伊坂幸太郎『SOSの猿』は複数の視点をもつクセがないと簡単に洗脳されてしまうことがわかる物語

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 複数の視点で物事を眺めるようにしていますか?

 私はできるだけ複数の視点が持てるように、このブログでもありきたりな感想を書かないようにしているつもりですが、伊坂幸太郎さんの小説『SOSの猿』を読んで、その想いがさらに強くなりました。

 ある視点だけで物事を判断していると、簡単に洗脳されたり、騙されたりすることがわかる物語なんですよね。




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 引きこもりの息子を悪魔祓いで救ってほしいとお願いされる主人公

 では、あらすじから。

 物語の主人公は家電量販店の店員で、イタリア留学時代に悪魔祓いをする神父に弟子入りしていた遠藤二郎。

 彼は、幼い頃に恋心を抱いていた辺見のお姉さんから、息子の眞人に会ってほしいと依頼されます。眞人が悪魔に憑りつかれているかもしれないと言うのです。

 二郎は困ったり、悲しんでいる人を見ると放っておけない性格だったので、眞人に会いに行くことにしますが、悪魔が憑りついているとは思ってもいませんでした。

 しかし、眞人に何度か会うようになると、彼は気絶した後に突然立ち上がって「自分は孫悟空である」と言い出すんですよね。それだけでなく、未来がわかるので証明すると言い出しました。

 彼が予言したのは、そのとき窓の外を歩いていた五十嵐真の半年先の未来でした。

 孫悟空を名乗る眞人は、五十嵐の会社が納入したシステムで起きた株の誤発注事件を彼が調査していると言います。さらに、その誤発注事件が殺人事件へとつながっていく物語を語りはじめるんですよね。

 それから半年後。二郎が五十嵐をつかまえて答え合わせをしたところ…。

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 ある視点から物事を眺めていると真実にたどり着けない

 この続きは実際に本書を読んでもらうとして、伊坂幸太郎さんの小説『SOSの猿』には、ある視点で物事を眺めていると真実にたどり着けない物語が繰り返し語られます。

 そのひとつに、孫悟空を名乗る眞人が語った「おばあさんと中学生の話」があります。

 ある日、眞人が電車に乗っていると、おばあさんが「これで秋葉原に行けるのかしら?」とつぶやきました。

 その電車は秋葉原に行ける電車でしたが、おばあさんが近くにいた中学生に尋ねたところ、「反対行きの電車じゃないと駄目ですよ」と嘘を教えられます。

 この言葉を信じたおばあさんは電車を降りましたが、中学生たちは「おまえ、ひでえ奴だな」「暑い中、大変だよなぁ」とまったく反省していませんでした。

 悪いのはこの中学生たち?

 しかし、物語が進むにつれてある事実が明かされます。

 実は、先ほどのおばあさん。以前、道ですれ違った車椅子の男性に舌打ちをしたことがあったんですよね。車椅子が邪魔だというそれだけの理由でです。

 そのことに怒った文殊菩薩が、中学生たちにおばあさんを懲らしめてこいと命令したというお話でした。

 本当に悪いのは誰?

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 複数の視点をもつクセをつけよう

 他にも、虐待されている女性や子供を助けるために暴力をふるってはだめなのか?など、ある視点から眺めているだけでは解決できない問題が次々と提示されます。

 このような物語を読んでいると、複数の視点で物事を眺めるクセをつけないと、簡単に洗脳されたり、騙されたりすることがわかるんですよね。

 実際、自分のアタマでは何も考えずに、有名人や著名人の発言を盲信してSNSなどで騒いでいる人も大勢いますよね。

 というわけで、伊坂幸太郎さんの小説『SOSの猿』は、物事は単純に白黒つけられるものではないことがわかる物語としても、サスペンスとしても、小さな幸せを大切にしようとする主人公の物語としても楽しめるので…。

 気になった方は、ぜひ読んでみてください。

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