webstation plus

 誰かの意見に流されていませんか?

 私は何でも「なぜ?」と考えるクセがあるので、あまり世間の風潮に流されていないと思いますが、伊坂幸太郎さんの小説『魔王』を読んで、考える力を失った人たちの恐ろしさがよくわかりました。

 彼らはあまり深く考えていないので、発言力のある人たちの意見に簡単に流されてしまうんですよね。今の日本でもよく見かける状況ですが…。

 「考えろ、考えろ、マクガイバー」が口癖の主人公

 では、あらすじから。

 物語の主人公は、会社員の安藤。彼は子供の頃にみた海外ドラマ『冒険野郎マクガイバー』の主人公が言ったセリフを大人になった今でも覚えていました。

 そして、他人の意見に流されそうになると、「考えろ、考えろ、マクガイバー」と心の中で唱えて自分の考えを整理します。安藤は何事も自分で考えないと気が済まない性格だったんですよね。

 そんな安藤にはある特殊能力がありました。自分の考えたことを他人の口を通して発言できる力…「腹話術」が出来たのです。

 彼はこの能力を使って、電車で偉そうに座っている若者や、会社で部下を怒鳴りつけている上司に向かって暴言を吐きます。というか対象者の口から吐かせます。

 ところが、この頼りない能力だけを頼りに戦うべき相手が現れました。未来党の党首である犬養舜二です。

 犬養はとにかく強い言葉を使って多くの人たちを扇動しました。たとえば、

「政治を任せてくれれば、五年で景気を回復させてみせる。五年で、老後の生活も保障しよう」
「五年だ。もしできなかったら、私の首をはねればいい」

 まったく中身はありませんが、深く考えない人たちにとって、彼の言葉は魅力的でした。

 だからこそ、安藤は犬養をムッソリーニやヒトラーのような人物だと警戒し、ファシズムに陥ると心配していたのですが…。

 多くの人たちが犬養に扇動されて暴動を起こす

 安藤の心配通りに物事が進んでいくんですよね。犬養はアメリカや中国を強く非難していましたが、彼が望む方向へと世間が動き出したのです。

 きっかけは、日本代表とアメリカ代表のサッカー親善試合でした。試合後に日本の代表選手がアメリカ人に刺されて死んだため、反米感情が一気に高まったのです。

 その結果、アメリカに本社があるファーストフード店が荒らされ、放火されました。また、安藤と仲が良かったアメリカ人のアンダーソンの家まで燃やされます。

 安藤は、ヒステリックに騒ぐ暴徒たちの姿をみて、音楽の授業で習ったシューベルトの『魔王』を思い出しました。息子がどれだけ叫んでも、父親が魔王の存在に気づかない、あの物語です。

 安藤は思います。息子は俺だ。俺だけが魔王の存在に気づき、叫び、騒ぎ、おののいているけれど、周囲にいる誰もがそれに気づいていない…と。

 そこで、安藤は腹話術の能力を使って犬養に立ち向かおうとしますが…。

 でたらめでもいいから自分の考えを信じて行動しよう

 この続きは実際に本書を読んでもらうとして、伊坂幸太郎さんの小説『魔王』は、考える力を失った人たちの恐ろしさがよくわかる物語です。

 それだけでなく、自分でもいろいろ考えてみたくなるんですよね。

「でたらめでもいいから、自分の考えを信じて、対決していけば」「そうすりゃ、世界が変わる。」

 と、安藤が言うように、他人の考えを鵜呑みにするのではなく、最初はでたらめでも良いので、自分で考えて行動しようと思える物語です。

 さて、小説としては、この後に安藤の弟である潤也を主人公とした物語が語られますが、突然話が終わるので、それから50年後の世界を描いた『モダンタイムス』を続けて読むことをお勧めします。

 ただし、それほど繋がりはありませんが…。

 とにかく、『魔王』は、伊坂幸太郎さんにしては珍しく政治的要素が強い物語ですが、登場人物たちのセリフを通して伊坂さんの想いが語られるので、気になった方は、ぜひ読んでみてください。

 関連記事

三上延『ビブリア古書堂の事件手帖3』は身内の問題ほど面倒な問題はないことがわかる物語

 身内と上手くいってますか?  私はあまり上手くいってませんが、それは自分たちのやりたいことを、こちらの都合なんてお構いなしに押し付けてくるからです。  三上延さんの小説『ビブリア古書堂の事件手帖3』のヒロインである栞子 …

有川浩『図書館危機』/日本でも表現の自由が規制されている

 日本では「表現の自由がある」と思っていましたが、実は規制されているようです。  中国などの共産圏と違って自由があると思っていただけにショックでしたが、不必要な規制は無くしていくべきですよね。  有川浩さんの『図書館危機 …

瀬尾まいこ『幸福な食卓』は家族とは困ったときに甘えられる関係だとわかる物語

 困ったときに家族に甘えられますか?  私は妻や子供たちが困ったときに相談したり、不満をぶつけられるように振る舞っているつもりですが…。  瀬尾まいこさんの小説『幸福な食卓』を読んで、困ったときに甘えられる関係こそが家族 …

『まく子』は思春期のモヤモヤした記憶を思い出せる小説

(※『まく子』表紙より)  西加奈子さんの小説『まく子』。  少し不思議なお話ですが、思春期の頃に感じていた「大人になりたくない!」という気持ちや、変化を受け入れる勇気がなくてモヤモヤしていた記憶が思い出せる小説です。最 …

正義なんて存在しない/伊坂幸太郎『火星に住むつもりかい?』感想

 中世のヨーロッパで行われた魔女狩り。しかし、これは中世だけでなく、現代でも起こっているよね、というメッセージが込められた小説が伊坂幸太郎さんの『火星に住むつもりかい?』です。  とにかく暗くて読むのがツラくなりますが、 …

誰とでも対等に付き合ってる?/伊坂幸太郎『チルドレン』感想

 誰とでも対等に付き合っていますか?  私は誰とでも対等に付き合っているつもりでしたが…。伊坂幸太郎さんの小説『チルドレン』を読んで反省しました。  自分より能力が劣っていると思っている人たちに対して、上から目線で接して …

伊坂幸太郎『モダンタイムス』は大きな流れには逆らえなくても小さな幸せは守りたいと思える物語

 権力を握っている人に媚びを売って生きていませんか?  私は両親から「いつまでも反抗期だねぇ」と言われるほど、権力に媚びを売らずに生きてきましたが、伊坂幸太郎さんの小説『モダンタイムス』を読んで、その生き方で良かったかな …

伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』感想/人間の最大の武器は信頼と習慣

 どれだけの人に信頼されて生きていますか?  私は、家族には信頼されていると思いますが、それ以外の人たちにはどのように思われているかわかりません。結構、いい加減なところがあるからです。  そのため、伊坂幸太郎さんの小説『 …

村山早紀『桜風堂ものがたり』は今まで以上に本を大切にしたくなる物語

 読書していますか?  私は読書が好きで毎日のように本を読んでいますが、村山早紀さんの小説『桜風堂ものがたり』を読んで、今まで以上に本を大切にしたくなりました。  著者だけでなく、書店員さんや本に関わっている多くの人たち …

若だんなに勇気づけられる!?畠中恵『うそうそ』は他人を犠牲にしても利益を得ようとする人たちを描いた小説

(※『うそうそ』表紙より)  畠中恵さんの小説『うそうそ』。  しゃばけシリーズ第5弾の本作は、相変わらず病弱な若だんなが箱根で誘拐事件、天狗の襲撃、止まらない地震などの厄介ごとに巻き込まれる物語です。  読めば、若だん …