webstation plus

 アパートに引っ越してきた大学生が隣の住人から「一緒に本屋を襲わないか?」と誘われて始まる物語。そんな意味不明な幕開けをする小説が伊坂幸太郎さんの『アヒルと鴨のコインロッカー』です。

 物語全体もかなり現実離れしていますが、哲学とユーモアがあれば厳しい現実に立ち向かえるかもと思えてくる物語なんですよね。前向きに頑張ろうというか、嫌なことでも立ち向かってみようというか。

 現実は想像よりも厳しい

 私たちは色々なことを甘く考えて生きていますよね。

 45歳でリストラされた人たちを見ても自分だけは大丈夫だと思っていたり、リストラされてもすぐに転職先が見つかると考えていたり、AIとロボティクスの進化で多くの仕事がなくなると聞いても他人事だと思っていたり。

 しかし、このような現実は突然訪れます。

 ペットショプで働く琴美もそんな厳しい現実に直面したひとり。彼女はペット殺しの若者たちと出会い、追いかけられるようになりますが、それは琴美が感情に任せて「あんたたち、気持ち悪い」と大声で叫んだからでした。

 しかも、パスケースを落として、名前や住所、電話番号が彼らにバレても、どこか他人事のように思っています。ツライ未来が訪れるなんて想像してないんですよね。

 琴美の元恋人の河崎もそうです。彼は多くの女性と関係をもつことで恐ろしい病気にかかりますが、まさか自分がそんな病気にかかるなんて思ってもいませんでした。

 大学進学を機にアパートに引っ越してきた椎名もそうです。河崎から「本屋を襲わないか?」と誘われると、ホイホイついて行ってしまうような甘ちゃんで、これがきっかけで人生がどうなるかなんて考えてもいません。

 このように登場人物の多くが甘い考えで生きているのですが、よくよく考えてみると、私も同じなんですよね。

 もう少し物事を真剣に考えないと…と思える物語です。

 厳しい現実に立ち向かうには哲学とユーモアが必要

 そんな中、物事を甘く考えずに生きている人物がいました。それがブータン人のドルジ。彼はブータン人らしく、宗教を自分の行動哲学としています。

 具体的には、

「善いことも悪いことも、やったことは、全部自分に戻ってくるんだ。今は違っても、生まれ変わった後で、しっぺ返しがくる」

 と信じて生きています。だから彼は、悪いことはしないで生きようと心に誓っていました。また、哲学を持たない、何をしでかすかわからない日本人を警戒していました。

 だからこそ、琴美がペット殺しの若者たちに襲われたとき、すぐに対処できたんですよね。

 とはいえ、哲学だけでは生きていけません。哲学に縛られると行動できなくなるからです。そこでドルジは河崎や琴美からユーモアを学ぼうとします。

 そのユーモアがどんなものなのか、よくわかるのが琴美のこの言葉。

「とにかく面倒だからさ、神様を閉じ込めて、全部なかったことにしてもらえればいいって。そうすれば、ばれない」

 なんだか適当な言葉ですが、このユーモアに満ちた言葉が、人生を豊かにしてくれるんですよね。なぜなら…。

 哲学とユーモアがあればつらい現実も楽しく生きられるかもしれない

 哲学をもてば物事を甘く考えたり、他人に流されることが少なくなるからです。さらに、ユーモアがあれば、つらい現実も少しは楽しくなりますよね。

 そんな思いが伝わってくる小説が『アヒルと鴨のコインロッカー』。読めば、つらい現実に直面しても、前を向いて一歩踏み出そうと思える物語です。

 ストーリーは現実離れしていますが、おすすめです。

 関連記事

厳しい現実に立ち向かうには人とのつながりを大切に/垣谷美雨『農ガール、農ライフ』感想

 「今の仕事がキツイから農業でも始めようかなぁ」「退職後に農業でも始められたらいいなぁ」…なんて考えていませんか。  もし、そんな甘い考えをしているようなら、垣谷美雨さんの小説『農ガール、農ライフ』を読むことをおすすめし …

今すぐ近所の食堂に通いたくなる小説/山口恵以子『食堂のおばちゃん』感想

(※『食堂のおばちゃん』表紙より)  外食していますか?  私は美味しい食事を取るために外食してきましたが、『食堂のおばちゃん』を読んでお店の人とコミュニュケーションを取るために外食するのもありかなと思うようになりました …

浅田次郎『黒書院の六兵衛』感想/意志の力が世界を動かす

 私たちは誰もがまわりの影響を色濃く受けていますよね。  たとえば、今勤めている会社が大規模なリストラを断行するなんて噂が流れたら、誰もがじっとしていないでしょう。転職先を探したり、リストラ対象に自分が入っていないか確認 …

『バレエなんて、きらい』は他人にあわせて生きるのはやめようと思える物語

 他人にあわせて生きていませんか?  私も昔は他人にあわせて生きていましたが、そうすることがとてもシンドイことだと気づいたので、自分らしく生きるようになりました。  それから生きるのが楽になったんですよね。  『バレエな …

秋吉理香子『ジゼル』感想/バレエの世界は嫉妬と愛憎が渦巻いている

 仕事で、嫉妬したり、愛情を注いだり、憎しんだりしていますか?  私はどちらかと言えば感情を大きく動かしながら仕事と向き合っていますが、秋吉理香子さんの小説『ジゼル』を読んでバレエダンサーたちの情熱に衝撃を受けました。 …

大人をバカにする中学生への正しい対処法/伊坂幸太郎『マリアビートル』感想

 ムカつく中学生っていますよね。大したことも出来ないくせに、大人をバカにしたり、見下したり、暴言を吐いたり…。  そんな生意気な中学生にはどのように対処すればいいのでしょうか。  もちろん、痛い目に合わせるしかありません …

知念実希人『ひとつむぎの手』感想/誰のために仕事をしていますか?

 誰のために仕事をしていますか?  私は自分と家族のために仕事をしていますが、私のように考えて仕事をしている人は多いと思います。  しかし、知念実希人さんの小説『ひとつむぎの手』の主人公は違いました。自分のためと言いなが …

シェイクスピア『リア王』は間違ったものを信じる恐ろしさを教えてくれる小説

 私たちは何かを信じて生きていますよね。  しかし、その信じているものが間違っているとしたら…。その結末は恐ろしいものになるかもしれません。  シェイクスピアの小説『リア王』を読めば、間違ったものを信じる恐ろしさに衝撃を …

適量を知ることが自分らしく生きる秘訣/柚木麻子『BUTTER』感想

 首都圏連続不審死事件をご存知ですか。多くの男性を虜にして多額の経済的援助を引き出すことに成功した女性・木嶋早苗さんが犯した殺人事件です。  しかし、彼女は若くもなく、美しくもなく、スリムな体型でもありませんでした。そん …

『子育てはもう卒業します』は自分らしく生きようと思える小説

(※『子育てはもう卒業します』表紙より)  垣谷美雨さんの小説『子育てはもう卒業します』。  3人の女性の青春時代から中年になるまでの人生を描いた小説です。読めば「子ども優先で生きるのはやめ、自分らしく生きよう」と思うこ …