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 「宝くじで3億円が当たったら何がしたい?」――あなたは、この質問になんて答えるだろうか。もし、「世界一周旅行がしたい」「高級車が欲しい」「豪邸を建てたい」なんてごくありふれた答えしか浮かばないようなら、たとえ3億円を手に入れたところで幸せにはなれないだろう。なぜなら、「ここではないどこか」に幸せがあると勘違いしているからだ。

 たしかに、お金には「欲しいもの」を手にするだけの力がある。しかし、あなたは本当に欲しいものがわかっているだろうか。本当に欲しいものがわかっていないから、世間一般でいわれている「世界一周」「大きな家」「幸せな家族」を追い求めているのではないだろうか。すなわち、「ここではないどこか」にお金が連れて行ってくれると期待しているのではないだろうか。

 もし、そうだとしたら、大金を手に入れたところで幸せにはなれないだろう。お金には世間一般で言われている「漠然とした夢」を現実にする力はあっても、「あなたが本当に実現にしたい夢」を現実にする力はないからだ。だから、宝くじに当選した人たちのその後の人生が、悲惨なものになってしまうのかもしれない。

 小説『億男』の主人公である一男も宝くじに当選したひとり。それまでの彼は失踪した弟の借金を肩代わりし、それが原因で妻子と別居していた。毎日の生活といえば、借金返済のために朝から晩まで働き続けるだけ。まったく余裕のない毎日を過ごしていたのである。

 しかし、ある日。彼に転機が訪れる。福引で手に入れた宝くじが3億円に当選していたのだ。彼は「これで家族が取り戻せる、幸せになれる」と喜んだのだが――家族は帰ってこなかった。そればかりか「自分が本当に欲しかったもの」が何なのかを見失ってしまう。

 そんなときに思い出したのが、ITベンチャーで大金持ちになっていた大学時代の親友、九十九。一男は九十九に会って「お金の使い方」と彼が探し求めていた「お金と幸せの答え」を教えてもらおうとする。しかし、九十九は一男と再会した翌日に、一男の三億円と共に姿を消してしまった。ここから、一男の旅が始まる。

 九十九を探す為にかつて九十九と同僚だった人たちと会うことにした一男だったが、彼らとの出会いを通して「お金と幸せの関係」について学んでいくことになった。

 ある女性は、古びた集合住宅に住んでいるが、押し入れの中には数十億円という大金が眠っていた。しかし、彼女は夫にはそのことを打ち明けていない。お金があることで夫が働かなくなってしまうのを怖れたからだ。しかし、実は夫は彼女が大金を隠し持っていることを知っている。だけど、それを彼女に告げる勇気はない。このように、彼女夫婦は、お金のせいで愛情を失うことを怖れる毎日を過ごしていたのである。

 また別の男性は、所持金を減らすためにギャンブルに明け暮れる毎日を過ごしていた。では、なぜ彼は所持金を減らしたいのか。それは、よくわからない親戚や友人たちが多く集まってきたからだという。そのせいで、彼は自分のところにくる人間はすべて金目当てだと思うようになった。もちろん、本物の友情もあるはずだ。しかし、彼は友達に裏切られることに怯え、本当の恋をしていても、その女性が金目当てのように思ってしまうほど人が信じられなくなっていた。そうして、友人や恋人を失っていった。

 他にも、自己啓発セミナーでお金の意味を説き、信者から膨大な金を巻き上げている男もいる。彼はそのセミナーがウソで役に立たないことに気づいていながらも、やめようとはしなかった。お金が欲しいからではない。彼を信じる人たちとの関係を失いたくなかったからだ。たとえ、それが利害で結ばれた関係であろうとも、彼にはそれしかなかったのである。

 このように、一男は、彼らと出会うことでお金の負のエネルギーを見せつけられることになった。彼らは大金を手に入れる代償として、愛情や友情、そして信頼といった大切な何かを失っていた。そして、九十九と再会した一男は大切なことに気づく。それは、「想像力を持って、世界のルールを知る。そして勇気を持ってやりたいことに踏み込む。その勇気さえあれば、ほんの少しのお金で充分だと思える」ということを。

 さて、この物語を通してわかることは、たとえ大金を手に入れたとしても、本当に欲しいものがわかっていなければ、お金が原因で不幸になってしまう可能性が高いということだ。すなわち、九十九の同僚たちのようにお金の力に負けてしまう。

 では、どうすればいいか。本当に自分が欲しいものとは何かを常日頃から考えておくことだ。世間一般で言われているモノではなく、本当に心から手にいれたいと思うなにか――ブロガーや小説家としての成功、ハンドメイド作家としての活躍…といった「自分の夢」を理解しておくべきだ。そうすれば、たとえ大金を手に入れたとしてもお金の力に負けることはないだろう。もちろん、それだけでなく、お金の力を使って「今よりも楽しい毎日」を過ごせるはずだ。

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