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 好きでもない仕事に「のめり込む」のはリスクが高い。なぜなら、自分のミッションに気付く前に、目の前にある仕事に満足してしまう可能性があるからだ。もし、目の前にある仕事がどうしても好きになれないのなら――その仕事に打ち込むのは止め、退屈な日々を過ごしてみるのも「ひとつの方法」だろう。

 小説『天地明察』の主人公・渋川春海(またの名を安井算哲)は幕府から与えられた仕事に退屈していた。決まった時刻に登城し、偉い人たちに碁の定石を教える仕事――真剣勝負をすることなどない、ひたすら決まりきったパターンの碁を教える仕事に飽き飽きしていた。

 だから、彼は退屈な日々から抜け出そうと娯楽に走る。算術だ。当時(江戸時代)、算術は技芸や商売の手段である一方、純粋な趣味や娯楽でもあった。機会があれば老若男女、身分を問わずに誰もが学んでいたのである。

 春海は算術にのめりこんだ。どれだけ「のめりこんだ」かといえば、出仕する前のわずかな時間――早朝から駕籠(かご)に乗って神社に向かい、そこに奉納されている絵馬と向き合うほど。当時、絵馬には算術の問題を記して奉納する「算額」と呼ばれるものがあった。多くの数学者や数学愛好者たちが「俺の問題が解けるならといてみろ!」と言わんばかりに、算術の問題を書いた絵馬を身銭を切って奉納していたのである。春海はこの算額に挑戦するためにわずかな時間でも神社に通っていたのだ。

 そんな春海に転機が訪れる。算術と神道の才を見込まれ、会津藩主・保科正之から日本全国の北極出地調査を命じられたのだ。北極出地とは、北極星の高度を測り、その場所の緯度を求めること。当時は、正確な「暦」がなかったので、新たな「暦」を打ち立てるための事前準備であった。

 春海が「暦の事実」を知ったのは、北極出地部隊の隊長である建部昌明、副隊長の伊藤重孝から打ち明けられたから。当時、暦は、政治、経済、宗教、文化のすべてに影響を与える重要な存在であった。ところが、西暦862年に唐から伝わった「宣明暦」には大きな欠陥があった。800年の間に2日のズレが生じるという欠陥だ。

 春海はこの2日のズレを埋めるべく新しい暦を作ることを決意する。しかし、暦を作るには様々な障害があった。まず、星や太陽の観測をもとに膨大な計算をする必要がある。パソコンなどない時代にだ。さらに、改暦は朝廷が司る仕事であり、幕府が簡単に口出しできるものではない。すなわち、聖域への介入問題も解決しなければならなかった。

 しかし、春海はこれらをさほど大きな問題だとは思わなかった。彼がもっとも怖れたのは、本当の喜びを知らずに死んでいくこと。すなわち、一生が終わる前に「新しい暦を作りたい」という想いが死に耐えることだった。

 春海がこのような気持ちになれたのは、建部昌明、伊藤重孝の存在が大きかったからだろう。彼らは春海よりも一回りも二回りも年齢を重ねていたが、壮大な夢をもっていた。建部の夢は渾天儀(こんてんぎ)という天の星々を余さず球技に表現したものをつくること(ちなみに、この原理を発展させたのが、現在のプラネタリウムである)。伊藤の夢は「分野」という星の一つ一つを国土に当てはめる中国の占星思想を、日本全土にあてはめることだった。

 春海は、彼らから「何かを始めるのに遅いことなどない」ことを学ぶ。そして、「たとえ自分ひとりの人生では実現できなくても、次の世代に託すことでその夢は実現できる」ことを教わる。すなわち、彼らは自分の夢を春海に託したのである。だから、春海は、彼らの夢の延長線上にある「改暦」に自分の人生を捧げる決意をしたのだ。

 こうして春海は、退屈だった日々を抜け出し、人生をかけるに値するミッションを見つけ出した。しかし――もし彼が「碁」という仕事に満足していたのなら、算術にのめりこむことも、改暦という夢に出会えることもなかっただろう。

 さて、この物語からわかることは、目の前にある仕事が好きになれないのなら、退屈な日々を過ごし、本当にやりたいことを見つけたほうがいいということ。あのスティーブ・ジョブズも「本当に情熱を注ぎ込めるものをみつけるまで、皿洗いか何かの仕事をしたほうがいい」といっているとおりだ。

 もちろん、「目の前にある仕事」に真剣に取り組むことで、その仕事が好きになり、成功している人たちも大勢いる。だけど、どうしても目の前にある仕事が好きになれないのなら――ムリに好きになる必要などない。むしろ、退屈な時間を大切にすれば「自分のミッション」に気づくためのエネルギーが溢れ出てくるだろう。

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