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 「政治家のイメージは?」と聞かれて「良い」と答える人は少ない。なぜなら、「国民のためよりも、自分のために働いている」ようにしか見えない政治家が多いからだ。実際、国会でのやり取りを聞いてみても、ひたすら相手の意見を批判したり、自分たちの党がどれだけ素晴らしいかをアピールしたりと、自分たちのことしか考えていない発言が多い。これでは、選挙に行かない人たちが多いのも仕方がないだろう。

 しかし、小説『アコギなのかリッパなのか』を読んで、その考えが少しだけ変わった。なぜなら、政治家の中にも、自分で考え、自分で動いて「票」を勝ち取った人たちがいることに気づいたからだ。

 物語の主人公は、佐倉聖21歳。腹違いの弟を養うために大物政治家・大堂剛の事務所で雑用係を務める大学生だ。彼は、そこで「政治とは何か」を学んでいく。

 たとえば、実際に選挙活動をしていくときに心しておかなければならないことは「選挙民たちが何を考え、求めているのか」を知ることだという。とにかく知らなければ何も始まらないからだ。しかも、「教えてください」ではなく、自分から知るように働きかけなければいけない。自分で動く、聞く。こういう行動を取れるかどうかが、有権者の印象を大きく分けるからだ。

 さらに、大堂は後先考えずにただ反対を唱えてはいけないという。今でも一部の政党では「反対!」「反対!」と繰りかえし叫んでいるが、それは少なくとも政治家のとるべき態度ではないというのである。

 そもそも、相手を批判すると、自分のほうが強くて正しいように感じてしまう。だから、人はつい、事のあら捜しをしてしまうのだ。実際、相手を批判することで、自分たちを正しく見せ、選挙を勝ち抜いてきた政治家も多い。

 しかし、「自分ならその事をどうやって実現するのか」という明確な考えと現実的な見通しなしに、相手の案をつぶしてはいけない。なぜなら、物事が進まなくなったり、あるいは、よりいい加減な案に落ち着いてしまうからだ。だから、「考えろ、論理と論拠を持ち、それから発言しろ」と大堂はいう。

 このように、本来政治家になるには相当な「考える力」と「行動力」が必要である。しかし、今の政治家たちは、認知度(元有名人)を利用したり、政党の力(いわゆる支援団体の力)で政治家になっている人たちが多い。だから、政治家はダメなのだ――と言いたくなるのを我慢して、私たち有権者にできることを考えよう。

 それは、政治を監視することだ。選挙戦以降の彼らがどれだけ行動しているか(マニフェスト実現に向けて行動しているか)を監視するのである。なぜなら、政治に無関心でいることは自分にとって損でしかないからだ。どれだけ反対運動やブログに文句を書いたところで、議会で決まったことには従うしかない。それが日本という国での仕組みだ。

 そのため、知らない間に議会で消費税増税があっさり決まったとしても、そのお金を払うしかない。税金の増税も、年金額を決める法律も、駐車違反取締り方法の変更も、すべて政治が関わっている。日本で暮らしている限り、政治とは無関係でいられないのである。

 だから、まずは投票しよう。そして、他人のあら捜しをする人や、何のビジョンもない有名人に投票するのは辞めよう。それが私たち有権者にできる唯一のことだ。そうすれば、もう少し私たち国民のことを考えてくれる人が政治家になれるかもしれない。そういう人たちが一人でも多く政治家になれば、きっとこの国でも「楽しい未来」が描けるようになるはずだ。

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