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 「才能もないのに努力するのは時間のムダだ」とか、「新しいことを始めるよりも、今やっている何かを諦めることが大切だ」っていう人いますよね。実は、こういった言葉の背後には、「私たちはいつか死ぬ」という当たり前の事実が隠されています。

 「数年後に死ぬことがわかっていても、今の生活を続けますか」という質問にも、「私たちはいつか死ぬ」という事実が隠されており、つまり、こういった言葉には、「死」を意識させることで、今ある「生」に目を向けさせようとする意図が隠されているのです。

 私たちは「死」を頭の隅に追いやらなければ生きていけません。そうしないと、恐怖に怯えてしまいますからね。しかし、頭の隅に追いやりっぱなしでは、「生」を大切にできない、矛盾に満ちた生物です。そのため、時々は、先ほどのような質問を自分に投げかけ、「死」を意識する必要があります。

 もし最近、「死」を意識せずに、「なんとなく生きているなぁ…」と感じているようなら、伊坂幸太郎さんの小説『終末のフール』を読んでみてはいかがでしょうか。ユーモアたっぷりの物語に惹き込まれながら、いつのまにか自分の生き方を見直すキッカケになると思いますよ。

 小説『終末のフール』/あらすじ&感想

 『終末のフール』は、八年後に小惑星が衝突し、地球が滅亡するーーと予告されてから五年が過ぎた頃の物語。八篇の短編から構成されていて、それぞれ「兄を自殺に追いやった父を許せるのか」「三年後に死ぬとわかっていても子どもを産むべきか」「死ぬ前に復讐を成し遂げるべきか」などといったテーマが設定されています。

 なかでも、私がお気に入りなのは、『鋼鉄のウール』と『深海のボール』。それぞれ簡単に紹介すると:

鋼鉄のウール

 もうすぐ世界が終わりを迎えるというのに、まるでこれからも世界が続いていくかのように黙々と練習を繰り返すキックボクサーの話。彼は、以前、インタビューで、

 「俺は、俺を許すのか?って。練習の手を抜きたくなる時とか、試合で逃げたくなる時に、自分に訊くんです。『おい俺、俺は、こんな俺を許すのか?』って」

――と答えており、対戦相手が誰もいなくなった今でも、世界が終わりを迎えるというだけで練習を辞めてしまう、本当にやりたいことを諦めてしまう自分を許せずにいます。だから、どれだけ苦しい思いをしても、それがまったく意味がないことだとしても、自分を鍛え続けているわけですね。

 そんな彼だからこそ、「死ぬとわかった途端に生き方を変える人」に次のような疑問を投げかけています。

 「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」文字だから想像するほかないけれど、苗場さんの口調は丁寧だったに違いない。「あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」

 では、あなたはどうでしょうか。今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方ですか?

深海のボール

 先ほどとは打って変わって、自分のやりたいことなど何もない、むしろ、もう生きていたいとさえ思えなかった子どもが大人になったときの話。彼は子どもの頃、学校でひどい「いじめ」を受けており、「もう、生きていけない…」と思い詰めていました。そんな彼が、自分の思いを父に告白したところ、父は:

 「あのな、恐る恐る人生の山を登ってきて、つらいし怖いし、疲れたから、もと来た道をそろそろ帰ろうかな、なんてことは無理なんだよ」父は口角泡を飛ばした。「登るしかねえだろうが」

 「登る意味があるとは思えないんだって」

 「何様なんだよ、おまえは。俺は、登ったらどうですか、なんてことを言ってるんじゃねえんだよ。登れる限りは登れって命令しているんだ。それにな、たぶん、登り切ったらな、山の頂上からの景色はきっと格別だぞ」

 「やりたいことがない」「未来に希望がもてない」状態で生きることは、とても辛く、苦しいことなのかもしれません。しかし、どれだけ辛くても、苦しくても、やりたいことがなかったとしても、それでも、じたばたして、足掻いて、もがいて…、そうやって目の前にある山を必死になって登っていくしかないのです。

 だから、父は世界の終わりを前にしても、1秒でも長生きしようと、マンションの屋上に櫓を作り続けているのでしょう。

 とはいえ、私たちは、どうしてもスマートな生き方に憧れを抱いてしまいます。まったく勉強しなくても、100点が取れるような、そんなスマートな生き方を。

 しかし、本当に何もせずに100点を取っている人などいません。笑われようが、バカにされようが、いじめられようが、目の前にある道を進み続けた人だけが100点を取っているのです。つまり、どれだけ悪あがきを積み重ねていけるかが大事だということですね。

 自分の弱さや醜さをさらけ出してでも前に進み続けよう

 今回紹介した二つの物語は、たとえ未来に希望がもてなくても、「自分がやりたいと思っている道」「自分が信じた道」「自分の目の前にある道」を進み続けるしかないことを教えてくれます。それこそが、自分の人生を生きるということなのだと。

 では、あなたは、自分の人生を生きているでしょうか。なんとなく周りに流されたり、恥ずかしい思いをしたくないからとチャレンジすることをやめたり、絶望の底から未来に向かって一歩を踏み出すのを諦めてしまったりしていませんか。

 もし、そうだとしたら――今の生き方で、どれくらい生きるつもりなのでしょうか。ぜひ、考えてみてください。

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