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 中世のヨーロッパで行われた魔女狩り。しかし、これは中世だけでなく、現代でも起こっているよね、というメッセージが込められた小説が伊坂幸太郎さんの『火星に住むつもりかい?』です。

 とにかく暗くて読むのがツラくなりますが、いろいろ考えさせられる物語です。

 魔女狩りという怖ろしいシステムが存在していた

 中世では医学が未発達だったので、出産の際に赤ん坊が死亡するケースが少なくありませんでした。その際に、取り上げた人物、つまりは産婆や助産師たちに責任があると考え、「産婆は魔女だ。だから赤ん坊を食べてしまった!」という理由で非難され、罰せられたそうです。

 しかし、産婆でなくても誰でも良かったんですよね。農作物が不作になったり、災害があれば、それに対する恐怖や苛立ちをぶつける相手が欲しかった。こうして魔女狩りが広がっていったのです。

 魔女の見分け方を書いたガイドブックも出版されたそうです。そこには、

その人間を水に沈めるんだ。浮かんでくれば魔女、だとかな。魔女でないことを証明するには、浮かんできてはいけない。ようするに、死なない限りは無実が証明できないわけだ。全部が全部、そういう理屈らしい。魔女であることを白状するまでは、拷問される。拷問に耐えきれず、『魔女です』と言えば、処刑されるし、最後まで認めなかったとしても、拷問で死ぬ。耐えきれずに自殺をしたところで、『魔女は、自殺を選ぶものだ』と言われておしまいだ。

 そんな内容が書かれていたそうです。恐ろしいですよね。

 とはいえ、このような迫害は過去の話ではありません。現代でも起こっていますよね。たとえば…。

 現代でも行われている魔女狩り

 リストラ。仕事ができない人をクビにしていると建前上は言いますが、仕事の大半は代わりがきくものばかりなので、誰が辞めても大差ありません。ほんと魔女狩りのシステムとよく似ています。

 実際、対象者に選ばれた社員は何をどう訴えても退職するしかありません。必死になって会社に残れたとしても、嫌がらせを受けるからです。

 いじめも同じですよね。よくわからない理由で始まり、エスカレートしていくと、自殺をするまで追い詰める…ほんと魔女狩りそっくりです。

 では、なぜこのような悲劇が起こるのでしょうか。それは上に立つ、力ある人間に能力がないからです。

指導者が国民を一つにまとめるのに必要なのは、分かりやすい敵を見つけること。誰でもいいんだ。みなが、欲求不満をぶつけることができる標的ならば。さらには、自分はああなりたくない、と萎縮することになるのなら、最適だ。人間を統率する効果的なやり方は、誰かをこっぴどく痛めつけて、他の人間を萎縮させることだ。

 だからこそ、どこかの社長やいじめっ子たちは、リストラやいじめをしているんですね。そうすることで自分の身を守っているのです。もちろん、その流れに便乗して、弱者を攻撃している人たちも同じです。

 だからと言って、そんな人たちを追い詰めるのが正義かと言えば…。

 正義なんて存在しない?

「ほら、映画とかでね、主人公が敵を倒すだろう。倒すだけじゃなく、命を奪ってね」「で、最後、命からがら主人公は生き残って、めでたしめでたし、となるけれど、僕からすれば主人公もね、さんざん人を殺しているんだから、そんなに能天気に終わられても違和感があるんだ」
「敵にしても、ボスはまだしも手下たちは、ただ真面目に働いていただけかもしれない」ようするに、戦国武将がさんざん、ほかの軍の兵士を殺害して、高笑いするのと同じようなものだなってこと。

 と、単純に人間を正義と悪に二分するのは難しいと思います。リストラを推進する社長やいじめを始めた人間は叩き潰す必要があるのでしょうが、それに便乗した人たちを善悪で論じるのは難しいですよね。

 つまり、どんな人間でも正義にもなれば悪にもなるということ。もっと言えば、まるで自分が正義かのように極論を叫ぶ人には騙されてはいけないということです。

 ◆

 伊坂幸太郎さんの小説『火星に住むつもりかい?』。とにかく暗くて読むのがツラくなりますが、いろいろ考えさせられる物語です。気になった方はぜひ。

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