目の前にある問題に向き合っていますか?
私はどうしても表面的な問題にとらわれてしまいがちですが、知念実希人さんの小説『祈りのカルテ』の主人公は違いました。
患者の病気に向き合うだけでなく、患者が抱えるさまざまな問題まで解決していくんですよね。
『祈りのカルテ』の情報
おすすめ理由
- 内科・外科・小児科など医師の仕事が幅広くわかる
- 謎解き要素が楽しめる
- 感動できる物語がある
- 同じパターンが繰り返させれる
『祈りのカルテ』の簡単な紹介
今回は、知念実希人さんの小説『祈りのカルテ』を紹介します。
純正医大附属病院に勤める研修医の諏訪野良太が、内科・外科・小児科・産婦人科・救急など、様々な科を数ヶ月ごとに回っていき、実地研修を受ける物語です。
5つの短編で構成されていますが、どの物語も、患者の病気だけでなく、患者が抱えるさまざまな問題まで解決していく主人公の姿が描かれているんですよね。
だからこそ、感動できる物語もありましたが…。
どの物語も同じパターンだったので、後半に行くにつれてストーリー展開が読めてしまい、感動が薄くなっていきました。
『祈りのカルテ』のあらすじと感想
ここからは、『祈りのカルテ』に収録されている(エピローグを除いた)5つの短編について、あらすじと感想を紹介していきます。
『彼女が瞳を閉じる理由』:睡眠薬を多量服薬する女性の物語
あらすじ
物語の主人公は、純正医大附属病院に勤める諏訪野良太。
彼は1年目の研修医だったので、内科・外科・小児科・産婦人科・救急など、様々な科を数ヶ月ごとに回っていき、医師としての基礎的な力をつけるために実地研修を受けていました。
今回、彼が研修を受けていたのは精神科医で、そこに睡眠薬を多量服薬した山野瑠香が救急車で運ばれてきます。
しかし、先輩医師や看護師たちは誰一人として慌てていませんでした。
彼女は、月に1回程度同じことを繰り返し、何度も病院に運ばれていたからです。
とはいえ、何度も同じことを繰り返すのは、何か意図があると考えた諏訪野は…。
感想
主人公である諏訪野良太が、私と同じく相手の感情に敏感で、場の空気を読んで、相手に不快な思いをさせないように、相手が喜ぶ行動をとる人間だったので、一気に惹き込まれました。
さらに、先輩医師から「それって、ちょっと間違うと、たんに調子のいい主体性のない奴になっちゃうわよね」と指摘された言葉にドキッとしました。
そんな諏訪野が、空気を読む特性を生かして患者の悩みに向き合う姿に励まされたんですよね。
物語としては、タバコで根性焼きをして左腕に元夫の名前を記す瑠香が、なぜ毎月、救急車で運ばれてくるのか?という謎が気になって一気読みしてしまいました。
『悪性の境界線』:癌手術を突然拒否した患者の物語
あらすじ
外科研修を受けていた諏訪野良太は、指導医である冴木雅也と一緒に、本日入院してきた近藤玄三と向き合っていました。
玄三は胃癌でしたが、早期に発見できたため、安全な内視鏡手術で除去できそうでした。
しかも、転移している可能性は低く、玄三自身も喜んでいたのですが、
なぜかスーツ姿の男性と話をした後、態度が一変します。手術を受けないと言うのです。
その後、娘の説得もあって、手術をすることには同意しましたが、内視鏡手術ではなく、リスクが高いお腹を開けて胃を摘出する手術がいいと言い出します。
しかも、来週中に手術ができなければ、他の病院に行くと言い出し…。
感想
癌治療に対するデマや、(ネタバレになるので詳しくは言えませんが)癌に関する問題に切り込んだ物語です。
たとえば、諏訪野から玄三が急に手術を拒否したと聞いた冴木は、スーツ姿の男性は、民間療法を高額で薦めてくる悪徳業者かもしれないと言いました。
おかしなことを吹き込んで、患者を医療不信にさせて、自分が薦める商品を飲めば癌が治ると甘い言葉で騙す人間かもしれないと言います。
実際、私の身内にもそうした悪徳業者が接触してきたことがありました。
彼らは、理解者のフリをして癌患者に接触し、詐欺まがいの行為をしてお金をむしり取ろうとします。
そうした癌で儲けようとしている人たちに切り込んだ物語が描かれていたので、興味深く読むことができました。
『冷めない傷痕』:火傷の傷跡が広がっていく患者の物語
あらすじ
皮膚科で研修を受けていた諏訪野良太は、暇を持て余していました。患者がほとんどいなかったからです。
しかし、火傷を負った守屋春香が搬送されてきてからは、一気に忙しくなりました。
頻繁に包帯を外して、軟膏を塗りなおしては、新しい包帯を巻く必要があったからです。
また、1日数回採血をして、血中の電解質のバランスが崩れていないかを確認する必要もありました。
一方、患者である春香は、揚げ物をしている最中に鍋の油をこぼしてしまい、それが足にかかって火傷をしたと言いましたが、火傷の写真を見た諏訪野は彼女が嘘をついていることに気づきます。
さらに、火傷の傷が広がっていることに気づいた諏訪野は…。
感想
皮膚科に女性医師が多いのは、拘束時間が短く、自分の時間が確保でき、経験を積めば患者の皮膚を見ただけでほとんどの疾病を診断できるようになるからだと言います。
すなわち、基本的に暇でワークライフバランスが取りやすいからだとわかりました。(こういう職場がいいですね)
とはいえ、火傷の患者が来ると、外科医顔負けの忙しさになることを知り驚きました。
何度も包帯を交換したり、点滴をしたり、血液検査をする必要があるので、想像を遥かに超える重労働だと言います。
ちなみに、物語としては、過去に犯した過ちを消そうとするよりも、受け入れることが大切だとわかるストーリーが楽しめました。
『シンデレラの吐息』:ひどい喘息の発作を繰り返す少女の物語
あらすじ
小児科で研修を受けていた諏訪野良太は、これまでのどの科よりも忙しい毎日を過ごしていました。
そのため、仮眠をとる暇もなく子供たちと向き合っていましたが、そんな彼の元にひどい喘息発作を起こした姫野姫子が搬送されてきます。
ところが、血液検査をしたところ、彼女が飲んでいるはずの薬の成分がまったく検出されませんでした。
また、指導医である志村は、小学生になる頃には発作をほぼ起こさなくなったのに、一年前から症状が悪化したのも疑わしいと言います。
そこで志村は、両親のどちらかが薬を飲ませていないのではないかと推測しますが、姫子のあだ名がシンデレラだということを知った諏訪野は…。
感想
基本的に暇な皮膚科とは反対に、仮眠をとる暇もない小児科医の姿が描かれています。
海堂尊さんの小説『ナイチンゲールの沈黙』でも、小児医療の大変さが描かれていましたが、
この物語でも、小さな子供は自分で症状をうまく伝えることができないので、大人みたいに朝まで様子を見るということができず、
一方の親も、すぐに子供を受診させたいと思うため、小児科医には休む暇がない姿が描かれていました。
そんな親と子の意思疎通が難しい小児医療だからこそ、起こり得る問題について描かれた物語だったので、最後まで惹きつけられました。
『胸に嘘を秘めて』:臓器移植を待つ女優の物語
あらすじ
循環器内科で研修を受けていた諏訪野良太は、指導医の上林に連れられてVIP患者の診察に向かいました。
そのVIP患者は、愛原絵理という元アイドルで、数年前に女優に転身してブレイクした女性でした。
しかし、彼女は、特発性の拡張型心筋症という心臓の筋肉細胞が変性して薄く伸び、心臓が巨大に拡張してしまう原因不明の疾患になっており、
重症になると心不全を起こすため、すぐにでも心臓移植を受ける必要がありました。
とはいえ、臓器提供者が少ない日本で心臓移植を受けるのは難しく、アメリカに行くまでの間、この病院で待機していたのですが、
突然、「愛原絵理 重病で都内病院に入院か?」というニュースが出回ります。
しかも、事務所の社長はこれを利用して、心臓移植の費用を集める「愛原絵理を救う会」を立ち上げると宣言したので…。
感想
東野圭吾さんの小説『人魚の眠る家』でも描かれていましたが、日本で臓器移植を受けるのは改めて不可能に近いことがわかりました。
なぜなら、脳死が人の死として浸透していないからです。心臓停止後の臓器提供では、心臓や肺、肝臓や小腸が使い物になりません。
だからこそ、多くの心臓病患者が移植手術を受けられずに亡くなているわけですが、お金持ちや有名人は大金を払ってアメリカで手術を受けているんですよね。
これを不公平と捉えるかどうかは難しいところですが、脳死を人の死と認めない社会が生み出した大きな課題だと考えさせられました。
まとめ
今回は、知念実希人さんの小説『祈りのカルテ』のあらすじと感想を紹介してきました。
研修医の主人公が、患者の病気に向き合うだけでなく、患者が抱えるさまざまな問題まで解決していく物語が楽しめます。
気になった方は、ぜひ読んでみてください。
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