暗くて闇が深い物語はお好きですか?
私はどちらかと言うと、明るくて楽しい気分になれる物語の方が好きですが、伊坂幸太郎さんの小説『重力ピエロ』は、暗くて闇が深い物語なのに最後まで楽しめました。
ラストで一筋の希望が見えたときは、感動で涙がこぼれ落ちそうになったんですよね。
母が強姦されて生まれてきた主人公の弟に心が痛む
物語の主人公は、母が強姦されて生まれてきた子どもを弟にもつ泉水。
泉水とその両親は、弟の春が強姦されて生まれてきたことに、何のわだかまりも持っていませんでしたが、春は強姦魔の息子であることを気にして生きていました。
それもそのはずです。
彼は絵を描くのが上手く、幼い頃に賞をもらえることが決まったときも、審査員から「遺伝のおかげで絵が上手いんだね」と嫌味を言われたりしたからです。
春は、その日から得意な絵を描くことをやめました。
また、容姿が良かったので女性からモテましたが、性的なことを遠ざけて生きていました。
とはいえ、春自身も「強姦魔の息子」という事実に縛られることに意味がないことはわかっていました。
春は泉水にこんなことを言います。
「フェルマーの最終定理にしろ、ラスコーの壁画にしろ、人はどんなものでも意味を見つけようとして、時間を無駄にする」
強姦魔の息子として生まれてきたことに意味なんてないのに、その意味を求めて悩み苦しむ自分を客観的に「時間を無駄にしている」と言っているんですよね。
他にも、足の曲がった鳩を見た春は、
「人間はさ、いつも自分が一番大変だ、と思うんだ」
「不幸だとか、病気だとか、仕事が忙しいだとか、とにかく、自分が他の誰よりも大変な人生を送っている。そういう顔をしている。それに比べれば、あの鳩のほうが偉い。自分が一番つらいとは思っていない」
と自分を客観的に眺めようと努力していることがわかります。
それでも、強姦魔の息子として生まれてきたことに悩み苦しむ春の姿が描かれていたので、心が痛みました。
人を傷つけた人間が反省もせずに優雅に暮らしている姿に怒りが湧く
春が強姦魔の息子であることに心を痛めている一方で、春の母を犯した強姦魔は少年法に守られて、反省もせずに悠々自適に暮らしていました。
こういった話を聞くと怒りが湧いてきますが、これは現実でも同じですよね。
レイプ犯が捕まったというニュースは多くありますが、そのほとんどが無罪になります。
犯人によっては、逆に相手を名誉毀損で訴えようとする極悪人までいます。
なぜなら、彼らには罪の意識がないからです。
相手の痛みを想像する力がないのではなく、どれだけ相手が苦しんでいても、それが自分の苦しみではないことを知っているからです。
そんな極悪人を救おうとする人もいますが、被害者をさらに苦しめるだけです。
『マリアビートル』を読んだときも、「少年法は何のためにあるのか?」という疑問が湧いてきましたが、この物語を読んで、より一層必要性がわからなくなりました。
ラストは感動で涙がこぼれ落ちそうになる
ここまで紹介してきたように、この小説は暗くて闇が深い物語ですが、ラストは感動で涙がこぼれ落ちそうになります。
改めて物語を大まかに説明すると、連続放火犯を探し出そうとする泉水と春を物語の中心に置き、彼らが成し遂げようとしていることが徐々に明らかになっていく構成をとっています。
そして、彼らの行動のすべてが、父の一言に集約するように描かれているんですよね。
「おまえは俺に似て、嘘が下手だ」
この言葉を読んだとき、私は涙がこぼれ落ちそうになりました。
父親はこうあるべきだと思ったんですよね。
他人にどう言われようと、どんな目で見られようと、自分の子供を守り抜く。
しかも、「本当に深刻なことは陽気に伝えるべきなんだよ」という信念通りに行動する父がかっこ良すぎです。
『オー!ファーザー』でもかっこ良い父親の姿が描かれていましたが、伊坂幸太郎さんが描く父親の姿に憧れる物語でした。
まとめ
今回は、伊坂幸太郎さんの小説『重力ピエロ』を紹介してきました。
以上、3つの魅力がある物語なので、気になった方は、ぜひ読んでみてください。
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