webstation plus

church_01

 「プラシーボ効果」をご存知でしょうか。

 別名、偽薬効果とも呼ばれており、たとえば夜眠れないと訴える患者に、医師が睡眠薬と偽ってビタミン剤を処方すると、患者は薬の効果を信じて安眠できるようになります。

 他にも、「もって一年」と告知された癌患者が、「絶対に治してみせる」と決意し、科学的には効用が認められていない薬品を飲むなど、自らが治ると信じた行動を続けることで癌を克服したケースがあるなど、「プラシーボ効果」には底知れないパワーが秘められています。

 このように「プラシーボ効果(信じる力)」には良い面もありますが、一歩間違えると怖ろしいことにもなりかねません。シェイクスピアの小説『リア王』がそれを物語っています。

 小説『リア王』のあらすじ

 ブリテン国の国王であるリア王は、老いてきたので三人の娘に王国を譲り、政の煩わしさから解放されたいと考えていました。そこで、領地を三分割し、娘たちに平等に分け与えようとしますが…。

 突如、リア王はこんなことを思いつきます。娘たちがどれだけ自分のことを愛しているかで分け与える領地の大きさを決めようとしたのです。

 そのことを知った娘たちの対応は極端に分かれました。長女ゴネリルと次女リーガンは、言葉の限りを尽くしてリア王に「愛している」ことを伝えましたが、三女コーディリアは姉たちのような見え透いた嘘が言えませんでした。父のことを心から大切に想っていたからです。

 お父様。お父様は私を生み、育て、かわいがってくださいました。その御恩にたいしては、私も当然の義務として、お父様に従い、愛し、敬います。お姉様たち、もしすべての愛をお父様に捧げるとおっしゃるのなら、なぜ夫など持たれたのか。私なら、もしいったん嫁いだ上は、愛情も心遣いも日々の務めも、その半分は、夫に捧げるのが当然と考えましょうに。

 しかし、この言葉を聞いたリア王はコーディリアを勘当します。長女や次女が言うように、「父というのは、娘たちから誰よりも愛される存在でなければいけない」と信じていたからでしょう。

 こうしてリア王は長女と次女に王国を譲りましたが、これが悲劇の始まりでした。王国を譲り受けた途端、長女と次女がリア王を邪魔者扱いするようになったからです。

 その後、リア王は長女と次女から追い出され、彼女たちの裏切りに対する怒りと、末娘コーディリアに対する仕打ちへの後悔から、次第に狂い始めていきます。そして、ついに狂人へと様変わりしてしまうのです。信じるもの、信じる相手を間違えた結果だと言えるでしょう。

 小説『リア王』のもう一つのあらすじ

 リア王の家臣であるグロスター伯も信じるもの、信じる相手を間違えたひとり。

 彼には二人の息子がいました。長男エドガーと次男エドマンドです。しかし、グロスター伯は二人の息子を平等に扱いませんでした。次男エドマンドが浮気相手との間に出来た子供だったからです。エドマンドは跡継ぎの候補から外されていました。

 しかし、エドマンドはグロスター伯の跡継ぎになりたいという野望を秘めていたので策を立てます。長男エドガーが財産を狙っているとグロスター伯にほのめかしたのです。最初は信じられない様子のグロスター伯でしたが、度重なるエドガーの策に嵌り、ついにはエドガーを追放してしまいました。

 では、その後、どうなったのか。グロスター伯は、リア王と同じようにエドマンドによって追放されることになりました。しかも両目を奪われて――。

 まとめ

 この物語からわかることは、信じるもの、信じる相手を間違えれば、どれだけ全うに生きたとしてもリア王やグロスター伯のように、その末路は悲惨なものになるということです。

 では、現代に生きる私たちはどうでしょうか。「お金さえあれば幸せになれる」「学歴や権力さえあれば幸せになれる」といった幻想を追い求めていないでしょうか。そういった言葉を吹き込む人を信じていないでしょうか。もし、そうだとしたら、リア王やグロスター伯のように悲しい結末を迎えることになるかもしれません。

 関連記事

「存在意義がない人」など一人もいない/東野圭吾『ラプラスの魔女』

 人間にとって大切なのは、この世に何年生きているかということではない。この世でどれだけの価値のあることをするかである。 (オー・ヘンリー)  たしかに、「価値」を生み出すことは大切だ。私たちが仕事をするのも「価値を生み出 …

就活も恋愛も選ばれなければ始まらない/水野敬也『大金星』

 「有名企業に就職しても安心できない時代に突入した」という人たちが増えている。かつて日本が誇っていた「終身雇用制度」が終わりを迎え、いまや有名企業に就職したからといって一生安泰とはいえなくなったからだ。実際、シャープや東 …

タイトルに込められた真意とは?/山本兼一『利休にたずねよ』

 小説『利休にたずねよ』には、大きな謎が三つある。  ひとつは、「利休はなぜ美の頂点に君臨することができたのか」。当時、茶の湯には人を殺してでも手に入れたいほどの麗しさがあり、道具ばかりでなく、点前の所作にもそれほどの美 …

「表現の自由」は守るべきなのか?/有川浩『図書館戦争』

 私たち日本人は、昔から「表現の自由」を制限されて生きてきた。たとえば、江戸時代。江戸時代には、キリスト教や幕府批判が禁止され、出版物から言論にいたる「幅広い表現」が取締りの対象であった。実際、幕府の軍事体制を批判する内 …

『PK』は「勇気は未来に伝染する」がテーマのSF小説

(※『PK』表紙より)  伊坂幸太郎さんの小説『PK』。三編の中編から構成されており、「勇気は未来に伝染する」がテーマのSF小説です。読み進めていくうちに勇気が湧いてくること間違いなし!?  今回は『PK』のあらすじと感 …

今の日本人には「武士道」が足りない/浅田次郎『黒書院の六兵衛』

 私たち日本人は「武士道」を失ってしまったのかもしれない。武士道とは、簡単にいえば「臆病者」「卑怯者」ではない生き方を貫くことだ。しかし、今の私たちは、たとえ「臆病者」「卑怯者」と罵られても、お金を生み出し、有名になりさ …

『残り全部バケーション』は悪人のセリフで前向きになれる小説

(※『残り全部バケーション』表紙より)  伊坂幸太郎さんの小説『残り全部バケーション』。当たり屋や強請りといった悪どい仕事で生計を立てる溝口と岡田が主人公の物語です。  しかし、溝口と岡田のセリフに促されて前向きな気持ち …

「退屈」こそが人生を切り開く/冲方丁『天地明察』

 好きでもない仕事に「のめり込む」のはリスクが高い。なぜなら、自分のミッションに気付く前に、目の前にある仕事に満足してしまう可能性があるからだ。もし、目の前にある仕事がどうしても好きになれないのなら――その仕事に打ち込む …

『アコギなのかリッパなのか』は政治が身近に感じられるミステリー小説

(※『アコギなのかリッパなのか』表紙より)  身近に感じられないだけでなく、どことなくダークな感じがする政治の世界。そんな政治の世界を身近に感じさせ、面白いミステリーに仕上げたのが畠中恵さんの小説『アコギなのかリッパなの …

あなたの人生がつまらない理由/下村敦史『生還者』

 コカイン疑惑報道を受けて、芸能界から引退することを決められた成宮寛貴さん。彼は、母子家庭で育ち、中学生のときに母親を亡くした後、弟の面倒をみるなど苦労を重ねた末に芸能界で活躍されていましたが、写真週刊誌「FRIDAY」 …