webstation plus

moon_02

 「嫌われる上司の特徴ランキング」に必ずランクインしているのが、「昔の話ばかりする」ですが、「昔はすごかったんだぞ!」と言わんばかりに昔話を語って聞かせる小説があります。それが、『天切り松 闇がたり』シリーズ。

 大正時代の悪党共に、天切り松と呼ばれる老人(盗人)が昔話を通して説教をする――聞くだけで読むのがイヤになりそうな小説ですが、読んでみると本当に面白い。それだけでなく、心に沁みるんですよね。現代に生きる私たちにとって、想像を絶する世界の話だからかもしれません。

 ちなみに、現時点では5巻まで出版されており、今回は1巻の感想になります。

 物語の舞台は、大正時代の留置場。冬の夜更けに一人の老人が雑居房に入れられました。この人物こそが天切り松。彼は雑居房に居合わせた泥棒や詐欺師に早速説教をはじめます。

 「にいさん方もたかだか銭金のためにヤマを踏むてえ根性なら、これを限りにきっぱりと足を洗いなせえよ。」

 お金のために盗みを働かないのなら、なぜ天切り松は盗みを働いてきたのか。それは、「曲げてはいけない自分の道を貫くため」だと言います。

 天切り松が活躍した時代の盗人には、プロとしての誇りがありました。盗まれても困らない天下のお宝だけを奪い、貧しい人たちには救いの手を差し伸べていたそうです。そのため、「食べるのに困ったから」という理由で盗みを働く「半端者」を見つけたなら、警察に捕まる前に半殺しの目にあわせたのだとか。だから、警察からも重宝されていました。

 つまり、警察と盗人は裏で繋がっていたわけですね。そんなこともあり、「盗んだものを返して欲しい」という警察からの要請があれば、出来る限り応えていたそうです。しかし――。第二話『槍の小輔』で警察が裏切ります。彼らの師匠である「仕立て屋銀次」を捕らえたのです。そこで、天切り松の仲間である”おこん”がスジを通すために盗みを働くわけですが、これがカッコ良すぎなんですよね。

 おこんは、警察に返した獲物を再び盗んで、相手の目の前で川に投げ捨ててしまいました。そして、「そんなムダなことをして何になる」という相手からの質問に対してこう答えます。

 「無益だって?――ふん、いいかい閣下。世の中にゃ銭金より大事なもんが、いくらだってあるんだ。てめえのような長州の芋侍にはわかるまい。どうりで薄ぼんやりと花火を見てやがると思ったら、ハハッ、どんと上がって消えちまう無益なもんの有難味を、てめえは知らなかったんだねえ」

 最近では、仕事でも、プライベートでも、家計でも、「ムダを減らして効率よく!」をモットーに生きている人たちが多いと思います。しかし、数十年後には、私たちがしている仕事のほとんどが機械化すると言われていますよね。そうなると、私たちは機械にとっての「ムダ」になるかもしれませんよ。

 そもそも、私たちは日々老いています。どんどん出来ないことが増えていく日が必ず訪れます。しかも、これから日本は超高齢化社会に突入すると言われていますよね。このとき、社会全体が効率のみを追求していたら――間違いなく大勢の人たちが不幸になるでしょう。

 また、第四話『衣紋坂から』では、天切り松の姉が父の借金の肩代わりとして女郎になったことを通し、「必要悪」というものがあることを教えてくれます。

 自由平等は結構なことでござんすよ。だが、口で言う連中は、どだい女郎の苦しみなんざ知らぬ坊ちゃん、嬢ちゃんだ。やつらが人権がどうの差別がどうのってえ、太鼓たたいて足抜けさせた女どもが、それからどうなったか。国に帰ってまっとうな暮らしを始めた者なんぞ、ただのひとりもいやしねえ。

 最近では、「必要悪」以前に「どうでもいいこと」で炎上していますよね。たとえば、新幹線の電光掲示板に時刻を表示しないのは、電車の発車時刻と少しでもずれているとクレームをつけてくる人がいるからだそうです。こんなことで、クレームをつける人たちが増えているなんて…。自殺をする人が増えるのも、こんな生きにくい世の中では仕方がないのかもしれませんね。

 というわけで、小説『闇の花道』は、私たちに「ムダ」の大切さを教えてくれます。「効率」ばかりを追い求めている人は、天切り松の説教を聞いてみてはどうでしょうか。そうすれば、ムダの大切さがわかり、今よりも生きやすい社会を築く一歩になるかもしれませんよ。

 関連記事

ヒーローと偽善者は紙一重/伊坂幸太郎『火星に住むつもりかい?』

 私たちが住む世界には「理不尽」があふれている。たとえば、リストラがそう。どれだけ会社のために尽くして働いてきたとしても、対象に選ばれた社員は、結局、退職するしかない。何をどう訴えてもだ。もし仮に必死になって訴えた結果、 …

40歳以降の人生を輝かせる方法/重松清『トワイライト』

 40歳という年齢は、「人生の節目」なのかもしれない。  たとえば、有名な心理学者であるユングは「40歳は人生の正午である」と言った。人生を太陽の軌道にたとえるなら、40歳は正午(ピーク)であり、それを過ぎると衰えていく …

「表現の自由」は守るべきなのか?/有川浩『図書館戦争』

 私たち日本人は、昔から「表現の自由」を制限されて生きてきた。たとえば、江戸時代。江戸時代には、キリスト教や幕府批判が禁止され、出版物から言論にいたる「幅広い表現」が取締りの対象であった。実際、幕府の軍事体制を批判する内 …

私たちは「いつかは必ず死ぬ」/伊坂幸太郎『死神の精度』

 私たち人間には、不快に感じる出来事があっても、最後に楽しい出来事があれば、その楽しさを優先的に思いだす性質がある。同様に、どれだけ楽しい出来事があっても、最後に悲しい出来事で終われば悲しさを思いだす。これが、心理学でい …

宝くじに当選しても「幸せになれない人」とは/川村元気『億男』

 「宝くじで3億円が当たったら何がしたい?」――あなたは、この質問になんて答えるだろうか。もし、「世界一周旅行がしたい」「高級車が欲しい」「豪邸を建てたい」なんてごくありふれた答えしか浮かばないようなら、たとえ3億円を手 …

あなたの人生がつまらない理由/下村敦史『生還者』

 コカイン疑惑報道を受けて、芸能界から引退することを決められた成宮寛貴さん。彼は、母子家庭で育ち、中学生のときに母親を亡くした後、弟の面倒をみるなど苦労を重ねた末に芸能界で活躍されていましたが、写真週刊誌「FRIDAY」 …

低俗な雑誌や本は、読むだけで誰かを傷つける/『陽気なギャングは三つ数えろ』感想

 警察には事実を、ネットには面白い脚色を  というポリシーでブログを書かれている方も多いと思いますが、あまりにも脚色しすぎると、「とある週刊誌」のように名誉毀損で訴えられることになるかもしれません。ダイエットであれ、お酒 …

「対等な関係」ってどんな関係?/伊坂幸太郎『チルドレン』感想

 伊坂幸太郎さんの小説『チルドレン』は、家裁調査員という聞きなれない職業を目指す学生時代と、その職業に就いてからの出来事を描いた物語です。『サブマリン』という続編が出ているので、復習の意味もこめて再読したのですが、本当に …

今の日本人には「武士道」が足りない/浅田次郎『黒書院の六兵衛』

 私たち日本人は「武士道」を失ってしまったのかもしれない。武士道とは、簡単にいえば「臆病者」「卑怯者」ではない生き方を貫くことだ。しかし、今の私たちは、たとえ「臆病者」「卑怯者」と罵られても、お金を生み出し、有名になりさ …

理不尽な出来事もいつかは終わる/『首折り男のための協奏曲』

 理不尽な出来事、多いですよね。たとえば、私の知り合いでものすごく高い給料をもらっているのに、コーヒーを片手に悠々自適に仕事をしている人がいますが、その一方で、朝から晩まで血眼になって働いても、缶コーヒー1本も買う余裕の …