webstation plus

water_01

 「才能もないのに努力するのは時間のムダだ」とか、「新しいことを始めるよりも、今やっている何かを諦めることが大切だ」っていう人いますよね。実は、こういった言葉の背後には、「私たちはいつか死ぬ」という当たり前の事実が隠されています。

 「数年後に死ぬことがわかっていても、今の生活を続けますか」という質問にも、「私たちはいつか死ぬ」という事実が隠されており、つまり、こういった言葉には、「死」を意識させることで、今ある「生」に目を向けさせようとする意図が隠されているのです。

 私たちは「死」を頭の隅に追いやらなければ生きていけません。そうしないと、恐怖に怯えてしまいますからね。しかし、頭の隅に追いやりっぱなしでは、「生」を大切にできない、矛盾に満ちた生物です。そのため、時々は、先ほどのような質問を自分に投げかけ、「死」を意識する必要があります。

 もし最近、「死」を意識せずに、「なんとなく生きているなぁ…」と感じているようなら、伊坂幸太郎さんの小説『終末のフール』を読んでみてはいかがでしょうか。ユーモアたっぷりの物語に惹き込まれながら、いつのまにか自分の生き方を見直すキッカケになると思いますよ。

 小説『終末のフール』/あらすじ&感想

 『終末のフール』は、八年後に小惑星が衝突し、地球が滅亡するーーと予告されてから五年が過ぎた頃の物語。八篇の短編から構成されていて、それぞれ「兄を自殺に追いやった父を許せるのか」「三年後に死ぬとわかっていても子どもを産むべきか」「死ぬ前に復讐を成し遂げるべきか」などといったテーマが設定されています。

 なかでも、私がお気に入りなのは、『鋼鉄のウール』と『深海のボール』。それぞれ簡単に紹介すると:

鋼鉄のウール

 もうすぐ世界が終わりを迎えるというのに、まるでこれからも世界が続いていくかのように黙々と練習を繰り返すキックボクサーの話。彼は、以前、インタビューで、

 「俺は、俺を許すのか?って。練習の手を抜きたくなる時とか、試合で逃げたくなる時に、自分に訊くんです。『おい俺、俺は、こんな俺を許すのか?』って」

――と答えており、対戦相手が誰もいなくなった今でも、世界が終わりを迎えるというだけで練習を辞めてしまう、本当にやりたいことを諦めてしまう自分を許せずにいます。だから、どれだけ苦しい思いをしても、それがまったく意味がないことだとしても、自分を鍛え続けているわけですね。

 そんな彼だからこそ、「死ぬとわかった途端に生き方を変える人」に次のような疑問を投げかけています。

 「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」文字だから想像するほかないけれど、苗場さんの口調は丁寧だったに違いない。「あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」

 では、あなたはどうでしょうか。今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方ですか?

深海のボール

 先ほどとは打って変わって、自分のやりたいことなど何もない、むしろ、もう生きていたいとさえ思えなかった子どもが大人になったときの話。彼は子どもの頃、学校でひどい「いじめ」を受けており、「もう、生きていけない…」と思い詰めていました。そんな彼が、自分の思いを父に告白したところ、父は:

 「あのな、恐る恐る人生の山を登ってきて、つらいし怖いし、疲れたから、もと来た道をそろそろ帰ろうかな、なんてことは無理なんだよ」父は口角泡を飛ばした。「登るしかねえだろうが」

 「登る意味があるとは思えないんだって」

 「何様なんだよ、おまえは。俺は、登ったらどうですか、なんてことを言ってるんじゃねえんだよ。登れる限りは登れって命令しているんだ。それにな、たぶん、登り切ったらな、山の頂上からの景色はきっと格別だぞ」

 「やりたいことがない」「未来に希望がもてない」状態で生きることは、とても辛く、苦しいことなのかもしれません。しかし、どれだけ辛くても、苦しくても、やりたいことがなかったとしても、それでも、じたばたして、足掻いて、もがいて…、そうやって目の前にある山を必死になって登っていくしかないのです。

 だから、父は世界の終わりを前にしても、1秒でも長生きしようと、マンションの屋上に櫓を作り続けているのでしょう。

 とはいえ、私たちは、どうしてもスマートな生き方に憧れを抱いてしまいます。まったく勉強しなくても、100点が取れるような、そんなスマートな生き方を。

 しかし、本当に何もせずに100点を取っている人などいません。笑われようが、バカにされようが、いじめられようが、目の前にある道を進み続けた人だけが100点を取っているのです。つまり、どれだけ悪あがきを積み重ねていけるかが大事だということですね。

 自分の弱さや醜さをさらけ出してでも前に進み続けよう

 今回紹介した二つの物語は、たとえ未来に希望がもてなくても、「自分がやりたいと思っている道」「自分が信じた道」「自分の目の前にある道」を進み続けるしかないことを教えてくれます。それこそが、自分の人生を生きるということなのだと。

 では、あなたは、自分の人生を生きているでしょうか。なんとなく周りに流されたり、恥ずかしい思いをしたくないからとチャレンジすることをやめたり、絶望の底から未来に向かって一歩を踏み出すのを諦めてしまったりしていませんか。

 もし、そうだとしたら――今の生き方で、どれくらい生きるつもりなのでしょうか。ぜひ、考えてみてください。

 関連記事

言葉には力がある/原田マハ『本日は、お日柄もよく』

 言葉には力がある。たとえば、2008年のアメリカ合衆国大統領選挙で、バラク・オバマ氏が民主党の候補者に選ばれたのは、「言葉の力」を用いたからだ。  当時、「次の大統領候補に」という呼び声が最も高かったのは、資金力と知名 …

人間に与えられた「特権」を使わないなんて損!/百田尚樹『風の中のマリア』

 私たち人間には、他の生物にはない特権が与えられている。それは「目標がもてる」ということだ。  人間は、目標を追い求める動物である。目標へ到達しようと努力することによってのみ、人生が意味あるものとなる。 (アリストテレス …

『フィッシュストーリー』は異なるジャンルの4作品が楽しめる中編小説

(※『フィッシュストーリー』表紙より)  伊坂幸太郎さんの小説『フィッシュストーリー』。伊坂ワールドで大人気の泥棒・黒澤が活躍する『サクリファイス』『ポテチ』など、ジャンルの異なる4作品を集めた中編小説集です。  黒澤フ …

経済格差を失くす方法を教えてくれる小説『フォルトゥナの瞳』

 世界中で経済格差が広がっています。  たとえば、アメリカのある地域では、数年前からバスの最終時刻が20時になりました。スーパーや会社などは20時を過ぎても営業しているので、もっと遅くまでバスを利用したいと思っている人た …

モテる女性に共通している特徴とは?/池井戸潤『不祥事』

 小説やドラマを観ていると、「本当に素敵な人だなぁ…」と心から惚れてしまう人に出会うことがあります。  たとえば、ドラマ『トリック』に出演されていた仲間由紀恵さん。本当にキレイな方なのに面白い。もちろん、ドラマの設定上「 …

『魔王』は自分の考えを信じる大切さを教えてくれる小説

(※『魔王』表紙より)  伊坂幸太郎さんの小説『魔王』。政治を舞台に、他人の意見に同調することの怖ろしさと自分の考えを信じる大切さを教えてくれる物語です。  今回は、『魔王』のあらすじと感想を紹介します。  『 …

あなたの人生がつまらない理由/下村敦史『生還者』

 コカイン疑惑報道を受けて、芸能界から引退することを決められた成宮寛貴さん。彼は、母子家庭で育ち、中学生のときに母親を亡くした後、弟の面倒をみるなど苦労を重ねた末に芸能界で活躍されていましたが、写真週刊誌「FRIDAY」 …

今の日本人には「武士道」が足りない/浅田次郎『黒書院の六兵衛』

 私たち日本人は「武士道」を失ってしまったのかもしれない。武士道とは、簡単にいえば「臆病者」「卑怯者」ではない生き方を貫くことだ。しかし、今の私たちは、たとえ「臆病者」「卑怯者」と罵られても、お金を生み出し、有名になりさ …

就活も恋愛も選ばれなければ始まらない/水野敬也『大金星』

 「有名企業に就職しても安心できない時代に突入した」という人たちが増えている。かつて日本が誇っていた「終身雇用制度」が終わりを迎え、いまや有名企業に就職したからといって一生安泰とはいえなくなったからだ。実際、シャープや東 …

「存在意義がない人」など一人もいない/東野圭吾『ラプラスの魔女』

 人間にとって大切なのは、この世に何年生きているかということではない。この世でどれだけの価値のあることをするかである。 (オー・ヘンリー)  たしかに、「価値」を生み出すことは大切だ。私たちが仕事をするのも「価値を生み出 …