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 好きなことをするには、ある程度の「犠牲」がつきまとう。収入が減ったり、プライベートな時間が確保できなかったり、あるいは結婚や恋愛ができなかったり。それでも、「どうしてもやりたい!」と思える何かがあるのは、とても幸せなことだと思う。

 小説『眠りの森』の舞台は、とあるバレエ団。ある日、高柳バレエ団の女性団員である斎藤葉瑠子が事務所に戻ると、そこに見ず知らずの男がいた。不法侵入だ。だから、葉瑠子は自分の身を守るために近くにあったトロフィーを振り回したのだが――運悪く男の頭にトロフィーが当たってしまう。

 そのため、バレエ団は正当防衛を主張したが、加賀恭一郎をはじめとする刑事たちの捜査が始まると、いくつかの不審点が浮かび上がってきた。そうした中、今度はバレエ団の敏腕演出家が毒殺される。「このバレエ団には何かある」そう思った加賀は内部犯の線で捜査を進めていったところ――バレエのために命を捧げている女性たちの姿が浮かび上がってきた。

 たとえば、女性団員である森井靖子は、敏腕演出家である梶田の目を引くために過剰なダイエットをしていた。断食同然のダイエットだ。もちろん、梶田が痩せることを強要したことは一度もない。しかし、森井にはわかっていたのだ。彼がどういう容姿を求めていたのかが。これは考えてみればとても危険なことである。何の指示もない以上、ダンサーたちはどこまで減量を続けるべきなのかわからないからだ。

 その結果――、栄養失調や生理不順、疲労回復力の低下、怪我が多くなるなどの副作用が発生していた。それでも、森井をはじめとするバレエ団員はダイエットをやめなかった。理想の体型を実現するために、文字どおりバレエに命を捧げていたのである。

 バレエ団の一員ですらそうなのだから、トッププリマになれば求められるものはさらに大きくなる。高柳バレエ団のプリマである高柳亜希子は、恋愛を禁止されていた。「女性ダンサーに男が出来るとロクなことがない」と、高柳バレエ団の経営者であり、亜希子の母でもある高柳静子が考えていたからだ。

 では、なぜ恋愛をするとロクなことがないのか。それは、稽古に身が入らなくなるだけでなく、結婚や妊娠といった問題が出てくるからだ。このどちらも、バレエには弊害になるものだと静子は考えていた。実際、静子自身もバレエにすべてを捧げてきた。だから、亜希子は静子の本当の子どもではなく養女なのである。

 そのため、最初の事件――斎藤葉瑠子が男性を正当防衛で殺してしまった事件でも、団員の身近にいる人たちこんな言葉をささやいていた。

「しかしまあ女の子の方に怪我がなくてよかったですよ。怪我さえなきゃ、また踊れるものねえ」
「そういうものかな」
「そういうものですよ。あの子たちは自分の身体を一番大切にしている。踊れなくなることを一番怖がっているんです。こういっちゃ何だけど、ダンサーは踊れなくなったら、生きてる意味がないものねえ」

 さて、あなたは彼女たちのように「すべてを捧げてまでやりたいこと」があるだろうか。そして、文字どおり命を捧げるような行動をとっているだろうか。

 たしかに、ひとつのことに全てを捧げるのはリスクがある。失敗したときにすべてを失ってしまうからだ。それでも、「どうしてもやりたい」と思える何かがあるのは幸せだと思う。なぜなら、私たちは何かを成し遂げるために生まれてきたからだ。小説『眠りの森』は、「何のために生きるのか」を私たちに問いかけているように思う。

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