webstation plus

 「歩いても、走っても、飛んでも結果が変わらないのなら、飛びたいだろうが!」

 そんなセリフを吐くドジなチンピラが主人公の小説が伊坂幸太郎さんの『残り全部バケーション』です。物語のすべてが語られないので、空白を埋めたくてあれこれ考えたくなるんですよね。間違いなくハマりますよ。

 物語の始まりから惹き込まれる

 楽して金儲けをしたいって思っている人は多いと思います。物語の主人公・溝口と岡田もそのひとり。彼らは、急ブレーキをかけてわざとクルマをぶつけさせ、相手からお金を脅しとるような仕事をしていました。

 ところがある日。岡田が急に仕事を辞めたいと言い出します。もうこれ以上、相手がつらそうにしている姿を見てられないって言うんですよね。

 そこで、溝口が提案したのが、適当な携帯番号にメールを送って、そいつと友達になれたら辞めてもいいと言うもの。友達になれなければ耳たぶを切ると言います。

 岡田はこの提案にかけてメールを送りますが、そのメールが届いた相手は少々変わった家族でした。父が浮気をしていて、娘が高校進学を機に寮に入るので、今日限りで家族は解散…明日からは残り全部バケーションと考えている家族でした。

 もうこの時点で、設定の面白さに惹き込まれます。しかも、彼らと食事に出かけることができた岡田は、これで解放されると思いきや…。

 岡田がどうなったのか気になって仕方がない

 そんなに甘くありませんでした。毒島という怖ろしい人物から独立した理由を溝口が全て岡田のせいにしたからです。

 その結果、岡田は消され、溝口は助るのですが、本当に岡田が消されたのか気になって仕方ありません。

 一方の溝口は、少しは反省したのか、岡田の真似をするようになりました。稼いだお金で人助けをはじめるんですよね。

「相手の弱みをついたり、ミスにつけ込んだりするんじゃなくてな、相手を喜ばせて、貸しを作ろうってことだよ」

 なんて言い始めます。そして、溝口は、これまで怖れていた毒島に立ち向っていくのですが、追い詰められた毒島は岡田は生きていると言い出しました。

 ラストまで岡田が生きているのか明かされませんが、この空白を埋めたくて、いろいろ考えてしまうんですよね。

 読み終わってからも、楽しめる物語です。

 「俺なら飛ぶぜ。だっておまえ、飛びたいじゃねえか」

 この物語のテーマは、結果よりもプロセスを大切にしようというもの。

 昔は、「とんでもない」と謝るときに、「とんでも八分、歩いて十分」なんてシャレで言っていたそうです。

 飛んでも八分、歩いても十分だとしたら、二分しか変わりませんよね。それでも、俺なら飛ぶぜと溝口が言うのは、

「八分も十分も大差ねえ、なんて言ってるのはな、『どうせ人間は、死んじゃうんだから何したって関係ねえよ』って言ってるのと同じだろ」

 という思いがあったからなんです。どうせいつかは死ぬけれど、生き方は大事だってこと。

 そう考えると、他人を傷つけたり、陥れたりすることで、大金を稼げたとしても、それでは幸せになれないことを溝口が身をもって教えてくれているように思えます。

 ◆

 伊坂幸太郎さんの小説『残り全部バケーション』。物語のすべてが語られないので、空白を埋めたくてあれこれ考えたくなる小説です。間違いなくハマりますよ。

 関連記事

盗人にもモラルがあった!?池波正太郎『鬼平犯科帳(1)』は正義と悪がごちゃ混ぜになった小説

(※『決定版 鬼平犯科帳(1)』表紙より)  池波正太郎さんの小説『鬼平犯科帳(1)』。  大きくみると鬼平が悪者を退治するという構成の物語ですが、盗人にもモラルがある者やそうでない者がおり、盗人同士でも闘いを繰り広げる …

男性の欲望が丸裸に!?東野圭吾『恋のゴンドラ』はミステリー要素が強い恋愛小説

(※『恋のゴンドラ』表紙より)  男性の欲望とは何でしょうか。  もちろん、複数の女性と関係を持つことです。江戸城に大奥があったのも、一夫多妻制を認めている国があるのも、星の数ほど風俗店があるのも、多くの男性が複数の女性 …

世の中の流れに乗るだけじゃ世界は良くならない/伊坂幸太郎『モダンタイムス』感想

 『魔王』から50年後の世界を描いた小説『モダンタイムス』。前作とはガラリと変わって、そのストーリーに惹き込まれ、最後まで一気に読みました。残酷なのに面白い小説です。  誰もが運命に流されている  物語の主人公 …

池井戸潤『不祥事』感想/魅力的な女性の特徴とは?

 小説やドラマを観ていると、「本当に素敵な人だなぁ…」と心を持っていかれそうになる登場人物に出会うことがあります。  たとえば、ドラマ『トリック』に出演されていた仲間由紀恵さん。本当にキレイな方なのにユーモアあふれるキャ …

性格の悪さを隠すとさらに性格が悪くなる理由

(※『ジーキル博士とハイド氏』表紙より)  性格の悪さを隠していませんか?  誰もが他人に良く見られたいという思いから、性格の悪さを隠し、自分の良さをアピールして生きていますが、悪い性格を隠せば隠すほど、さらに性格が悪く …

百田尚樹『フォルトゥナの瞳』感想/「自分さえ良ければいい」では世界は悪くなっていく

 自分さえ良ければいいと思っていませんか?  自分だけ幸せになれれば、他人は不幸になっても構わない…。そんなふうに考えて生きている人も多いでしょう。  しかし、百田尚樹さんの小説『フォルトゥナの瞳』を読めば少しは考えが変 …

心に闇がある人ほど光を演出する!?/東野圭吾『マスカレード・イブ』

(※『マスカレード・イブ』表紙より)  誰もが自己顕示欲を持っていますよね。出世したかったり、モテたかったり、贅沢な暮らしをしたかったりと、人と比べてスゴイと思われるような生活に憧れています。  しかし、その欲求の裏側に …

正義なんて存在しない/伊坂幸太郎『火星に住むつもりかい?』感想

 中世のヨーロッパで行われた魔女狩り。しかし、これは中世だけでなく、現代でも起こっているよね、というメッセージが込められた小説が伊坂幸太郎さんの『火星に住むつもりかい?』です。  とにかく暗くて読むのがツラくなりますが、 …

知念実希人『レフトハンド・ブラザーフッド』は依存性の強い人間の末路を描いた物語

 何かに依存していませんか?  ゲームやお酒・タバコ、異性や親子関係、さらにはクスリ…などなど、何かに依存していると、恐ろしいことになるかもしれません。  そんな依存性の強い人たちの末路を描いた物語が、知念実希人さんの小 …

平野啓一郎『ある男』感想/愛しているのは「今」なのか「過去」なのか

 私たちは誰かを愛しながら生きていますが、その愛はその人の今を見て生まれてきた感情なのでしょうか。  それとも、その人の過去を知っているからこそ生まれてきた感情なのでしょうか。  平野啓一郎さんの小説『ある男』を読んで、 …