、組み替え、再構築します。
読者も自然と、見取り図を何度も確認しながら読み進めることになります。そして終盤、真相が語られる場面では、ページをめくる手が止まらなくなる。
大胆なのにフェア。型破りなのに、本格。
ミステリの醍醐味が、これでもかというほど詰め込まれています。
ゾンビ考察が、やけにリアル
もう一つの魅力は、ゾンビに対する冷静な分析です。
- 感染経路は?
- 空気感染の可能性は?
- 心臓が止まれば動かなくなる?
- 酸素は必要なのか?
- 彼らは何を目的に噛みつくのか?
感情に流されず、科学的に検討する姿勢が物語に厚みを与えます。単なるパニックホラーではありません。
この「理屈で向き合おうとする姿勢」があるからこそ、世界観が崩れない。読者は安心して思考に没頭できるのです。
そして、切なく、悲しい物語
けれど本作を読み終えたとき、心に残るのはトリックだけではありません。
若さゆえの過ち。踏みにじられた尊厳。復讐に燃える心。そして、守れなかった命。
犯人の動機は、単純な悪意では片づけられません。理不尽に傷つけられた誰かの人生が、悲劇を生み出しています。
また、探偵・剣崎比留子という存在も忘れがたい。天才的な推理力を持ちながら、事件を「楽しんでいるわけではない」少女。
彼女は、生き延びるために推理をしている。だからこそ、その言葉には切実さが宿ります。
極限状況で交差する想い。最後に訪れる救いと喪失。
読後、胸の奥が静かに締めつけられる。それが『屍人荘の殺人』という物語です。
こんな人におすすめ
まとめ:ミステリをあまり読まない人にも薦めたい
ゾンビが出る。大学生が主役。恋の気配もある。
一見ライトに見えて、その実、骨太。ミステリ好きはもちろん、普段あまり読まない人にも届く力があります。
「こんなのアリか?」と思いながら読み始め、「これは凄い…」と呟いて本を閉じる。
もし少しでも気になったなら、ぜひページを開いてみてください。この前代未聞のクローズド・サークルは、あなたの常識を鮮やかに裏切ってくれます。
そしてきっと、忘れられない一冊になるはずです。



コメント