文章を書くときに、いちばん頭を悩ませるもの。それは、読点(「、」)ですよね。私は一時期ノイローゼになるくらい読点に悩まされていました。
「とにかく、区切りに読点を打てばいいんだよね」
「でも、なんだか読みにくいなぁ。もう少し増やしてみようかな」
「うーん。文章がぶつ切りになって読みにくい。いっそ減らしてみようかな」
「今度は区切りがわかりづらい…。いったい、どうすればいいの?」
なんてことを繰り返してきました。今でもよくわからないまま読点を打っています。
しかし、これでは理系らしくありませんよね。全然ダメですよね。――ということで、今回は『「分かりやすい文章」の技術』を参考に、「読点の打ち方」に迷ったときに知っておきたい3つの原則についてまとめました。
今回お伝えしたいこと
◆読点の打ち方には3つの原則がある
原則①:長い修飾語の境界に打つ
原則②:逆順のときに打つ
原則③:誤読防止のために打つ
◆結論:ただし、どの原則もあくまでも原則であって、最終的には個人の裁量次第。
早速、説明していきましょう。
原則①:長い修飾語の境界に打つ
ここで言う「修飾語」とは、一般的に言われている形容詞や副詞のような修飾語ではありません。動詞を含んだ中心的な部分(述部)を主役と考え、この述部につながる他のすべての文を「修飾語」と考えます。たとえば:
彼女は、大雨の日ではあったが、弟といっしょにプールへ行った。
先ほどの説明に従うと、この例文の主役(述部)は、「プールへ行った」ですよね。一方、この主役に状況説明を加える修飾語は以下の(A)から(C)の三つです。
(A)彼女は(→プールへ行った。)
(B)大雨の日ではあったが(→プールへ行った。)
(C)弟といっしょに(→プールへ行った。)
この三つの修飾語の境界に読点を打つので、例文のようになるわけです。ただし原則1は、「長い修飾語の境界に読点を打つ」というもの。そのため、この例文では読点をすべて省略してもかまいません。
このように、「修飾語が長い」の定義が厳格にあるわけではないので、判断は書き手の主観にゆだねられることになります。やはり、読点を打つタイミングは個人の裁量次第ということでしょうか。
ちなみに、修飾語の長さとは関係なく、述部とその直後の修飾語の間には読点を打ちません。
原則②:逆順のときに打つ
日本語の語順は、述部を最後に置くという以外は基本的に自由です。しかし、それでも自然な語順というものがあります。修飾語の自然な語順とは「長い修飾語ほど前に置く」というもの。
この自然な語順が崩れている状態を本多氏は「逆順」と呼び、その場合に読点を打つとしています。たとえば、さきほどの例文を最も自然と思われる語順に並び替えると、次のようになります。
大雨の日ではあったが彼女は弟といっしょにプールへ行った。
この例文では、修飾語がすべて短いので、あえて読点は打っていません。
ここで、強調したい修飾語を最初に持ってくると、どうなるでしょうか。たとえば「彼女は」を強調したい場合、これを冒頭にもってくるわけです。そうすると逆順になるので、読点が必要になります。
彼女は大雨の日ではあったが弟といっしょにプールへ行った。
↓(読点を追加して自然な文章にする)
彼女は、大雨の日ではあったが弟といっしょにプールへ行った。
ただし、ここでも「自然な語順」という曖昧さが残ります。「彼女は」を強調する前の例文で考えると、「長い修飾語ほど前に置く」という原則に従えば、「大雨の日ではあったが弟といっしょに彼女はプールへ行った」となるはずです。しかし、「読みやすさ」という理由で、「弟といっしょに」よりも「彼女は」が前に置かれています。
結果的には、「彼女は」が先頭に来るので変わりませんが、このような曖昧な理由で逆順が決まるというのであれば、これも読点を打つ決定打にはならなさそうです。
しかし、「長い修飾語ほど前に置く」というのは、わかりやすい文章を書くためには必要そうですね。ぜひ、活用していきましょう。
原則③:誤読防止のために打つ
「誤読防止」とは、脳が間違った「かたまり」に区切ってしまい、時間を浪費しないようにすることです。たとえば:
久美子もあわてて私が調査した資料を読んだ。
この文章は二つの解釈ができますよね。「あわてた」のが、久美子の場合と、私の場合です。これを正しく伝えるためには、次のどちらかの読点が必要です。
解釈①(あわてたのは私)久美子も、あわてて私が調査した資料を読んだ。
解釈②(あわてたのは久美子)久美子もあわてて、私が調査した資料を読んだ。
このように読点をつけることで曖昧さをなくすことができますが、語順を変えることでも曖昧さはなくせます。
あわてて私が調査した資料を久美子も読んだ。
私が調査した資料を久美子もあわてて読んだ。
こうすれば、読点を打つ必要がなくなりますね。
まとめ
今回は、読点を打つ3つの原則を紹介してきましたが、どれも決定打にはなりませんでした。やはり、名文と呼ばれる文章を繰り返し読んで、感覚として身に付けるしかないのでしょうか。
とはいえ、今回紹介した方法も「読点を打つべきか」迷ったときには参考になりそうです。ぜひ、迷ったときには参考にしてください。