司馬遼太郎『最後の将軍』は信念のない将軍の末路を描いた物語

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信念をもって生きていますか?

私はどちらかというと、信念をもって生きているつもりですが、

司馬遼太郎さんの小説『最後の将軍』を読んで、信念を持たずに、その場その場で取り繕って行動していると、その末路は悲惨なものになると気づきました。

どれだけ頭が良くても、行動力があっても、すべてがムダに終わるんですよね。

おすすめ度:4.5

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こんな人におすすめ

  • 最後の将軍・徳川慶喜の人生を知りたい人
  • 信念のない主人公が悲しい末路を迎える物語に興味がある人
  • 幕末の物語が好きな人
  • 司馬遼太郎さんの小説が好きな人
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あらすじ:世間から期待されて将軍になった主人公の物語

物語の主人公は、徳川家で最後の将軍となった徳川慶喜。

彼は「水戸家の御隠居」と呼ばれて天下の志士たちから敬慕されていた烈公斉昭の七番目の子として生まれました。

斉昭の正妻は、登美宮吉子という有栖川宮家の王女でしたが、

彼女との間に生まれた上の兄二人は京の堂上ふうの性格、つまり武士としての見込みがなかったので、他家にやられたりしました。

慶喜だけが違っていたのです。斉昭は慶喜に家康の再来であることを期待します。

そこで斉昭は、慶喜に想像を絶するような教育をしました。手厳しい躾をしたのです。

たとえば、「寝相が悪いと武士の性根が入らぬ」と言って、二本の剃刀を「つの」のように立てた枕で寝かせたりしました。

ひっそりと寝返らない限り、頭や顔が切れるような環境で寝かせたのです。

普通であれば異常な躾に思えますが、斉昭のこうした異常な期待が、老中、将軍・家慶へと伝わり、彼らを動かしました。

幕府の筆頭老中である阿部正弘から「慶喜を一橋家に」という話が来たのです。

阿部はときどき沿岸に現れる欧米の艦船に立ち向かうために、斉昭の頭脳と胆力と人気を借りたいと考え、観心を買おうとしたのです。

こうして慶喜は、将軍になれる可能性のない水戸家から一橋家に入り、将軍への一歩を踏み出し、世間からの人気も高まりましたが…。

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他人を信じず、自分だけを頼りに生きた慶喜

慶喜は、彼を将軍にするために命がけで奔走してきた松平春嶽から、

「かの御方は、自力のみを頼みて他を顧み給わざるの御欠陥なしとは申しがたし」

と評されるほど、他人を信じず、自分だけを信じて行動していました。

そのせいで、次々と味方が敵へと変わっていきます。

たとえば、慶喜には彼の味方をしつづけた三賢侯がいましたが、このうちの二人、越前の松平春嶽と伊予宇和島の伊達宗城を「天下の愚物、天下の奸物」と罵倒したことがありました。

その原因は、慶喜を将軍にするために篤姫を家定と結婚させた島津斉彬が亡くなり、その跡を継いだ島津久光が開国の動きをかけたのですが、

その動きに慶喜が同調すれば、幕府から「薩と組み天下を横領せんとする謀反人」として葬り去られることを恐れ、開国の動きを強引に止めるために罵倒したのです。

そもそも、慶喜は開国論者でしたが、それを公言すると大混乱が起きるからといって隠していました。

そのせいで攘夷を叫ぶ志士たちが、慶喜の側近が開国を吹き込んでいるせいで、慶喜が攘夷の動きがかけられないと勘違いをして、彼の側近を暗殺していったのです。

それでも慶喜は、自分の身を守るために開国論者であることを公言せず、攘夷論者のように見せかけたまま、開国に向かって行動していきました。

では、なぜ慶喜がこれほどまでに自分のことばかり考えるようになったかと言うと…。

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水戸学の史観に縛られた生きた将軍の末路とは

ひとつは、貴族として育てられたからです。

側近が自分のせいで亡くなっても、「本望だっただろう」という考え方をしていました。

他人の気持ちに思いを馳せる想像力がなかったのです。

もうひとつは、水戸学の史観を徹底して学んだことが関係していました。

水戸学の史観は、京都朝廷を尊び、武家政権を賤む…

たとえば、後醍醐天皇に歯向かった足利尊氏を賊だとみなす歴史観でした。

この歴史観を徹底的に学んだ慶喜は、後世に自分がどう映るかだけを考えて行動するようになります。

たとえ勝てる戦でも、薩摩や長州が策略で手に入れた勅許があれば、恭順する行動を取ったのもそのためです。

その結果、慶喜が最後の将軍として江戸幕府を葬り去ることになったんですよね。

どれだけ頭が良くても、行動力があっても、信念なく自分のことだけを考えて行動すれば、そのすべてがムダに終わることがわかる物語です。

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まとめ

今回は、司馬遼太郎さんの小説『最後の将軍』について紹介してきました。

自分が後世にどう映るかを気にして行動してきた慶喜でしたが、

「つまるところ、あのひとには百の才能があって、ただ一つの胆力もない。胆力がなければ、智謀も才気も猿芝居に過ぎない」

と松平春嶽がいったように、その評価は彼の望んだものにはなりませんでした。

このように、信念なく行動すれば、どれだけ頭が良くても、行動力があっても、すべてがムダに終わることがわかる物語です。

それだけでなく、薩摩の老獪な行動に腹が立つ物語でもあり、また慶喜に信念があれば江戸幕府は存続していたのかも!?という空想が楽しめる物語でもあるので、

気になった方は、ぜひ読んでみてください。

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