webstation plus

ballet_01

 好きなことをするには、ある程度の「犠牲」がつきまとう。収入が減ったり、プライベートな時間が確保できなかったり、あるいは結婚や恋愛ができなかったり。それでも、「どうしてもやりたい!」と思える何かがあるのは、とても幸せなことだと思う。

 小説『眠りの森』の舞台は、とあるバレエ団。ある日、高柳バレエ団の女性団員である斎藤葉瑠子が事務所に戻ると、そこに見ず知らずの男がいた。不法侵入だ。だから、葉瑠子は自分の身を守るために近くにあったトロフィーを振り回したのだが――運悪く男の頭にトロフィーが当たってしまう。

 そのため、バレエ団は正当防衛を主張したが、加賀恭一郎をはじめとする刑事たちの捜査が始まると、いくつかの不審点が浮かび上がってきた。そうした中、今度はバレエ団の敏腕演出家が毒殺される。「このバレエ団には何かある」そう思った加賀は内部犯の線で捜査を進めていったところ――バレエのために命を捧げている女性たちの姿が浮かび上がってきた。

 たとえば、女性団員である森井靖子は、敏腕演出家である梶田の目を引くために過剰なダイエットをしていた。断食同然のダイエットだ。もちろん、梶田が痩せることを強要したことは一度もない。しかし、森井にはわかっていたのだ。彼がどういう容姿を求めていたのかが。これは考えてみればとても危険なことである。何の指示もない以上、ダンサーたちはどこまで減量を続けるべきなのかわからないからだ。

 その結果――、栄養失調や生理不順、疲労回復力の低下、怪我が多くなるなどの副作用が発生していた。それでも、森井をはじめとするバレエ団員はダイエットをやめなかった。理想の体型を実現するために、文字どおりバレエに命を捧げていたのである。

 バレエ団の一員ですらそうなのだから、トッププリマになれば求められるものはさらに大きくなる。高柳バレエ団のプリマである高柳亜希子は、恋愛を禁止されていた。「女性ダンサーに男が出来るとロクなことがない」と、高柳バレエ団の経営者であり、亜希子の母でもある高柳静子が考えていたからだ。

 では、なぜ恋愛をするとロクなことがないのか。それは、稽古に身が入らなくなるだけでなく、結婚や妊娠といった問題が出てくるからだ。このどちらも、バレエには弊害になるものだと静子は考えていた。実際、静子自身もバレエにすべてを捧げてきた。だから、亜希子は静子の本当の子どもではなく養女なのである。

 そのため、最初の事件――斎藤葉瑠子が男性を正当防衛で殺してしまった事件でも、団員の身近にいる人たちこんな言葉をささやいていた。

「しかしまあ女の子の方に怪我がなくてよかったですよ。怪我さえなきゃ、また踊れるものねえ」
「そういうものかな」
「そういうものですよ。あの子たちは自分の身体を一番大切にしている。踊れなくなることを一番怖がっているんです。こういっちゃ何だけど、ダンサーは踊れなくなったら、生きてる意味がないものねえ」

 さて、あなたは彼女たちのように「すべてを捧げてまでやりたいこと」があるだろうか。そして、文字どおり命を捧げるような行動をとっているだろうか。

 たしかに、ひとつのことに全てを捧げるのはリスクがある。失敗したときにすべてを失ってしまうからだ。それでも、「どうしてもやりたい」と思える何かがあるのは幸せだと思う。なぜなら、私たちは何かを成し遂げるために生まれてきたからだ。小説『眠りの森』は、「何のために生きるのか」を私たちに問いかけているように思う。

 関連記事

『アイネクライネナハトムジーク』はクスッと笑える恋愛小説

(※『アイネクライネナハトムジーク』表紙より)  伊坂幸太郎さんの小説『アイネクライネナハトムジーク』。  「あとがき」にも書かれているように、伊坂さんにしては珍しく、泥棒や強盗、殺し屋や超能力、恐ろしい犯人、特徴的な人 …

何よりも大切なのは「自分らしさ」/和田竜『小太郎の左腕』

 「私は八方美人で人生をしくじった」とは、小林麻耶さんの言葉。彼女はテレビ番組『しくじり先生』で、女子アナ時代の苦労を赤裸々に語った。  小林さんは、子どもの頃から転校を繰り返していたので、ごく自然に八方美人になっていっ …

今の日本人には「武士道」が足りない/浅田次郎『黒書院の六兵衛』

 私たち日本人は「武士道」を失ってしまったのかもしれない。武士道とは、簡単にいえば「臆病者」「卑怯者」ではない生き方を貫くことだ。しかし、今の私たちは、たとえ「臆病者」「卑怯者」と罵られても、お金を生み出し、有名になりさ …

【随時更新】絶対に読んで欲しい名探偵コナンのおすすめ事件まとめ

(※『名探偵コナン1巻』より)  1994年から連載されている漫画『名探偵コナン』。1ヶ月ほどかかりましたが1巻から93巻まで読みました。本当に面白い漫画です。  そこで今回は、全287話の中からぜひ読んで欲しいおすすめ …

人間に与えられた「特権」を使わないなんて損!/百田尚樹『風の中のマリア』

 私たち人間には、他の生物にはない特権が与えられている。それは「目標がもてる」ということだ。  人間は、目標を追い求める動物である。目標へ到達しようと努力することによってのみ、人生が意味あるものとなる。 (アリストテレス …

タイトルに込められた真意とは?/山本兼一『利休にたずねよ』

 小説『利休にたずねよ』には、大きな謎が三つある。  ひとつは、「利休はなぜ美の頂点に君臨することができたのか」。当時、茶の湯には人を殺してでも手に入れたいほどの麗しさがあり、道具ばかりでなく、点前の所作にもそれほどの美 …

『ワールドトリガー』はバトルだけでなく思想戦も楽しめるSF漫画

『ワールドトリガー』はバトルだけでなく思想戦も楽しめるSF漫画 (※『ワールドトリガー 1巻』より)  週刊少年ジャンプに連載中の『ワールドトリガー』。現在は休載されていますが、バトルだけでなく思想戦も楽しめるので、読め …

自分を客観的に見ることの大切さを教えてくれる漫画『デスノート』

 自分を客観的に評価できていますか?  ある有名な実験によると、多くの人が自分を客観的に評価できていないことがわかっています。その実験とは、「あなたはクルマの運転が他人よりも上手いと思いますか?」という質問に対して、約8 …

「存在意義がない人」など一人もいない/東野圭吾『ラプラスの魔女』

 人間にとって大切なのは、この世に何年生きているかということではない。この世でどれだけの価値のあることをするかである。 (オー・ヘンリー)  たしかに、「価値」を生み出すことは大切だ。私たちが仕事をするのも「価値を生み出 …

今の生き方でどれくらい生きるつもり?/『終末のフール』感想

 「才能もないのに努力するのは時間のムダだ」とか、「新しいことを始めるよりも、今やっている何かを諦めることが大切だ」っていう人いますよね。実は、こういった言葉の背後には、「私たちはいつか死ぬ」という当たり前の事実が隠され …