自分のことばかり考えていませんか?
私は周りの人たちのことも考えているつもりでしたが、
町田その子さんの小説『52ヘルツのクジラたち』を読んで、自分のことで精一杯で、あまり周りに気を配れていないことに気づきました。
困っている人の心の叫びが聞き取れる人間でありたいと思える物語だったんですよね。
おすすめ度:
こんな人におすすめ
- 虐待について描かれた物語に興味がある人
- 困っている人の心の叫びを聞き取れる人間でありたいと思える物語を読みたい人
- 感動できる物語が好きな人
- 町田その子さんの小説が好きな人
あらすじ:大分の田舎町に引っ越してきた主人公の物語
物語の主人公は、大分県にある小さな海辺の町に引っ越してきた三島貴瑚(きこ)。
彼女は床の修繕をお願いした村中という業者から、「風俗やってたの?」と聞かれたので、平手打ちをお見舞いしましたが、
彼の話をよくよく聞いてみると、この辺りに住むお婆さんたちが、貴瑚のことを「ヤクザに追われて東京から逃げ出してきた人間」だと噂していたので、否定するために確かめたのだと言います。
彼女はある出来事があってお腹に傷があり、あまりにも傷口が痛かったので、個人病院に行ったことがありましたが、
その話が老人たちの間でダダ漏れになっていたので、そんな噂話が広まったのです。
貴瑚は静かに暮らすために、この町に引っ越してきたのに、土足で踏み込んでくる田舎町の連中に腹を立て、村中を置いて外に出かけたところ、
雨の中を一人歩くボサボサの髪をした少女のような中学生の少年と出会います。
昔の自分と同じようにその少年が虐待を受けていることを知った貴瑚は…。
という物語が楽しめる小説です。
感想①:虐待を受けている子供を助けるのは難しい
あらすじでも紹介しましたが、貴瑚は両親から虐待を受けていました。
母は妾の子として生まれた自分自身が嫌いで、そんな自分を産んだ祖母のことを憎んでいました。
ところが、母も同じ境遇になります。貴瑚という真っ当じゃない子を産んだのです。
そのため、母は貴瑚に目も当てられないような厳しい仕打ちをするようになりました。
さらに、地場輸送会社の社長だった義父と結婚したことで、これまで以上にキツい虐待をするようになります。
たとえば、小学校四年生のときに担任の先生が、貴瑚の服がアイロンがけされていないことを母に指摘したことがありました。
「もっと愛情を注いであげてください…」というメッセージが込められた言葉でしたが、母は家に帰ってすぐに玄関で貴瑚を思いっきり殴ります。
恥をかかせるなと言うのです。
さらに、冬休みに入ってからは食事を満足に与えませんでした。
貴瑚は、1日に1食、夕食にふりかけをかけた白飯を茶碗一杯渡され、それを来客用のトイレで食べなければいけませんでした。
新学期の前日にようやく食事がもらえるようになりましたが、「外でひとに心配をかけません」とノート1冊分、ぎっしりと書かされました。
具体的に何をすれば良いのか、何をしてはいけないのかまったくわかりませんでしたが、
貴瑚は虐待されずに済むように、自らアイロンがけをするようになります。
その姿を見た担任は「よかったじゃん」と言ってきましたが、貴瑚は唾をかけたくなりました。
中途半端な善意のせいで、食事がもらえなくなるだけでなく、これまで以上にキツい暴力を振るわれるようになったからです。
中川翔子さんの本『死ぬんじゃねーぞ!!』の感想に、無関心な大人たちの振る舞いがいじめを増長すると書きましたが、

この物語を読んで、中途半端な善意は、何の助けにもならないだけでなく、かえって状況が悪化することがわかりました。
感想②:虐待する側も闇を抱えている
そんな貴瑚は、アンさんというすべてを包み込んでくれる優しい人と出会い、両親の元を離れることができました。
家から出て行こうとする貴瑚を責める母に対して、「そのうるさい口を閉じろよ、おばさん」と言って、外の世界へと連れ出してくれたのです。
ところが、ある出来事がキッカケでアンさんはいなくなり、貴瑚はお腹に傷を負いました。
こうして貴瑚は何もかもが嫌になって、大分の田舎町にやってきたわけですが、
そこで母親から虐待されているムシと呼ばれる少年と出会います。
彼は母から酷い仕打ちを受けており、声が出せなくなっていました。
身体中に痣ができていましたが、それはお腹が空いて家にあったピザを食べただけで、ケチャップを頭からかけられるような毎日を過ごしていたからです。
しかし、そうした虐待をする母親も闇を抱えていたんですよね。
彼女は甘やかされて育ったので、どうしようもない男と付き合うようになり、子供を身篭りました。
初めのうちはその男が帰ってくるのを心待ちに子育てに励んでいましたが、その男を迎えに愛人の家に行ったところ、殴られ蹴られて帰ってきます。
それでもパートに子育てに励んでいましたが、水商売を始めてチヤホヤされるようになってから変わりました。
偉そうに振る舞うようになり、子供に暴力を振るうようになったのです。
『他人を攻撃せずにはいられない人』の感想に、暴力的な人とは付き合わないに限ると書きましたが、

攻撃的な人も誰にも言えない悩みを抱えていることが伝わってくる物語でした。
感想③:困っている人の心の叫びを聞き取れる人間でありたいと思う
さて、この小説のタイトル『52ヘルツのクジラたち』には、心の叫びが誰にも届かない貴瑚やムシと呼ばれる少年の思いが込められています。
一般的なクジラは10から39ヘルツという高さで歌うのですが、52ヘルツという他のクジラには届かない高い周波数で歌うクジラがいるのです。
仲間が近くにいても、その歌声が誰にも届かない悲しいクジラがいるんですよね。
そんなクジラと同じように寂しい思いをしてきた貴瑚は、寂しくて死にそうなときは録音した52ヘルツのクジラの声を聴いていましたが、
アンさんに助けられて寂しさから抜け出すことができたのに、アンさんの歌声を聴くことが出来なかったことを後悔していました。
だからこそ、彼女はその贖罪としてムシと呼ばれる少年を全力で助けようとするんですよね。
凪良ゆうさんの小説『流浪の月』でも、他人の心の叫びを受け止める優しい人が苦悩する姿が描かれていましたが、
自分のことだけでなく、他人のことでも心を痛められる強い人間でありたいと思える物語が楽しめました。
まとめ
今回は、町田その子さんの小説『52ヘルツのクジラたち』のあらすじと感想を紹介してきました。
自分のことだけでなく、他人の悩みも受け止められる強い人間でありたいと思える物語なので、気になった方は、ぜひ読んでみてください。
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