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 私たち日本人は「武士道」を失ってしまったのかもしれない。武士道とは、簡単にいえば「臆病者」「卑怯者」ではない生き方を貫くことだ。しかし、今の私たちは、たとえ「臆病者」「卑怯者」と罵られても、お金を生み出し、有名になりさえすれば「成功者」と称えられる――そんな世界で生きている。

 たとえば、私たちはこれから「超高齢社会」を迎えることになる。現在の日本では現役世代2.4人で老人1人を養っているが、2050年には現役1.2人で老人1人を支えることになる。そのため、年金や医療費といったお金の捻出方法だけでなく、介護や孤独死問題など今から解決手段を考えておくべき問題は山積みだ。

 それにも関わらず、テレビをつけても、ネットをみても、この問題を真剣に解決しようとしている人は少ない。「話題づくり」や「金儲け」のためなのか、相変わらず「政府が悪い」とか、「高齢者自身にも問題がある」とか、「老害」だとかいって、自分以外の誰かを批判するだけで何の行動も起こそうとはしない。これでは「武士道のカケラ」もないではないか――そう思いたくもなる。

 小説『黒書院の六兵衛』は、そんな私たちに「武士道」の大切さを教えてくれる。

 物語の舞台は、幕末の江戸城。すでに鳥羽伏見の戦いが終わり、十五代将軍慶喜は上野寛永寺で謹慎していた。そして、勝海舟と西郷隆盛の談判によって、江戸城は無血開城することに決まっていたのだが――そんな江戸城に居座るひとりの人物がいた。彼の名前は「的矢六兵衛」らしい。というのも、彼は一言も発せず江戸城に居座り続けていたからだ。

 六兵衛は、まるで無血開城の談判などなかったかのように、御書院番士としての任務を全うする。御書院番士の持場である虎の間に今でも無言で居座り続けているのだ。では、なぜ彼は居座り続けるのか。

 その謎を解き明かす役目を与えられたのが、尾張藩江戸詰めの下級武士・加倉井隼人である。加倉井は、江戸城を無血開城し、天子様を迎える準備を整える任務を与えられていた。そのため、六兵衛を切り捨てるわけにもいかず、どうにか説得して穏便に江戸城から追い出す必要があった。

 しかし、どれだけ説得を試みたところで六兵衛は返事をしようとさえしない。そればかりか、「何をバカなことを言っているのだ」といわんばかりに鼻で嗤われる始末。そこで、加倉井は仕方なく的矢六兵衛なる人物がどのような人物なのか調査することに。

 その結果、わかったことは――「虎の間にあるというその侍は、的矢六兵衛であって的矢六兵衛ではない」ということ。すなわち、六兵衛と名乗っている侍は、六兵衛という名と身分を大金で買い取り、本物の六兵衛とすり替わっていたのだ。では、なぜ偽・六兵衛は、価値がなくなることがわかりきっている御書院番士という身分を大金を払ってまで買い取ったのだろうか。

 彼は、誰かが「武士としての責任をとる必要がある」と考えていた。十五代将軍慶喜は何ひとつせずに上野寛永寺で謹慎している。江戸城に残った武士たちも、これまでの権威が失われるかもしれない恐怖に怯え、そしてこれからの生活に想いを馳せている。その他の武士たちも、新政府での自分の価値を高めることに必死になっている。

 つまり、誰一人として最後まで武士としての務めを果たそうとはしていなかった。このままでは、これまで命がけで闘ってきた武士たちが報われない。これまで真面目に任務に励んできた武士たちが報われない――。そこで、偽・六兵衛は、自分が武士としての生き様を貫き通す役目、つまり、全てが終わるまで「これまでと変わらない生活を全うする役割」を自ら買ってでたのである。

 誰かがなさねばならぬ務めを誰もやろうとせぬのなら、おのれが進んでなさねばなるまい。また、誰かがなさねばならぬ務めをみながやりたがるのなら、おのれは引き下がらなければなるまい。それが武士たるものの心がけでござろう。

 さて、私たちも六兵衛と同じように、これから「時代の変革期」を迎えることになる。超高齢社会の到来だけでなく、ロボットの発達によって仕事の大半が自動化されたり、医療の発達によって100歳を超えても元気で過ごせるような時代を迎えることになる。そんなとき、これまでの役割を捨て去って、いち早く時代の波に乗ることも大切なのだろうが、そういう生き方だけが「正しい」と考える人生はむなしい。

 時代に乗り遅れたり、終末を迎える人たちを「老害だ」「時代遅れだ」と批判するのは簡単だが、そういう人たちがいたからこそ、今の私たちが「ある」。小説『黒書院の六兵衛』は、武士道とは何かを教え、そして全ての人に敬意を払うキッカケを与えてくれる。

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