多様性という言葉をどう思いますか?
私はLGBTQに対して以前に比べれば社会が寛容になってきているように感じていますが、
朝井リョウさんの小説『正欲』を読んで、今使われている多様性という言葉は欺瞞に満ちていることに気づきました。
さまざまな性癖を持つ人がいて、多様性という言葉でどこまで受け入れるべきなのか?と考えさせられたんですよね。
『正欲』の情報
おすすめ理由
- 多様性という言葉の欺瞞がわかる
- 他人の欲望をどこまで受け入れるべきか考えさせられる
- ミステリー要素があるので一気読みしてしまう
- ラストが少し物足りない
『正欲』の簡単な紹介
今回は、朝井リョウさんの小説『正欲』を紹介します。
物語の開始直後に、小学校の非常勤講師や大企業の社員、大学で有名な準ミスターイケメンが児童ポルノで摘発される記事が紹介されます。
そして、彼らと関係している三人の物語が描かれていき、多様性という言葉に込められた欺瞞が暴かれていきます。
LGBTQといった想像できるマイノリティは受け入れようとするけれど、小児性愛者やさまざまなモノに性的な興奮を覚える人たちを受け入れようとしない社会の問題を突きつけています。
とはいえ、たしかに…と思えるところはありましたが、すべてを多様性という言葉で受け入れるのは難しく、どこかで線引きする必要があります。
そもそも線引きという言葉自体に問題があるのかもしれませんが、線引きしなければ法律は必要なく、何をしても受け入れなくてはいけなくなるので、とても難しい問題をテーマにした小説です。
ちなみに、物語としては、ミステリー要素もあるので、一気読みしてしまいました。
『正欲』のあらすじと感想
ここからは、『正欲』のあらすじと感想を紹介していきます。
ちなみに、この小説では、これから紹介する3つの物語が、ある結末へと繋がっていく物語が楽しめます。
寺井啓喜:不登校の息子がYouTuberを目指す物語
あらすじ
物語の主人公は、専業主婦の妻と息子がいる検事の寺井啓喜(てらい ひろき)。
彼の息子である泰希は、私立小学校に通っていましたが、3年生になってから不登校になりました。
それだけでなく、「これからの時代、学校はもう必要ない」と説くことで注目を集めている小学生インフルエンサーに傾倒し、同じように学校は古いと主張しはじめました。
そんな泰希に、啓喜は「No」と言い渡します。
検事として「そこで踏みとどまっていれば…」というルートから外れて、そのまま法律の定めるラインを軽々と飛び越えていった人間が多くいることを知っていたからです。
ところが、妻が見つけてきた「不登校児のための基礎体力をつける運動を教える」というNPO主催の会に参加し、泰希と似たような考えを持つ同い年の富吉彰良(とみよし あきら)と出会ったことで…。
感想
子供が小学校に行くのをやめて、YouTuberになると言い出したら、その主張を受け入れられるか?という問いを突きつけてくる物語です。
最近流行りの「ボーイズラブ」や「おっさんずラブ」といった多様性を受け入れるなら、これも受け入れるべきだよね?という想いが込められているように思います。
物語の主人公である啓喜を、小学生YouTuberを批判している親の代表として登場させ、息子や息子をサポートしようとする妻の考えを受け入れようとしない姿が描かれていき、反面教師的に考えさせられます。
とはいえ、啓喜の気持ちも良くわかります。
勉強もしないで、「風船早割り対決!負けたら電気あんま」みたいな動画を投稿する子供たちが、大人になったときに社会人として生きていけるのか?と心配になるからです。
それも含めて多様性なのかもしれませんが、自分の子供がそういう行動をとったときに、果たして受け入れられるのか…といえば、難しいと言わざるを得ない物語でした。
桐生夏月:結婚適齢期を過ぎても実家で暮らす主人公の物語
あらすじ
物語の主人公は、モールに入っている寝具店で働く桐生夏月。
彼女は、向かいの雑貨店で働く従業員の那須沙保里からよく話しかけられていました。
とはいえ、沙保里は夏月と友達になりたいわけではなく、出産のために退職する人が多い職場で、結婚も出産もしていない夏月を異端だと指させる存在として必要としていただけでした。
そんな夏月の前に中学校時代の同級生である西山修と、彼と結婚して赤ちゃんを連れている広田亜依子が現れます。
彼らは、同級生同士が結婚するので、二次会を同窓会を兼ねて盛大にやろうと企画しており、夏月に参加しないかと聞いてきました。
はじめは断ろうと思っていた夏月でしたが、佐々木佳道が参加すると聞いて…。
感想
誰にでも好きな人がいて、その相手に性的な興奮を覚える…という前提で作られている社会に、多様性とは何か?という問いを突きつける物語です。
夏月は、おじさんたちの恋愛ドラマを描いたプロデューサーが、
「このドラマのおかげで生きやすくなったというような感想が届くんです。これからも、観ている人が誰も仲間外れにならないような、もっと自分に正直に生きてもいいんだと思えるようなドラマを作っていきたい」
という発言を聞いて、あくまで自分は導く立場にいるのだという意識に吐き気がしました。
LGBTQなどマイノリティな立場の人を受け入れようというわりに、小児性愛者やさまざまなモノに性的な興奮を覚える人たちを受け入れない社会に欺瞞を感じていたからです。
自分たちが想像できる「自分たちとは違う」人たちには、「幸せの形は人それぞれ。多様性の時代。自分に正直に生きよう」というのに、
想像を超える対象に性的興奮を覚える人たちには、「なんよそれ。意味わからん。まじウケる。でもキチガイは迷惑じゃなあ」と言う人たちの欺瞞を暴いています。
とはいえ、子供がいる私にとっては、小児性愛者は気持ち悪い存在でしかなく、多様性という言葉ですべてを受け入れるのはムリだと思いました。
神戸八重子:男性の視線に拒否反応が出る主人公の物語
あらすじ
物語の主人公は、男性の視線に拒否反応が出る大学生の神戸八重子。
彼女は大学で学園祭の実行企画委員をしており、目玉企画だったミス・ミスターコンテストを変えようと考えていました。
男性や女性の候補者を性的に値踏みするような視線や質問に、気持ち悪さを感じていたからです。
だからこそ、ダイバーシティフェスという悩みを抱えている人同士が繋がり合える企画を提案したのですが、八重子はその企画が通ると、自分が気になっていたダンスサークルをオファーします。
学園祭の準備期間に行われたスペードサークルというダンスサークルのリハーサルで、そこに所属していた諸星大也になぜか目が合わせられたからです。
それから八重子は大也が映る写真や動画をすべて保存し、SNSにも匿名で写真や動画を要望するなど彼に恋心を抱いていたのですが、
実は大也が女性に興味を持っていないことを知ると、自分が男性を気持ち悪いと思っている感情と同じだと考えて…。
感想
八重子が男性を気持ち悪く感じるようになったのは、家族に原因がありました。
八重子は、母からお兄ちゃんは頭がいいのに、スタイルもいいのに、あなたはそうじゃないのねと、いつも兄と比較して見下されてきたので自信が持てなくなり、
また、兄が引きこもる前日に兄の部屋にこっそり入ったところ、「素人JKの妹★ハメ撮り映像流出」という動画を観ていたことを知り、気持ち悪くなったからです。
(とはいえ、母が褒め称えていた兄は銀行員として働くようになると、同僚や後輩たちから童貞エリートだと馬鹿にされて引きこもるようになりましたが…。)
そんな経験をしたからこそ、八重子は男性が気持ち悪くなったのですが、その一方で彼女は自分が嫌がっている目で、諸星大也を見つめるようになります。
ラストに向かうに連れて変わっていきましたが、誰もが自分に向けられたら嫌な目を、簡単に他人に向けてしまうことがわかる物語でした。
まとめ
今回は、朝井リョウさんの小説『正欲』のあらすじと感想を紹介してきました。
多様性という言葉に隠された欺瞞と、どこで線引きすべきなのか?という難しい問題を突きつけてくる物語としても、ミステリー要素に惹きつけられる物語としても楽しめます。
気になった方は、ぜひ読んでみてください。
コメント