webstation plus

tea_01

 小説『利休にたずねよ』には、大きな謎が三つある。

 ひとつは、「利休はなぜ美の頂点に君臨することができたのか」。当時、茶の湯には人を殺してでも手に入れたいほどの麗しさがあり、道具ばかりでなく、点前の所作にもそれほどの美しさがあると考えられていた。音楽や絵画などを含めた芸術のなかで、最も優れていたのが茶道であり、その頂点に立っていたのが千利休である。

 では、なぜ利休は茶道の頂点に立つことができたのか。それは、若い頃に愛し、そして殺してしまった高麗の女性に、「もう一度、茶を振舞いたい」という想いを持ち続けていたからだ。「最高の茶を飲ませたい」「もてなしてやりたい」という叶わぬ夢を実現するために、一心腐乱に茶の湯に取り組んできたからである。

 あの豊臣秀吉も、茶の湯を評価していた。しかし、その評価は利休とは違い、「人を手管につかうための手段」としての評価だった。

 たとえば、五人の部下がいたとする。五人のなかの二人だけ、狭い茶室に召して馳走し、上杉家伝来の名宝などを見せたとする。すると、召された二人はどんな気持ちになるか、召されなかった三人はなんと思うか。きっと、召された二人は誉れに感じ、召されなかった三人は嫉妬することになるだろう。すなわち、茶の湯とは、人の心を狂わせる魔性の遊芸であり、人たらしの秀吉にとっては「どうしても身につけておきたい芸術」だったのである。

 だから秀吉は、茶の湯の頂点に立つ利休に嫉妬していた。これが二つ目の謎「なぜ、利休は切腹を命じられたのか。そしてなぜ利休は、多くのとりなしを振り切り、打開策を取らずにあえて秀吉と対立し、切腹したのか?」につながっていく。

 秀吉は利休に切腹を命じた。その理由は二つ。大徳寺山門に安置された利休の木像が不敬であること。そして、茶道具を法外な高値で売り、売僧となりはてたことであった。しかし、木像は山門重層部寄進の礼として大徳寺側が置いたものであるし、茶道具のことなど言いがかりもはなはだしい。つまり、理由などどうでも良く、秀吉は利休に頭を下げることを求めたのである。

 しかし、利休は頭を下げなかった。「天下をうごかしているのは、武力と銭金だけではない。美しいものにも、力がある。美の深淵を見せつけ、あの高慢な男の鼻をへし折ってやりたい」――そういう対抗意識があったからだ。だから、多くのとりなしを振り切り、打開策も取らずにあえて切腹したのである。

 最後に、三つ目の謎。それは、本書『利休にたずねよ』というタイトルに込められた真意である。作家の宮部みゆきさんは、文庫本の解説で、「作者は利休に、何を『たずねよ』と呼びかけているのか。一人ひとりの読者によって、この<解>は異なるかもしれません。これこそが小説の醍醐味です」といわれている。

 そして、「利休さん、あなたがもっとも深く愛した女性は、やっぱり宗恩ですね」と続ける。「高麗の女性ではなく、奥さんである宗恩を最も愛したんですよね」と尋ねることが宮部さんの解だというのだ。

 ちなみに、私の見解は宮部さんのものとは違う。秀吉が悔し紛れに発した言葉、それこそが「利休にたずねよ」だと考えている。

 秀吉は利休が切腹したことを悔やんでいた。美をあやつることで利休に適わなかった秀吉は、利休が切腹したことで永遠に適わなくなってしまったからだ。そうして、美の頂点を手に入れた秀吉は、ある日部下から「どうすれば美の頂点が極められるのでしょうか」と尋ねられる。そこで悔し紛れに放った言葉が――「利休にたずねよ」ではないか。そう考えている。

 もちろん、これはひとつの仮説にすぎない。他にもいろいろな解が考えられるだろう。あなたも本書を読んで、自分なりの「解」を考えてみてはどうだろうか。

 関連記事

モテる女性に共通している特徴とは?/池井戸潤『不祥事』

 小説やドラマを観ていると、「本当に素敵な人だなぁ…」と心から惚れてしまう人に出会うことがあります。  たとえば、ドラマ『トリック』に出演されていた仲間由紀恵さん。本当にキレイな方なのに面白い。もちろん、ドラマの設定上「 …

低俗な雑誌や本は、読むだけで誰かを傷つける/『陽気なギャングは三つ数えろ』感想

 警察には事実を、ネットには面白い脚色を  というポリシーでブログを書かれている方も多いと思いますが、あまりにも脚色しすぎると、「とある週刊誌」のように名誉毀損で訴えられることになるかもしれません。ダイエットであれ、お酒 …

就活も恋愛も選ばれなければ始まらない/水野敬也『大金星』

 「有名企業に就職しても安心できない時代に突入した」という人たちが増えている。かつて日本が誇っていた「終身雇用制度」が終わりを迎え、いまや有名企業に就職したからといって一生安泰とはいえなくなったからだ。実際、シャープや東 …

『フィッシュストーリー』は異なるジャンルの4作品が楽しめる中編小説

(※『フィッシュストーリー』表紙より)  伊坂幸太郎さんの小説『フィッシュストーリー』。伊坂ワールドで大人気の泥棒・黒澤が活躍する『サクリファイス』『ポテチ』など、ジャンルの異なる4作品を集めた中編小説集です。  黒澤フ …

人間に与えられた「特権」を使わないなんて損!/百田尚樹『風の中のマリア』

 私たち人間には、他の生物にはない特権が与えられている。それは「目標がもてる」ということだ。  人間は、目標を追い求める動物である。目標へ到達しようと努力することによってのみ、人生が意味あるものとなる。 (アリストテレス …

今の日本人には「武士道」が足りない/浅田次郎『黒書院の六兵衛』

 私たち日本人は「武士道」を失ってしまったのかもしれない。武士道とは、簡単にいえば「臆病者」「卑怯者」ではない生き方を貫くことだ。しかし、今の私たちは、たとえ「臆病者」「卑怯者」と罵られても、お金を生み出し、有名になりさ …

『まほろ駅前多田便利軒』は心の奥底を揺さぶられる小説

(※『まほろ駅前多田便利軒』表紙より)  三浦しをんさんの小説『まほろ駅前多田便利軒』。人間の闇の部分に焦点を当て、それを暗すぎず、明るすぎず、ちょうどいい文体で描かれた小説です。読み進めていくうちに心の奥底を揺さぶるこ …

『PK』は「勇気は未来に伝染する」がテーマのSF小説

(※『PK』表紙より)  伊坂幸太郎さんの小説『PK』。三編の中編から構成されており、「勇気は未来に伝染する」がテーマのSF小説です。読み進めていくうちに勇気が湧いてくること間違いなし!?  今回は『PK』のあらすじと感 …

「退屈」こそが人生を切り開く/冲方丁『天地明察』

 好きでもない仕事に「のめり込む」のはリスクが高い。なぜなら、自分のミッションに気付く前に、目の前にある仕事に満足してしまう可能性があるからだ。もし、目の前にある仕事がどうしても好きになれないのなら――その仕事に打ち込む …

「表現の自由」は守るべきなのか?/有川浩『図書館戦争』

 私たち日本人は、昔から「表現の自由」を制限されて生きてきた。たとえば、江戸時代。江戸時代には、キリスト教や幕府批判が禁止され、出版物から言論にいたる「幅広い表現」が取締りの対象であった。実際、幕府の軍事体制を批判する内 …