webstation plus

mars_01

 私たちが住む世界には「理不尽」があふれている。たとえば、リストラがそう。どれだけ会社のために尽くして働いてきたとしても、対象に選ばれた社員は、結局、退職するしかない。何をどう訴えてもだ。もし仮に必死になって訴えた結果、会社に残ることができたとしても、嫌がらせを受けることになる。そうまでして会社に残る意味はあるのだろうか。

 15世紀頃からヨーロッパで広まった「魔女狩り」も、根本的にはリストラと同じ。中世では医学も未発達であったため、出産の際に赤ん坊が死亡するケースが少なくなかった。その際に、取り上げた人物、すなわち産婆や助産師たちに責任があると考えられることが多かったようだ。「産婆は魔女だ。だから、赤ん坊を食べてしまった!」といった「はちゃめちゃな理由」によって、非難され、結果、罰せられたのだという。

 魔女かどうかを見極めるためのガイドブック『魔女への鉄槌』も出版された。そのガイドブックによると、人間を水に沈めれば魔女かどうかがわかるという。沈めたあとに浮かんでくれば魔女だというのである。だから、魔女と疑われた人たちは水に沈められたのだが、魔女でないことを証明するには、浮かんではいけない。ようするに、死なない限り無実が証明できないわけだ。

 こうして、魔女と疑われた人たちは魔女であることを白状するまで拷問された。拷問に耐え切れずに「魔女です」といえば処刑されるし、最後まで認めなかったとしても、拷問で死ぬ。耐え切れずに自殺をしたところで、「魔女は自殺を選ぶものだ」といわれておしまい。そう、この世界は理不尽であふれているのである。

 小説『火星に住むつもりかい?』でも、魔女狩りよろしく理不尽な世界が描かれている。平和警察という名ばかりの公的機関が、町中にカメラを取り付けて人々を監視し、危険人物だと判断した人たちを見せしめのために拷問、そして公開処刑する。そんな世界だ。もちろん、処刑された人たちのなかに、罪を犯した人などほとんどいない。犯罪が起きないようにするために犯罪をでっちあげ、恐怖によって犯罪を減らそうとする矛盾した社会。まるで核抑止論のように――。

 もちろん、平和警察のやり方に憤りを感じ、世の中を正そうと考える人たちも大勢いる。しかし、実際に行動を起こす人は少ない。なぜなら、自分が巻き添えを食らうのはイヤだからだ。さらに残念なことに、行動を起こさない人たちの多くは自分を正当化するために、本気で世の中を正そうとしている人たちを批判する。「ヒーローといえども、目につく不幸な人間を全員救えるわけじゃない。結局、偽善者じゃないか」――と。

 ペットボトルのリサイクルをしている人たちを「偽善者」だと決めつけるのも同じ理由だろう。ペットボトルをリサイクルするには、あたらしく作るよりも4倍の石油が必要になる。資源の節約どころか浪費になってしまう。だから、ペットボトルのリサイクルをしている人たちを「偽善者だ」と批判するのである。

 ところが、こうした批判をする人に限って、何もしていない。たとえ、瓶のリサイクルには意味があることを知っていたとしても、ガラス瓶をリサイクルしようとは思わない。結局、「良さそうなこと」をしている人たちが鬱陶しいのだ。自分が行動したくない理由を正当化するために、他人を罵っているにすぎない。

 では、こうした他人を批判する人たちが世の中に溢れたらどうなってしまうのか。平和警察や魔女狩り、リストラがまかり通る世の中、つまり理不尽な世の中になってしまう。だからこそ、私たちは他人を批判するよりも、行動を起こさなければいけない。何が正しいか、間違っているかを自分のアタマで考え、判断し、その判断に基づき行動していく必要がある。

 もし、「他人を批判する」よりも「自分が正しいと信じる道を突き進んでいく人たち」が世の中に溢れるようになったら――ヒーローが偽善者と罵られることもなくなるだろう。小説『火星に住むつもりかい?』は、私たちにそんなことを教えてくれる。

 関連記事

就活も恋愛も選ばれなければ始まらない/水野敬也『大金星』

 「有名企業に就職しても安心できない時代に突入した」という人たちが増えている。かつて日本が誇っていた「終身雇用制度」が終わりを迎え、いまや有名企業に就職したからといって一生安泰とはいえなくなったからだ。実際、シャープや東 …

私たちは「いつかは必ず死ぬ」/伊坂幸太郎『死神の精度』

 私たち人間には、不快に感じる出来事があっても、最後に楽しい出来事があれば、その楽しさを優先的に思いだす性質がある。同様に、どれだけ楽しい出来事があっても、最後に悲しい出来事で終われば悲しさを思いだす。これが、心理学でい …

理不尽な出来事もいつかは終わる/『首折り男のための協奏曲』

 理不尽な出来事、多いですよね。たとえば、私の知り合いでものすごく高い給料をもらっているのに、コーヒーを片手に悠々自適に仕事をしている人がいますが、その一方で、朝から晩まで血眼になって働いても、缶コーヒー1本も買う余裕の …

正しい一発逆転のやり方/阿部和重・伊坂幸太郎『キャプテンサンダーボルト』

 「こんなはずじゃなかった…」と、大人になった自分に幻滅している人たちも多いだろう。私もそのひとりだ。子どもの頃に思い描いていた「大人になった自分」は、もっと夢や希望で溢れていた。憧れの職業につき、大きな家に住み、奥さん …

何よりも大切なのは「自分らしさ」/和田竜『小太郎の左腕』

 「私は八方美人で人生をしくじった」とは、小林麻耶さんの言葉。彼女はテレビ番組『しくじり先生』で、女子アナ時代の苦労を赤裸々に語った。  小林さんは、子どもの頃から転校を繰り返していたので、ごく自然に八方美人になっていっ …

モテる女性に共通している特徴とは?/池井戸潤『不祥事』

 小説やドラマを観ていると、「本当に素敵な人だなぁ…」と心から惚れてしまう人に出会うことがあります。  たとえば、ドラマ『トリック』に出演されていた仲間由紀恵さん。本当にキレイな方なのに面白い。もちろん、ドラマの設定上「 …

「存在意義がない人」など一人もいない/東野圭吾『ラプラスの魔女』

 人間にとって大切なのは、この世に何年生きているかということではない。この世でどれだけの価値のあることをするかである。 (オー・ヘンリー)  たしかに、「価値」を生み出すことは大切だ。私たちが仕事をするのも「価値を生み出 …

低俗な雑誌や本は、読むだけで誰かを傷つける/『陽気なギャングは三つ数えろ』感想

 警察には事実を、ネットには面白い脚色を  というポリシーでブログを書かれている方も多いと思いますが、あまりにも脚色しすぎると、「とある週刊誌」のように名誉毀損で訴えられることになるかもしれません。ダイエットであれ、お酒 …

今の生き方でどれくらい生きるつもり?/『終末のフール』感想

 「才能もないのに努力するのは時間のムダだ」とか、「新しいことを始めるよりも、今やっている何かを諦めることが大切だ」っていう人いますよね。実は、こういった言葉の背後には、「私たちはいつか死ぬ」という当たり前の事実が隠され …

自分を客観的に見ることの大切さを教えてくれる漫画『デスノート』

 自分を客観的に評価できていますか?  ある有名な実験によると、多くの人が自分を客観的に評価できていないことがわかっています。その実験とは、「あなたはクルマの運転が他人よりも上手いと思いますか?」という質問に対して、約8 …