ウジウジと過去にしがみつく主人公に、「その気持ち、わかるよー」と共感しながら、読み終えました。
客観的にみると、痛いヤツにしか思えない主人公ですが、私もよく似た行動をとっていたことに気づいたからです。
現状に満足できずに、「ここではないどこか」に幸せを求める人たちに、それでは幸せになれないよーと優しく教えてくれる物語です。
『楽園ジューシー』の情報
おすすめポイント
『楽園ジューシー』のあらすじ
太っていて、色白で、天然パーマで、5カ国のミックスとして生まれた松田英太は、小中学生の頃に、残念なパーマを略して、「ザンパ」と呼ばれていました。
自殺するほど酷くはありませんでしたが、いじめによって受けた心の傷は深く、大学生になった今でも、卑屈になって友達ができませんでした。
そんな英太の心の拠り所は、中学2年生のときに、同じく居場所がなかった、アマタツとゴーさんと共に過ごした思い出です。
嫌なことがあるたびに、「3人で沖縄に行こう!」という約束を思い出して、励みにしていました。
ところが、思いもよらない転機が訪れます。
アルバイトをしていた弁当屋が突然休業することになったので、春休みの間だけ沖縄のホテルでアルバイトをすることになった英太は…。
『楽園ジューシー』の感想
もみくちゃにされて変わっていく主人公の姿に引き込まれる
未来が怖い、進むのが怖い。
だからこそ、誰に対しても一定の距離をとってきた松田英太が、ホテルジューシーで「濃い」人たちと関わり、少しずつ自分を出せるように変わっていく姿に引き込まれました。
ここでいう濃い人たちとは、この小説が『ホテルジューシー』の姉弟本ということもあり、読んだ方にはお馴染みの、昼と夜で人格が変わるオーナー代理や、好き勝手に行動する双子の掃除係のおばあちゃんなど、おなじみのメンバーです。
それだけでなく、新たに登場する客たちや、バーの店長代理なども、濃い人たちばかりなので、「うすあじ」な英太も影響されずにはいられませんでした。
心の声を押さえきれず、思わず突っ込んでしまうなど、一定の距離を取れなくなっていきます。
こうして、心の拠り所になっていた中学時代の友人のことを少しずつ思い出さない時間が増えていき、今を楽しみ出す英太の姿に心が動きました。
ラストも、傷つき、そこから一歩踏み出そうとする英太を応援したくなる物語です。
「ここではないどこか」に行っても幸せにはなれない!と納得できる
とはいえ、個人的にいちばん心に残ったのは、「楽園なんて存在しない」というメッセージです。
英太は南国の沖縄に行けば、伸び伸びと自由な暮らしができると思っていましたが、現実には色々な問題が山積みになっていました。
たとえば、基地問題。
沖縄の一部が基地になっていると、イメージしている人も多いと思いますが、実際は、沖縄の1/3の面積を占有するほど、広大な範囲にわたって基地が広がっています。
家父長制もそうです。
沖縄には、女性やアルバイトなど、その人自身ではどうにもならない部分で勝手に順列をつけて、下の人の意見は聞かないという風習があります。
古いしきたりでは、独身の女性は家族と同じお墓に入ることができず、結婚するか、自分でお墓を買うしかないそうです。
楽園だと思っていた沖縄にも、多くのしがらみがあるのです。
これは、個人という小さな範囲で考えても同じです。
英太のように、テンパで、色白で、ミックスな人のことを、羨ましいと思う人もいるでしょうが、本人にとってはコンプレックスでしかありません。
たとえ他の人に移り変われたとしても、それなりの苦労があるのです。
だからこそ、幸せになりたいのであれば、外側からくる評価(沖縄は南国だから住みやすそう、ミックスって外国人ぽくってカッコいい/カッコ悪い…などなど)にこだわるのはやめて、自分の中にある本当にやりたいこと、楽しいことに目を向けるしないんですよね。
『幸せの青い鳥』ではありませんが、「ここではないどこか」に行こうとするのではなく、自分の内側にある楽しさをひとつでも増やしていく方が、幸せに暮らしていけるのではないかと思える物語でした。
私も、「転職すれば、もっと楽しい仕事ができるはず!」という考えを捨てて、自分の中にある楽しさを膨らませてから、どうするか決めようと思います。
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