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 『奇跡の人』をご存知だろうか。私は彼女の人生を絵本で知った。映画で観た記憶もある。彼女の名前はヘレン・ケラー。サリバン先生と共に「三重苦――目が見えない、耳が聞こえない、口が利けないという障害」を克服した文字どおり奇跡の人だ。

 明治時代の日本、青森にも「奇跡の人」がいた――という実話のようなフィクションが小説『奇跡の人』。彼女の名前は介良(けら)れん。れんは生後11ヶ月の頃に高熱にうなされて生死をさまようが、どうにか命だけは助かった。しかし、ヘレン・ケラーと同様に三重苦に悩まされることになる。

 6歳になったれんは介良家で獣のような扱いを受けていた。広大な屋敷の奥深く、誰の目にもつかない場所で隔離されていたのだ。まともなご飯を与えられることなどない。お風呂にだってほとんど入れてもらえなかった。

 もちろん、それだけではない。誰からも愛情を注いでもらえなかったれんは、突然暴れだすことが多かった。目が見えない、耳が聞こえない、口が利けないれんにとって、思い通りにならない出来事に、どう対応すればいいのかわからなかったからだ。しかし、父や使用人たちは彼女にきつくあたった。彼女が暴れると父はすぐに平手打ちをし、使用人たちは隠れて彼女を痛めつけた――爪から血が流れ出るような仕打ちはごく普通のことだった。

 そんな彼女のもとに、去場安(さりばあん)という女性があらわれる。安は、岩倉使節団随行の留学生としてアメリカに渡り、自由というこの世で最も尊いものを学んだ女性だ。

 いかなる人間であれ、いかなる性別であれ、決して失ってはならぬもの――それこそが自由だ。しかし、日本の女性にはそれがなかった。だから、安は「アメリカで学んだすべてのことを日本の女性に受け継いで欲しい」という想いを胸に日本に戻ってきた。そして、伊藤博文から受け取った手紙をキッカケにれんの先生となる。

 安はれんと会ってすぐに、彼女を救いたいという気持ちになった。れんに自由がなかったからだ。だから安は、れんのなかに眠る才能を開花させようと奮闘する。噛みつかれたり、引っ掻かれたりすることもしばしばだったが、安はあきらめなかった。根気強くれんと向き合った。その結果、れんは「はい」と「いいえ」という意思表示ができるようになった。さらには、お箸を使ってご飯を食べられるようになったり、同年代の子どもと遊べるようになっていった。

 このように、れんは急成長していったが、彼女の成長をみた両親の介入によって安の教育は中断されてしまう。「もうこれで十分じゃないか」というのだ。しかも、母はれんを甘やかせはじめた。

 安はあせった。これでは時間をかけてれんと向き合ってきたすべてがムダになってしまう。だから安は、怒りを込めてこう言い放った。

 「確かに、れんは、見違えるほどおとなしくなりました。けれど、それは、男爵や奥方さま、この家の大人たちにとって、都合よく振る舞ってくれる子供に変わった、というだけのことです。あなたさまも、奥方さまも、ご自分たちの娘御に、この世界の何も見せず、何も聞かせず、しゃべらせようともしていない。ただ、お人形を膝に載せて可愛がっているようなものではありませんか」

 とはいえ、当時の日本の女性たちは誰もがお人形のような暮らしを望んでいた。しかし、アメリカに留学していた安にとって、その暮らしは屈辱でしかなかった。そこには自由がないからだ。そして、「三重苦」のれんにとっての自由とは、知ることである。

 この世界を生きる限り、闇を照らす光があることを知る権利が、あの子にはある。
 人として生まれた限り、人に愛される資格が、あの子にもある。
 そして、いつかきっと、人を愛する気持ちが、あの子にも芽生えるはずなのだ。

 実際、「三重苦のれんにとって、もうこれで十分」という考えは親のエゴでしかなかった。れんは、もっと学びたかったのだ。自由を手にしたかったのだ――。

 安との暮らしを再会したれんは、その後、誰よりも努力し、勉強に励んで女学校へと進学する。さらに、安から英語を学び、ワシントンにある大学に入学した。ヘレン・ケラーがラドクリフ女子大学(現:ハーバード大学)に入学したのと同じように。

 さて、この物語からわかることは、子どもには自由に挑戦していく権利があるということ。そして、そうすることこそが、子どもの幸せにつながっているということである。たしかに、子どもがいじめられた場合など、親が全力で守る必要があるときもあるだろう。しかし、子どもが自分の道を進もうとしているときには、妨げてはいけない。甘やかせたり、口出ししたりして、進むことをためらわせてはいけない。

 むしろ、自信をもって歩んでいけるように、もっともっと遠くまで歩いていけるように励ましていくべきだ。そうすれば、子どもは怖れることなく、自分の道をどこまでも歩んでいくだろう。自由という名のチケットを手にして。

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