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 恋していますか?

 私は結婚して子供がいるので、毎日のように妻や子供たちに恋していますが、伊坂幸太郎さんの小説『アイネクライネナハトムジーク』を読んで、恋っていいなぁ…と素直に思えました。

 気がつけば好きな人のことを思い浮かべていたあの頃を、甘酸っぱい気持ちと共に思い出すことが出来たんですよね。

 街頭アンケ―トが出会いに発展!?

 では、あらすじから。

 物語の主人公はマーケットリサーチ会社に勤める佐藤。

 彼は、妻と子供に出ていかれて、うろたえ、あせって重要なデータを消してしまった先輩の穴埋めをするために、課長から街頭アンケートを命じられました。

 残念ながらアンケートに協力してくれる人は、なかなか現れませんでしたが、手の甲に「シャンプー」と書いた女性が協力してくれます。

 佐藤は思わず「シャンプー」と口に出してしまいましたが、彼女は「今日、安いんですよ。忘れないように」と笑顔で答えてくれました。

 佐藤はそんな彼女のことを「良いなぁ」と思いましたが、それ以上踏み込んだ会話はしませんでした。

 後日、この話を友人の織田夫婦に話したところ、「それって出会いじゃないの」と言われます。

 かつて大学のアイドルだった織田由美は、出会いとは、そのときは何の音かわからなくても、後から思い返してみれば「あれは曲だったのか」とわかる音楽のようなものだと言うんですよね。

 さらにその後、佐藤は彼女と偶然再会します。佐藤が乗る車に指示を出した係員が彼女だったのです。そこで佐藤は…。

 他の恋愛小説とは一味違う出会いが描かれている物語

 この続きは実際に本書を読んでもらうとして、伊坂幸太郎さんの小説『アイネクライネナハトムジーク』は全6篇で構成されている短編集です。

 どれも恋愛を描いた物語なのですが、先ほど紹介した物語のように、他の恋愛小説とは一味違う出会いが描かれているので、読んでいてクスッと笑えるんですよね。

 たとえば、『ライトヘビー』では、美容室に訪れた美奈子が美容師の板橋香澄から半ば強引に弟を紹介されますが、まったく興味が持てませんでした。

 しかし、香澄に騙された弟から電話がかかってきて、しかもそのタイミングでゴキブリが出たことで「出会い」に発展します。

 『ルックスライク』では、ファミレスで客から叱られていた店員の明美を、「こちらの娘さんをどなたかご存知ないのですか」作戦で邦彦が救い出したことで「出会い」に発展します。

 他にも、落とした財布を拾ってもらったことが出会いのキッカケになったり、免許の更新日をギリギリにしたことで出会ったりと、さまざまな出会いが描かれているのですが…。

 どれも現実には起こらなさそうな出会いばかりなので、読んでいてクスッと笑えるんですよね。

 それだけでなく…。

 今すぐ誰かに恋したくなる物語

 恋愛小説とは思えない心に残るセリフが満載です。たとえば、

「じゃあ、訊くけどな。出会いって何だ」
「出会いとは、出会いだ」
「ようするに、外見が良くて、性格もおまえの好みで、年齢もそこそこ、しかもなぜか彼氏がいない女が、自分の目の前に現れてこねえかな、ってそういうことだろ?」
「そんな都合のいいことなんて、あるわけねーんだよ。しかも、その女が、おまえのことを気に入って、できれば、趣味も似てればいいな、なんてな、ありえねえよ。どんな確率だよ。ドラえもんが僕の机から出てこないかな、ってのと一緒だろうが」

 他にも、

「いいか、藤間、外交そのものだぞ。宗教も歴史も違う、別の国だ、女房なんて。それが一つ屋根の下でやっていくんだから、外交の交渉技術が必要なんだよ。一つ、毅然とした態度、二つ、相手の顔を立てつつ、三つ、確約はしない、四つ、国土は守る。そういうものだ。離婚だって、立派な選択だ。ともにやっていくことのできない他国とは、距離を置くほうがお互いの国民のためだからな」

 なんて、他の恋愛小説では絶対に出てこない、面白いセリフばかりなので、何度も読み返したくなるんですよね。

 とはいえ、恋愛小説としても心に響くものがあるので、恋していたあの頃の甘酸っぱさを思い出して懐かしい気持ちになれました。

 というわけで、伊坂幸太郎さんの小説『アイネクライネナハトムジーク』は、今すぐ誰かに恋したくなる物語としても、クスッと笑ってしまう物語としても、最後に登場人物たちのつながりに脅かされる物語としても楽しめるので、

 気になった方は、ぜひ読んでみてください。

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