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 人間にとって大切なのは、この世に何年生きているかということではない。この世でどれだけの価値のあることをするかである。

(オー・ヘンリー)

 たしかに、「価値」を生み出すことは大切だ。私たちが仕事をするのも「価値を生み出す」ためであり、究極的には「生きていること」それ自体も価値を生み出すためである。

 しかし、価値を生み出すことばかりに目を向けて、価値を生み出せない人たちを否定するのはどうなのだろうか。リストラするのはどうなのだろうか。

 小説『ラプラスの魔女』は、一見ムダに思えることにも価値があることを教えてくれる物語だ。

 「いつか国家元首やハリウッドスター級の大物の身辺警護をしてみたい」と夢見る元警察官の武尾徹は、円華という若い女性のボディーガードを依頼される。高額報酬ということもあって二つ返事で引き受けた武尾だったが、円華がどういう人物なのかは何一つ教えてもらえなかった。

 しかし、ボディーガードとして円華と行動をともにするようになった武尾は、あることに気づく。彼女の周囲では、しばしば不思議な現象が起きるのだ。たとえば、円華は風船や紙飛行機を思いどおりに飛ばすことができる。他にも、川に帽子が落ちても曲線を描きながら彼女の元へと戻ってきたり、雨がやむ時間をぴたりと当てることができる。だから武尾は、円華には「不思議な力」が備わっているのではないか、と疑いはじめる。しかし、彼が疑いはじめたのと時を同じくして、円華は武尾のもとから去っていった。

 円華が武尾のもとを去った頃、温泉地で散歩に出かけた水城義郎が硫化水素中毒によって死亡する。状況をみるかぎり、財産目当てで結婚した水城の年下の妻が怪しいのだが、気化した硫化水素の流れを自由に操ることができなければ犯行は不可能。だから、警察は水城の妻を取り締まることができなかった。

 その後、別の温泉地でも硫化水素による死亡事故が起きる。二つの事故は300キロメートルほど離れていたが、ある共通点があった。それはどちらの現場でも円華が目撃されていたのである。はてして、彼女は何のために事故現場に現れたのか――。

 さて、少しだけネタばれになるが、円華には「未来を見通すことができる力」があった。「ラプラスの悪魔」と呼ばれる能力だ。フランスの数学者であるラプラスは、「ある瞬間における原子の位置と運動量を知り、解析することができれば、不確実なことはなくなり、未来を完全に見通すことができる」と提唱した。だから、円華は「ラプラスの魔女」と呼ばれたのである。

 では、円華には世界がどのように映っているのだろうか。本書では縁日にたとえて次のように書かれている。

 縁日では、ずらりと屋台が並ぶ細い通路を大勢の人々が行き来する。しかし、ぶつかることはほとんどない。なぜか?

 それは、向こうへ行く人間とこっちへ来る人間の流れがあり、それに従っているからだ。もちろん、誰もそんなことを意識して歩いているわけではない。無意識のうちに、自分にとって楽な方法、得な方法を選んでいる。つまり、個人個人は自由な意志で動いているつもりでも、人間社会という集合体としてみた場合、その挙動を物理法則に当てはめれば予測することができるのだ。そして、円華には人間ひとりひとりが原子のようにみえているというのである。

 では、私たちひとりひとりが原子だとすると、いったい何がいえるのか。結論からいえば、一見何の変哲もなく、価値もなさそうな人々こそが社会の重要な構成要素であるということだ。

 ひとつひとつは凡庸で、無自覚に生きているだけだとしても、集合体となったとき、劇的な物理法則を実現していく。縁日の現象もそのひとつだろう。つまり、原子ひとつでは何も成し遂げられないかもしれないが、原子が集まって集合体となったときには、大きな「変化」が起こせるのである。そして、その「変化」は原子ひとつひとつの流れによって決まる。つまり、ひとりひとりがどのように行動するかによって決まるのだ。だから、この世界に存在意義のない個体などない。もちろん、ただのひとつとして。

 さて、この物語からわかることは、私たちは誰もが自分の役割を果たしているということだ。たとえ、ムダな動きをしているように見えても、それさえも意味がある。だから、ムダを省こうとするのではなく、そのムダをどうやって生かしていくかを考えるべきなのだ。

 実際、そのように考えることができれば、毎日がもっと楽しくなるはずだ。仕事だけでなく、子どもと遊んでいる時間やパートナーの愚痴を聞いている時間も、楽しくなる。なぜなら、それらはすべて誰かの役に立っているのだから――。

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