次々と成果を出しても幸せにはなれない?/アート思考で自分だけの答えを見つけよう

ライフハック

次々と成果を出して、他人から認められて、幸せになりたいと思っていませんか?

私はそう思っていましたが、「アート思考」を知ってからは、考えを改めました。

どれだけ成果を出しても、自分なりの答えを見つけない限り、幸せにはなれないことに気づいたんですよね。

スポンサーリンク

成果という花ばかりを追い求めていませんか?

アートを植物でたとえると、「表現の花」「興味のタネ」「探求の根」の3つからできています。

このなかで、私も含めて大勢の人たちが求めているのは、「表現の花」…アートでいうところの作品とそれによる評価、成果だと思いますが、

実は、空間的にも時間的にも大部分を占めるのは、たんぽぽと同じく、目に見える「表現の花」ではなく、地表に顔を出さない「探求の根」の部分です。

つまり、アートにとって本質的なのは、作品が生み出されるまでの過程の方なんですよね。

アートはすべて「興味のタネ」から始まります。

アーティストは、地上の流行・批判・環境変化などをまったく気にかけず、それらとは無関係のところで「地下世界の冒険」に夢中になって過ごします。

そんな根が、あるとき1つにつながり、花が咲いて誰よりも堂々と輝く…これが真のアーティストです。

真のアーティストは、花を咲かせることにはそれほど興味がなく、根を伸ばすことを楽しんでいます。花は単なる結果でしかないことを知っているからです。

一方で、私たちは花を咲かせることばかりに意識が向いています。

他人が定めたゴールに向かって手を動かし、次々と花を咲かせることを期待して生きています。

ところが、どれだけ花を咲かせ続けても、根が張れていないので、他の人にも簡単に真似され、しかも早く精密に作られてしまうんですよね。

そんな状況に陥ったら、打つ手がありません。

さて、私たちの住む世界では、劇的な変化が日々起こっています。

たったひとつのテクノロジーが、全世界の枠組みをまるごと変えてしまうことも、もはや珍しくありません。

それにも関わらず、これまでと同じように世界が変化するたびに新たな正解を見つけていくのは、もはや不可能であり、無意味でもあります。

ましてや、人生100年時代が到来する近未来では、「これさえやっておけば大丈夫」という正解がないため、自分なりの答えを持って生きていかなければ苦しむことになります。

そこで、これまでの正解を求める生き方とは別の生き方をする必要に迫られるわけですが、

このときに役立つのが「アート思考」です。

スポンサーリンク

アート思考とは何か?

アート思考とは、

  1. 「自分だけのものの見方」で世界を見つめ
  2. 「自分なりの答え」を生み出し
  3. それによって「新たな問い」を生み出す

という3つのステップを踏む思考法です。

自分なりの視点で物事を見つめて、自分なりの答えをつくりだすための作法です。

たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチは、目に見えるものすべてを把握しようとしていました。

師匠から教わった絵の書き方や書物にある知識だけでは満足できず、自分の目と手を使って自然界を徹底的に観察し、あらゆる事象を理解しようとしたのです。

30体以上の人体を解剖し、膨大な数のスケッチと研究で人体の構造を探ろうとしたり、

昆虫や鳥の飛翔原理の分析をしたり、太陽は動かないという言葉を研究ノートに書いたりしていました。

ダ・ヴィンチがやっていたのは、自分の内側にある興味をもとに自分のものの見方で世界をとらえ、自分なりの探究を続けるというアート思考のプロセスそのものです。

実際、アートの世界では、自分なりのものの見方で大きな花を咲かせた人たちが大勢います。

その一部を紹介すると…。

スポンサーリンク

自分なりの答えを見つけ出したアーティストたち

16世紀ごろのルネサンス画家たちは、自分が描きたいものを好きなように描くという考えはほとんどありませんでした。

教会やお金持ちに雇われ、依頼された絵を描いていたのです。

教会が求めたのは、キリスト教をテーマにした絵です。王侯貴族たちは肖像画を求めました。

そこから時代が進んで17世紀になると、裕福な市民が登場し、

「風景」「日常生活」「静物」などを題材にした絵を欲しがるようになったので、画家たちはその絵を描くようになりました。

つまり、20世紀になる前の画家たちは、他人に定められたゴールに向かって、目に映った通りに絵を描いてきたのです。

ところが、20世紀に入るとカメラが登場したので、これまでのゴールが崩れ去ってしまいます。

カメラの方が早く精密に現実を映し出すことが出来るからです。

こうしてアーティストたちは、「アーティストでしか実現できないことはなんだろう?」と探求の根を伸ばし始めました。

たとえば、マティスは妻の肖像画で、鼻を緑に描くなど、色を色として使う自分なりの答えを見つけました。

ピカソは「リアルさって何だろう」と考えて、これまで使われていた遠近法ではなく、さまざまな視点から眺めたものを1つの画面に再構成するという答えを導き出しました。

カンディンスキーは、何も具体的なものを描かないという答えを導き出したのです。

つまり、20世紀のアートの歴史は、過去のアートの常識からの解放をめぐる歴史に他なりません。

「目に映る通りに描くこと」や「遠近法」といった従来の当たり前に気づき、

そこから脱出するなかで「自分なりの答え」を生み出すという姿勢を貫いてきたのです。

こうしたアーティストたちのように自分なりの答えを見つけるには、自分の興味を伸ばす行動を取り続ける必要があります。

他人に言われたからやるのではなく、自分が興味を持っていることに、とことん向き合って、自分なりの答えを導き出すのがアート思考なんですよね。

そうした生き方ができれば、答えのない時代でも、自分なりの答えをもって楽しく生きていくことができるはずです。

まとめ

今回は、「どれだけ成果を出しても根無草では幸せになれない、だからこそ自分なりの答えを見つけよう」というアート思考について紹介してきました。

私はこれまで成果である「花」にばかり目を向けてきましたが、自分の興味を深掘りしていく「根」も大切にしていきたいと思います。

私と同じように「花」ばかり求めてきた人は、ぜひアート思考をお試しください。

きっと、これまでよりも毎日が充実しますよ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました