魂が震えるほどの幸福を味わったことがありますか?
私は子供たちが生まれたときに、そんな幸福を味わいましたが、伊坂幸太郎さんの小説『ペッパーズ・ゴースト』を読んで、再び味わってみたくなりました。
籠城事件で大切な人を失った遺族に心が痛む物語ですが、ラストは胸が熱くなり、しかも驚きとクスッと笑える仕掛けが楽しめる小説です。
あらすじと内容紹介
「無力感から解放されて人の役に立ちたい!」
他人の未来が観える特殊能力をもつ中学校教師の檀千郷(だんちさと)は、そんな思いから新幹線事故を予言し、生徒を救いましたが、
その予言が原因で、救った生徒の父親から事故を引き起こした犯人ではないかと疑われるようになりました。
一方、檀先生の受け持ち生徒である布藤鞠子(ふとうまりこ)は恐ろしい小説を書いていましたが、その小説が過去にあった籠城テロ事件をカギとして、現実の物語と繋がっていきます。
しかも、そこにニーチェの『ツァラトゥストラ』が関係してくるので、どのように物語が展開していくのか気になってページをめくる手が止まらなくなったんですよね。
最後は驚きとクスッと笑える仕掛けが楽しめる、伊坂幸太郎さんらしい小説です。
『ペッパーズ・ゴースト』の感想(ネタバレあり)
ここからは多少のネタバレありで感想を書いていきます。
物語の核心を突くようなネタバレは避けていますが、それでも気になる方は、本書を読み終わった後に再び訪れてください。
「現実と小説」2つの物語のつながりが気になる
この小説では、「現実と小説」2つの物語が描かれています。
まず「現実の物語」では、特殊能力をもつ中学校教師の檀千郷が、受け持ち生徒である里見大地を新幹線事故から救う物語が描かれています。
檀先生は、クシャミで飛沫感染をしたり、間接キスなどをすれば、その相手の翌日がハイライトとして観える、まるで映画の先行上映のように未来を観ることができました。
コロナ感染のパロディのような能力ですが、この能力のせいで無力感が積み重なっていました。
誰かの翌日が観えたところで、どうにもできないことの方が多かったからです。
だからこそ檀先生は、彼の受け持ち生徒である里見大地が新幹線で事故に遭う姿を先行上映で観たときに、「占い師がいうには…」と前置きをして伝え、助けようとします。
そのおかげで大地は無事助かりましたが、大地の父親である里見八賢が、檀先生が新幹線事故を引き起こしたのではないかと疑いはじめました。
そこで檀先生は仕方なく、八賢に未来が観える能力があることを明かしますが、その後、なぜか八賢と連絡が取れなくなり、彼がどこかのトイレで監禁されている姿を先行上映で観るんですよね。
一方、「小説の物語」では、檀先生の受け持ち生徒である布藤鞠子が描いた、猫を虐待して楽しんでいた人たちに復讐する物語が描かれています。
この小説では、猫を地獄に送る会、通称「ネコジゴ」を自称している人たちが、猫を虐待する姿を静止画や動画に撮ってSNSにアップロードしていました。
ところが、目を覆いたくなるような虐待をしてきたにも関わらず、その犯人たちは5年前に執行猶予がついただけでした。
支援者やネコジゴのメンバーに至っては、全く罪に問われませんでした。
そこで犠牲になった猫の飼い主の一人が、ロトくじで当てた10億円を使って、ロシアンブルとアメショーと名乗る二人の男を雇い、ネコジゴメンバーに復讐していくんですよね。
これら「現実と小説」2つの物語がどのようにつながっていくのか気になって、ページをめくる手が止まらなくなりました。
大切な人を失った遺族の怒りと苦しみに心が痛む
先ほど紹介した「現実と小説」2つの物語は、カフェ・ダイアモンド事件という自暴自棄になった愉快犯が籠城し、人質を巻き込んで爆死した事件をカギとして繋がっていきます。
この事件の被害者遺族たちは、傷心を癒すためにサークルを作って集まっていました。
そんな彼らがどうしても許せない相手がいました。
事件の引き金を引いたテレビ番組の司会者であるマイク育馬です。
彼は、生中継で「警察が入って行ってない?」と放送にのせて言ったので、警察の行動が犯人にバレてしまい、犯人たちは爆弾を爆発させました。
ところが、事件発生後、彼は白を切って、「そんなこと言った覚えがない」といって決して謝りませんでした。
それだけでなく、「中途半端に怪我を負うよりも、爆弾で一息で死ねて、被害者も良かったんじゃないですか」と言ったのです。
だからこそ、被害者遺族たちは怒っていたわけですが、それだけでなく、彼らはニーチェの『ツァラトゥストラ』に書かれていた言葉にもショックを受けていました。
その言葉とは、「抵抗しないやつ、あまりにも我慢強いやつ、なんでも耐えるやつ。そういった人間には吐き気を催す」というものでした。
「真面目に生きていても、奪われる時は奪われるので、自分の望むことができる人間になれと書いてあったじゃないか」と、大切な人を奪われても何も行動できない自分に嫌気がさしていたのです。
さらに、「長いスパンで見れば、人生は同じことが繰り返される」という永遠回帰についても書かれていたので、この苦しみが何度も繰り返されるかもしれない未来に絶望していたんですよね。
そんな彼らの姿を通して、大切な人を失った遺族たちの怒りと苦しみが「これでもか!」というほど伝わってきたので、心が痛みました。
ラストは胸が熱くなる&驚きとクスッと笑える仕掛けが楽しめる
さて、この物語のラストでは、ある事件に巻き込まれた檀先生が、諦めずに現実に立ち向かっていく姿が描かれています。
物語の核心に迫るネタバレになるので、これ以上は詳しく書きませんが、ある生徒のことで後悔していた檀先生は、
どうにもならない、と諦めてしまったら、私は永遠に、あの罪の意識と無力感から解放されないのではないか。
どうにもならない、ではなく、どうにかしなければいけない。逃げていいのか?
と、巻き込まれた事件にも関わらず、逃げていいのか?と自問自答します。
それだけでなく、ニーチェの「一つでも魂が震えるほどの幸福があれば、もう一度同じ人生を味わいたいと思えるはずだ」という言葉を思い出し、
この人生を永遠に繰り返すとしたら。ニーチェの話を思い出した。ここで逃げてしまった人生を、もう一度!と思えるだろうか。
と心の中で考え、現実に、恐怖に立ち向かっていくんですよね。
そんな檀先生の行動に胸が熱くなる物語ですが、それだけでなく、伊坂幸太郎さんらしい驚きとクスッと笑えるような仕掛けも楽しめました。
ひとつでも魂が震えるほどの幸福が味わえるように、今すぐ動き出したくなる物語です。
まとめ
今回は、伊坂幸太郎さんの小説『ペッパーズ・ゴースト』のあらすじと感想を紹介してきました。
以上、3つの魅力がある物語なので、気になった方は、ぜひ読んでみてください。
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